第53話 カグヤの願い

 セキの治療も終え四種よにんは改めて木円卓テーブルを囲み、先の出来事を振り返っていた。

 一つ間違えれば誰かがこの場にいなくともおかしくない、凶悪な威力を誇る新術について各々が見解を示していた。


「まずおれから言えることは、あの剣技は間違いなく姉さんそのものだったってことかな……」


 自身の首元の治療跡を包帯の上から撫でまわしながら、断言してもよいとされる魔術で形作られた者について意見を口にした。


「うむ。最上位ベルド級以上の術も使わずにセキに傷を付けられる者なんぞそうそうおらんからの」


 カグツチもセキの手元でエステルの淹れた黒石茶を啜りつつ、肯定の意を示している。


「うん。セキがそう言うのなら……あれはカグヤお姉ちゃんの力そのものってことだよね」

天士レグナスと同義で考えてもよさそうですが……天士レグナスはあれ以上の術なのでしょうか……」


 セキがカグヤの剣技を見誤ることはない、という信頼からそれを確定的な情報として扱うエステル。そこへ右腕をさすりながらルリーテが疑問を投げかける。


「あの、ルリさんの疑問の答えになるのかわかりませんが……セキさん。カグヤさんは称号として『天士レグナ』を持っていたのでしょうか?」

「えーっと持ってたかもしれないけど、姉さんの『二つ名』を聞いたこともないし、持ってなかったのかなぁ……でも身内贔屓ってわけじゃないけど姉さんが称号を受領できる力量でない、とか言うならこの世界の誰も受領できないとおれは思う……」


 エディットの問いにセキは眉間に皺を寄せ記憶を手繰り寄せている。聞いていたならば確実に忘れることはない、という自信はあるがそもそもそのような話をしていなければ、わざわざ自分から自慢するような性格でもないなぁ……、と固めた自信にひび割れが入っていた。


「そこなんだけど、セキとカグヤお姉ちゃんってランパーブに行ったことはある?」

「えーっとそれはある。でもたぶんエステルが聞きたいことって『二つ名』が刻まれてる石碑を見たことあるかってことを聞きたいなら答えはNOだね」


 エステルは思考に耽るように、指を自身の唇に押し当てながらセキに質問を投げる。

 セキは木円卓テーブルにその視線を這わせながら、カグヤと共に歩いた町並みを思い出しながら答えた。

 さらにエディットは椅子に座り宙に浮いているその足を前後に振りながら、その答えに対する一つの見解を口にした。


「それじゃないですか? 『二つ名』が刻まれる大きな石碑の前に、あたしくらいの小さな石……いえ岩と言ってもいいかもですが……それに触れて初めて称号を受ける技量があるかどうかを見定められるってお話のはずです」

「ここまでの話から推察されることはカグヤ様は『天士レグナ』の称号はお持ちではなかった。ですがセキ様の言う通り技量としては十分すぎるほどの種物じんぶつです」


 各々の話を繋ぎ合わせるように順序だてて整理を試みるルリーテ。黒石茶を一口啜り喉を潤すとさらに言葉を繋げていく。


「――なので当初の類似の術という考えは当たっていて、『天士レグナ』の称号を持たないが故に変わりの称号、というのは表現が適切ではないかもしれませんが……それが『騎士きし』であり、『騎士エクウェス』という形で魔術化したものをわたしが受け継いだということになりそうですね」


 ルリーテが繋ぎ合わせた筋道に残る三種さんにんも納得のいった表情で頷いている。

 セキは今まで木円卓テーブルに落としていた視線をルリーテに向けた。


「うん。ルリの説明はしっくりくるね。で、おれ自身が『天士レグナス』を扱うやつとやり合ったことがないからなんともだけど……試す前にエステルが言った通り本種ほんにんの魔術ではなく、技量――剣術とか体術とかを体現するのであれば、下手な『天士レグナス』よりも確実に強いと思う。さらにいうなら魔術まで体現されてたら正直おれでも手に負えない……」


 説明しているセキの額に汗が滲み出ている。普段カグヤの話を向けた時は比較的穏やかな顔を覗かせることが多い。だが、今回に限ってはカグヤの戦闘を思い出しているのか、吹き出した汗を止める術を持たないようだった。


