第128話 語り継がれる名

「あそこじゃないですかっ! ライトアップされているので分かりやすいですね~!」


 エディットを先頭に小走りで駆け寄る。

 エステルたちは宿の位置と部屋の内装を確認すると、早速街へ繰り出していた。


 すっかり夜光石の時間帯にも関わらず、新種しんじん探求士たちを様々な形で歓迎しようと街じたいも活気づいている。


 道を歩けば武具店や飲食店の店員に声を掛けられ、油断すると流されるままに常連への第一歩を踏まされる勢いの熱気であった。

 宿でもエステルたちが出かける際に、受付回りにひとだかりができており、姿は確認することができなかったが、有望な探求士でも宿泊しに来たのだろうか、等と話をしていた。


「夜光石の明かりと魔具の明かりでとても神秘的ですね……」


 ルリーテが足を止めて眼前にそびえ立つ石碑を見上げた。


「こんなに大きいんだね。どれだけの歴史を紡いで来たのか想像もつかないなぁ……」


 ルリーテの隣に立ったエステルも石碑の雰囲気に呑まれているのか、街の喧騒も耳に届かぬほど見惚れている。


 ここはレルヴの街の名所の一つと言える『二つ名の石碑』だ。

 幾多の強者が自身の本質とも言える名を貰い受けるために訪れる場所である。

 そんな強者の中でも実際に名を受領できる者は、さらにその中のほんの一握りだが。


 そんな荘厳な雰囲気などお構いなしのエディットが、さっそく巨大な石碑前に置かれた石、もとい岩に、ぺたぺたと手を付けていた。


「ぬぐっ! ぜんぜん反応しませんっ!」

『チピ~……』


 だんだんと岩を叩くエディットの手に力が入っているようだが、岩は静寂を保ち、何も語ることはない。

 肩に留まるチピはそんなエディットの行動を、呆れたように薄目がちな視線を向けるばかりである。


「あはっ。見合った力を持つ者が触れれば反応するっていうけど、そう簡単には行かないよ~!」


わたしたちはこれからですからね。いつかまたここを訪れた時。認められるようにより一層精進していかなければいけませんね」


 声を掛けつつも、エステルとルリーテも手で触れる。

 しかしひんやりとした岩の感触を実感するだけで、沈黙が破られることはなかった。

 そこでエステルが改めて石碑を見上げ、


「すごいね~……ここに刻まれた名は未来永劫ずっと残り続けるんだよ……」


「でもなんだか違いがありますよね? えっと~『死海ディストピア』とか『信炎滅却マジェスティック』、『超雷一閃オーバードーズ』は文字が白光りしてはっきり見えるのですが……」


 同じく見上げたエディットが石碑を眺めながら首を傾げると、エディットの頭に押されチピも合わせて体を傾けている。


「それは存命、かつ二つ名を受領済という事ですね」


 ルリーテがエディットの背後から疑問に対する知識を披露すると、エステルが続いた。


「ルリの言う通りだね。逆に文字が一切光ってないただ彫られているだけの状態。これはもう該当者が亡くなってるって意味なんだって。例えば……『閃紅ライトニング』とか『万世不滅クロニクル』。あと……『夜想星ノクターン』とかかな」


 最後の二つ名を口に出す際にやや口ごもったエステル。

 しかしルリーテやエディットが気に留めることはなく――


「おぉっ! そういうことなんですかっ! それじゃ白光りとは言えないまでもほんのり淡く光ってるのはどういう意味なんでしょう?」


 エディットが指差した先の文字を見据えながらルリーテが口を開いた。


「『天照インフェルノ』や『破者カタストロフィ』……他にもありますね……『狂嵐テンペスト』、『氷牙コキュートス』など……。これは対象者が存命ですが、まだここを訪れていない――未受領の状態を差しています。まぁ受け取らずとも力は変わりないので二つ名に興味のない実力者の方たちなのでしょう」


 ルリーテの説明に、ほえ~と口をだらしなく開きっぱなしのエディット。

 しかしまだ諦めがつかないのか、見上げつつも左手が石碑前の岩を相変わらず叩き続けている様子が伺える。


「そのひとの本質を表すから、二つ名がもらえるくらいのひとは自分で理解してるだろうし……わざわざこないのかもしれないね。文字だって本来の読み方とは違うのになぜか見ると読めるでしょ?」


「ふわ~……たしかに自然と読んでいましたが、たしかに不思議ですね~っ」


 自身の名を歴史に刻むという文字通りの石碑を前に彼女たちは様々な思いが駆け巡っている。

 エディットは癒術士として、大成した姿を想像しているのだろう。

 ルリーテは力を主張する性格タイプではないにせよ、刻まれるほどの実力を目指すことに迷いはないとその瞳が語っている。


 エステルは章術士として、ここに名を刻む自分を想像しようとするも想像イメージさえ湧かないのか、唸っている様子だ。


 だが、新たな冒険への糧となったことは彼女たち――三種さんにん三種さんにんともに明確に意識している。


 石碑に漂う静寂から、彼女たちは静かに踵を返し、賑やかな街へと歩き出していった。

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