第129話 レルヴの紹介所

 石碑を後にした一同。

 街の魔具灯が闇を華やかに彩る中、エステルが迷いなくギルド書庫へと足を向けるも、時間の都合上、ルリーテとエディットに制止されることとなる。


 普段はまとめ役として自制心を発揮していた彼女だったが、書庫への誘惑に抗うことができず、街の喧騒に紛れてかなり暴れまわるも、結果としては宿に戻り、おとなしく翌日を迎えることとなっていた。


「先にこっちを確認しておくのは賛成だけど……街に慣れたら休息日も作らなきゃだね! 個種こじんで自由な日も必要だからね!」


 エステルたちの目が映し出している物。

 それは書庫……ではなく、レルヴのクエスト紹介所である。


「それはもちろん賛成です。ですが、ギルドから提供されている宿も宿泊期間が定められているので……まずはクエストを安定させわたしたち自身で生活をやりくりできるようになってから……ですが」


 両拳を握り力説するエステルへ、ルリーテの正論が炸裂する。

 軽く書庫を見学程度ならもちろん問題ない。

 しかし、エステルの場合、脅威の集中力が仇となり、通い詰める可能性が比較的高いだろう、というルリーテの予想が導いた舵取りであった。

 下手を打てばこっそり書庫に泊まりかねない、という懸念さえも脳裏に過ぎっていたが、さすがに口に出すことは憚られたようだ。


「知識として周辺に生息する魔獣の生態は知っていますが、あくまでも他の方の見立てですからねっ! あたしたち自身で感触を確かめたいです!」

『チッピーッ!!』


 レルヴの中央地区に存在するギルド本部。

 そのお膝元に造られたクエスト紹介所は、彼女たちの認識を遥かに凌駕する巨大な施設だった。


 基本的な構成……いわゆる受注所、報告所、換金所はもちろん備わっているが、今までのように気軽に行き来できるような距離ではない。

 一言で表すならば『城』と言うのが一番伝わるであろう外観である。


 連絡通路で繋がった一つ一つの施設がまるで先の式典セレモニー会場並みに巨大なのである。

 造りとしては、石を利用しているように見えるが、ここも港同様に特殊な詩が所々に刻まれており、滑らかな表面を保ち続けていた。


「受ける受けないは別にして……覗いていくだけでも半日くらいかかりそう……」


 想定を大きく超える建物を見て、活力を失いかけているエステル。


「建物の大きさもですが……ひとも多すぎです。言い換えれば活気が満ちているとも言えるのでしょうが」


 建物周辺を見回しながらエステルに同意を示すと、エディットも続く。


「ギルド直営なので、魔具や施設もしっかりしてそうですね~っ! 何はともあれ覗いて見ましょう!」


 限界までつま先立ちを駆使するも、奥まで見通すことができていないエディットである。

 チピも探求士の数にあてられているのか、エディットの頭の上で目を回していた。


「よ~し……! 圧倒されてても動かなきゃだよ! 受注所が入口脇から続いてるみたいだから入ってみよう!」


 エステルが大きく息を吸い覇気を込める。

 残る二種ふたりも視線を交差させながら顎を引き、記念すべき第一歩を踏み出した。



 しかし……

 入口を通り抜け受注所の壁面に目を向けた時、エステルとルリーテがその瞳を明らかに見開いたのだ。


「これ……発注の樹皮紙代わり? 水晶だよね?」


「そうだと……思います。石壁一面に貼られている全て水晶の発注書です。エステル様のお話と合わせると安い物ではないはずですが……」


 見慣れた樹皮紙の発注書は影も形も見えず、写水晶の発注書とその膨大な数にごくり、と喉を鳴らす。


 だが、さらにエステルの脳裏にもう一つの懸念がぎる。

 その直感を確認するために、水晶に釘付けだった瞳を左右に動かすとルリーテもそれに気が付いたのか同じく周辺を確認している。


 互いに軽く動くも目視できる距離の中で辺りを確認するにとどめているのは二次災害を考慮した故であろう。


 そしてしばしの間、無言で彷徨っていた二種ふたりが目を合わせ……ぽつり、と呟いた。


「エディが居ない……」

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