「――あっ」


 セキの言葉に残る三種さんにんが声を揃えて反応している。お互い目で牽制し合っているのか、セキを覗く三種さんにんが各々の顔に交互に視線を飛ばしていた。

 やがてエステルに白羽の矢が立ったのか、その手を口の前で握りしめ咳払いを一つするとセキを上目遣いで見つめる。


「えと……詳しくはわからないし、『天士レグナス』の場合なんだけど……」


 エステルの上目遣いに胸は弾むが放つ言葉とその表情に危機感を覚えているセキ。また自身が口にした文脈から次に出てくる言葉も予想できるということが、よりセキの肩を重くする要因となっていた。


「発動した魔力体に指示する魔術もあるみたいなんだよね……でもそれは普段使いの魔術――『バルト』とか『アルクス』みたいな通常の象徴詩じゃなくて、特殊な象徴詩で、えーっと……例えば……えと……」

「あたしが知っているものだと『粉砕の神雷ミョルニル』とかがありますね。特殊というのは『天士レグナス』を扱う術者の属性とその魔力体の技が組み合わされた他の方には扱えない唯一の象徴詩となるからです」

「ルリは『騎士エクウェス』詠むの禁止だね」


 エステルとエディットの丁寧な説明のかいがあり、セキが口を挟ませる余地なく笑顔で禁止の決断を下す。

 セキの言葉ではあるがルリーテは珍しく納得できない、というように瞳を瞬かせながらセキに視線を向けては下げるを繰り返している。

 エステルはセキの決断に賛成しているようで冷めた黒石茶を入れ直すために各自の前に置かれていたカップを集めていた。

 そこに黒石茶を入れ直すタイミングに合わせて、お茶請けの木の実を棚から取り出そうとしているエディットが背伸びをしながら、


「正直な意見を言わせてもらうならあたしもセキさんの意見に賛成です」


 ルリーテが嬉しさに揺れるような微笑みを見せる。セキも言わんとしていることはわかっているようで、その瞼を下げながら頭をかいている。


「巨大だから使わないのではなく、巨大だからこそ制御できるようにしていくべきかと。もちろん毎回腕が破裂されたらたまったものではないですが……使えるものを惜しめるほどあたしたちは強いわけではないですから」


 カグツチがほくそ笑むように口角を上げながらセキを見上げている。チピも釣られて見上げ、首を何度も左右に振りその意味を捉えようとしていた。


「あ……あの……セキ様の仰る通りなのは承知しているのですが……でもわたしもエディの言う通り少しずつでも制御して自分の力にしたいです」


 ルリーテの脳裏に浮かんでいるのは象徴詩を受け取った時に響いたあの声だ。

『私も貴方と共に』

 カグヤは死してなお、セキの力となるために自身の力を紅玉に託したものと信じていた。

 それを自身の未熟さのために封印することなど考えられない、それが意図したことではないとはいえ紅玉をセキから奪ったルリーテの覚悟でもあった。


「あはっ。カグヤお姉ちゃんも一緒に戦ってくれるならすごい心強いよ」


 入れ直した黒石茶を配り歩くエステルは、ルリーテの意見を肯定するかのように和らいだ目元が喜びを告げている。

 三対一の状況ではあるが、いまだにセキは木円卓テーブルに肘を付き額を抑えながら唸っている様子だ。


「お主が過保護になる気持ちはわかるがの。お主自身も根底の考えはエディと同じであろ? ものが多すぎた故に――あるものは恥も外聞もかなぐり捨てて使い倒すのがお主だからの。まぁ我の場合は巨大な力など制御どころか持ってて当たり前すぎてそんな考えすらないがの」


 エディットが取り出した木の実をその指先ほどの手で確保しながら、止めとばかりに後押し、もといダメ押しの言葉を放った。

 セキは指先に木の実を乗せ、自身の顔を見上げるチピへ差し出す。喜び勇んでつつくチピの姿をしばらく眺めていたが、


「だ~! わかったよ。禁止ね。南で婆ちゃんとかにも聞いてみるから少なくともそれまではダメだからね?」

「――――はいっ!!」


 状況を覆すことはできないと悟ったセキは根を上げた。カグヤが自身に似たようなことを言った時もこのような気持ちだったのか、と振り返ると少しだけ胸にちくりと痛みを覚えていた。

