第85話 キーマの覚悟
「――〈
エステルが半狂乱で幾度も詩を詠みあげるも、サテラを呼び出すことは叶わず、対岸となった崖っぷちに佇むキーマを引き寄せることができない。
天然の石橋が崩れ去った今、その間に口を開けた崖は飛び越えられるような距離ではない。
「なぜですか!! どうしてキーマ様を取り残すようなことを!!」
ルリーテがその昂りのままにドライの胸ぐらを掴み、瞳孔を開いた瞳でドライを射貫いた。
「ごめんさね。ルリーテちゃん。私がドライに頼んだ」
声を張り上げたわけではない。だが、この距離でありながら、その声ははっきりとルリーテを含む対岸の者たちに届いている。
エステルたちが顔を向けたことでさらにキーマは言葉を続けた。
「そっちからじゃこの位置から崩すのは無理さね。でもここからくらいでないと
「そんなこと――ッ!! そんなこといいからキーマさん逃げて!! うぅ……あぁああ――なんで引き寄せられないのッ!!!」
キーマの覚悟を許すことのないエステルの激昂。いや、エステルだけではない。
この選択に納得の行く者など、仲間へ告げることなく、橋を崩すという大罪の幇助をしたドライでさえ納得をしているわけではない。
それは壁を貫くにふさわしいであろう『
「キーマさんなんでですか!! 一緒にがんばる……一緒に契約して仲間に自慢してやるんだ……って――ッ!!」
エディットは身動きが取れない状況で懇願とも哀願とも言える叫びをキーマにぶつける。
だが、キーマはエステルたちの表情とはまったく異なる誇らしげな笑みを向けてその口を開いた。
「なんでだろうねぇ……どうしてかエディットちゃんたちは応援したくなっちまうんだよねぇ……」
八重歯を覗かせこの状況でありながら、朗らかな表情を向けると喉が裂けんばかりに慟哭に近しい声を張り上げていたエステルたちの声が止む。
キーマは照れくさそうに、頬を指でかきながら喉を震わせた。
「以前に話したさね。私たちに何が足りなかったか……それにもきっと繋がることさねぇ……。選ばれるような者がどんな者かってね……」
少しだけ名残惜しそうに八重歯が唇にかかる。だが、紡ぐ言葉をエステルたちに伝えられる喜びからか、すぐに口角が上がると共に目尻が下がった。
キーマの顔を見つめ続けるエステルたちは、誰もがキーマの言葉を遮ることができず、苦悩で顔を染めながらも耳を傾ける他なかった。
「それはきっと……エステルちゃんたちみたいに精霊の光の輝きに負けない……いんや……精霊の輝きよりももっともっと眩いくらいの笑顔で冒険を楽しみ、前を向いて進んでいけるような子たちが選ばれるってことさね」
「キーマさん……やだよ……いっちゃやだよ……」
キーマの笑みを受け止めることができないエステルの呟きはキーマの足を止める材料にはならない。
それはルリーテでも、エディットでも、ナディアでも材料を提供することなど不可能だ。
唯一可能性を秘めていたドライも、キーマの言葉を聞いた時、自分の役目を自覚したかのように目を見開いていた。
「ドライ! 今まであんがとね。そんな顔されるのは悪い気分じゃないけど……でも……今は……壁を頼むさね!」
キーマは残った仲間へ言葉を投げると同時に背を向ける。
ドライはそこから動くことを良しとしないエステルたちに変わり、力無く壁際へ向かいだした。
心が磨耗しきる前に道を、敷いてはエステルたちの未来を繋ぐことを選択した。
魔法の放出で出遅れていた
エステルたちの目には魔獣の姿は映っておらず、
「泥臭いところばっかり見せちゃったからねぇ……少しはかっこいいところ見せられたかねぇ……」
ぽつりと呟いた一言は、誰にも聞かせることはできないキーマの意地だ。迫りくる確実な死を前にしても、彼女たちにみっともない姿を見せたくない、そんな最後の意地は震える足に力を込める活力となる。
「せめてやっと撃てるようになったこれくらいは――ッ!!」
ついに詠むことが叶った詩を口に乗せるべく、右手を真っすぐに突き出す。
恐怖からくる震えも、余計な思考も挟まる余地がないほどに心は落ち着いている。最後に口にする言葉が詩というのも探求士らしい、と少しだけ目を瞑り……再度その瞳を開けた時、キーマの口がその詩を口ずさんだ。
「――――〈
その身を包むほどの火球が突き出した手の平で猛り狂う。
力を込めたと同時に放たれた火球は全てを込めた想いとは裏腹に
『ヴォオオオオ――――――ッ!!!!!』
羽虫のような脆弱な
「逃げて――ッ!! 逃げてよキーマさん!!」
「最後まで!! 最後まで足搔くのではなかったのですか!!」
「崖に!! 崖に飛び込んでください! 何してるんですか!!」
「貴女はそれで満足だというんですの!? こんな終わり方で納得できると言うんですの!!」
背後から聞こえる声がキーマの心を温もりで包み込んでくれる。
探求士でありながら、こんな最後を迎えられる自分は幸せだとさえ思わせてくれることに感謝し、最後に肩越しに見せた笑顔。
火球を薙ぐ際も一切の進行を緩めなかった
キーマだけがその眼差しを閉ざすことなく振り上げた触手を見上げた時だった。
「――〈
その詩は隣で詠まれたわけでも、ましてや叫んだわけでもない。
――だが、その囁きと言ってもいいほどに澄んだ詩は、全ての音を塗り潰すほど強靭であると同時に頼もしささえ胸に刻むほど明確に届いた。
天井がけたたましい爆発と共に崩れ落ち爆煙が立ち込めた。
そこから岩片に紛れ一際大きな影が落ち、煙から抜けたと同時に、その姿が露わとなる。
そこには禍獣の圧さえねじ伏せる強靭な威圧感を惜しみなく垂れ流す、
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