 当のルリーテはすでに宝石と化しているかと見間違えるほどにその翠色の瞳を輝かせている。


「でも、ちょっと気になったのですが、『粉砕の神雷ミョルニル』のような独自? の象徴詩はルリさん取得できているのでしょうか?」

「う~ん……それはこれからだと思うかな。まだ取得するとかっていうよりも存在しないんだと思う。ルリが『騎士エクウェス』を使っていくうちにルリの魔力と馴染んだ象徴詩が生まれるんだと思う――うん。ごめんなさい。本で読んだ知識そのままです……」


 木の実を頬張りながら素朴な疑問を口にするエディットへ、エステルが流暢に仮説を立てたと思いきや罪悪感に駆られたのか、湯気の香るカップに口を付けながら白状するハメとなっていた。


「はい。この前聞こえたのは『ラミナス』と『騎士エクウェス』だけです。他にも聞き取れないものがあったので、その中にあるかはわかりませんが、どちらにせよわたし自身が強くならなければいけないですね!」


 受け継いだものとはいえ、想像以上に実感を伴う形でその威力を知ることができた今、自身の腕が弾け飛んだことさえも些末な事と言わんばかりに前向きな姿勢を見せるルリーテ。


「それと……あんな惨事からこうして今当たり前のようにわたしが会話に加われているのもエディの的確な治療のおかげです。『癒しラティア』があれば、という貴方の意見も正しいのでしょうが、でもわたしがこうして前向きに考えられるのも貴方がいるから、ということを忘れないでほしいです」


 ルリーテは木円卓テーブルにその額が擦れるほどに頭を下げ改めて感謝の意をエディットに示す。


「うん。クヌガさんが言ってた通りでほんとすごい! それに……ほんとにありがとう」

「ルリの腕を諦める選択肢はないから、エディがいなかったらおれは今頃、コバル稼ぎに南に帰って狩りしてたよ。これからも頼りにしてるよ。癒術士のエディットさん」


 ルリーテに続いてエステルとセキもその思いを綴る。エディットはお世話になりっぱなしの自分がここまで必要とされること、そして信頼されていることに向日葵の笑みを向けるはずが、あまりにもその真っすぐな感謝に耐え切れず焼き立てのパンのように顔が火照りその頬に朱色のジャムを塗りたくりながら、言葉を返せず肩をすくめる他なかった。



◇◆

 慌ただしい一日も光星が淡い夜光石の光に包まれる時間には落ち着きを取り戻しているはずだった。


「ルリよ……いつ治るのかの」


 ルリーテの肩に乗り、囁くようなか細い声で質問を投げる。その表情は普段の間の抜けた表情とは一線を画しており、緊張感さえ漂うほどである。


「え……えーと完治は二月ほどかかると……」

「チ……ピィィ……」


 ルリーテの回答にどん底へ叩き落されるがごとく肩から転がり落ちるカグツチ。セキの頭に乗りながら聞き耳を立てていたチピも頭の上でへたり込む始末であった。


「別に珍しいもんじゃないだろ……」


 セキが二匹の落胆具合に一言物申しているが、二匹には届いていないようだった。


 事の発端は夕食である。

 ルリーテが右腕の怪我のため、外食にするかどうかを話し合ったところ、エディットもセキもエステルも、自分が作る、と挙手したのだ。

 料理とは素材を木円卓テーブルの上に乗せるもの、と勘違いしていることを知るカグツチから猛反対にあい脱落したセキ。その際、セキの手料理という響きに宝石顔負けの輝く笑みを見せていたルリーテが、影で肩を落としていたことは誰も気がついていない。

 そして普段から労いの黒石茶やリラックスのために紅石茶を淹れてくれるエステルには、悪いから、とエディットが夕食を担当にすることになったのである。


 そこで食卓に並んだ料理が『昆虫料理』であった。

 北大陸キヌーク出身のエディットはお世辞にも恵まれた環境で育ったとは言えない。唐突な魔獣の襲撃など日常茶飯事のため、常に食料危機の危険と隣り合わせで育っていた。

 そのため比較的どこでも採集できる昆虫を料理に取り入れており、今晩は腕によりをかけた料理が食卓に並ぶこととなった。


 焼いたバッタと思われるものに揚げたサソリと思われるもの。極めつけは何かの幼虫と思われるものがそのまま出て来たのである。

 チピはもともと気にせずに食べていたはずなのだが、幸か不幸かルリーテの味を知ってしまったが故にもう昔に戻ることはできなくなっていた。


 エステルとルリーテは、一切の悪意のない向日葵の笑みを向けられた途端にその瞼を力の限り下ろし、一心不乱に用意された料理を食べきる以外にその場を凌ぐ方法を見出すことができなかった。

 また、カグツチとチピは根が正直すぎるのか、口に含みはするものの頻繁にえずくようにその肩を跳ねさせていた。

 セキは特に気にせずにエディットへ、美味しいよ、と笑顔を向ける余裕すら見せる。その量は要所要所でカグツチとチピが自身に分けられた虫をセキの皿に移していたがそれも意に介さずの完食であった。


「まぁエディも治療で大変だろうし、やっぱここはおれが――」

「セキ。知っておるかの? 食材を置くのは料理ではない」


 鼻頭を親指で弾きながら、次回の夕食に乗り気なセキをカグツチが真顔で止めにはいる。チピはまだセキの料理を知らないこともあり、セキの肩で首を傾げながらつぶらな瞳を向けている。

 そこにエディットが小部屋から治療薬を手に姿を現した。


「あ、ルリさんお風呂はOKですよ。結構血で汚れてしまったでしょうし、あたしがお背中流しますよ。包帯はそのままでお風呂でたら取り替えましょう。湯舟に腕を入れないよう注意ですがっ」


 宿の小屋に付属しているわけではないが、共同利用向けに入浴用の小屋が配備されており、宿泊している探求士が朝やクエスト後に利用できるよう解放されているのだ。


「それは助かります。身体を洗いにくいのでお言葉に甘えてもよいでしょうか?」

「あ~じゃあわたしも一緒に入ろ~そういえばエディと一緒に入るの初めてだよね?」

「そうだな。みんなで入るか~」

「セキは留守番ね?」

「……はい」


 和気あいあいとした空気に便乗を試みたセキだが、目が笑っていないエステルの一言により無事に撃沈という憂き目にあう。

 カグツチは当たり前のようにルリーテの頭に乗ったままついていったようで、部屋に残るのは涙を浮かべながら佇む青年とその肩にとまる白い小鳥のみとなっていた。



「え! えぇー! エディどういうこと……?」


 その頃、温泉の脱衣所では白日の下にさらされた事実に悲鳴に似た叫び声をあげるエステルがその目をあらんばかりに見開いていた。


「――え、これは動きにくいのでいつも下着で抑えつけていて……」


 衣類を脱いだ矢先エディットの胸が飛び出したのである。これは例えではなく事実だ。

 エステル自身もステア譲りのふくよかな胸を持っているが、エディットはこの体型でそれと同等以上のものを隠し持っていたのだ。


「すごっ……身体の成長が遅れるどころかそこに取られてるから遅いんじゃ……」

「あの……でも、こんなに大きくても邪魔なだけです……」


 遠慮なしに顔を近付けまじまじと見つめるエステルにやや照れを見せるエディット。


「ええ、たしかに邪魔ですね。ですがエディ安心してください。そんな余計な肉などわたしの『ラミナス』で根こそぎ抉り取って差し上げますので」


 義姉妹であることを痛感するにふさわしいほどに慎ましやかな胸を誇るルリーテが小太刀を構えてエディットに近づいていた。すでにルリーテも全ての衣類を脱いでいるが、羞恥心にかまけている暇はない、と言わんばかりの堂に入った立ち姿であり、小太刀を持って一月ひとつきも経っていない事実に目を疑うほどである。


「エステルさん助けて!」

「ぬあー! ルリ落ち着いて!」

「安心してください。落ち着いて切り取りますので」


 他の探求士がいないことで、共同利用ということもすっかり頭の中から抜けている三種さんにんのはしゃぐ声と笑い声は、夜の淡い光と調和するようにその空に溶けていった。


「チピ水でいいの?」

「ピィ~!」


 その頃セキは煙木タバコをくわえながら洗面所でチピの水浴びの手伝いをしていた。チピがその身を震わせ水をきると羽の油分まで拭き取らぬよう水分を乾かしている。

 少女三種さんにんが楽しく温泉に浸かっているのに自分は何をしているんだろう、ふと我に返ると浮かべていた涙は音もなく頬を伝っていく。


「煙が目に染みるなぁ……」


 そんな言い訳を口にしながら込み上げてくる涙を止めるために天井を仰ぐ。


 その姿を見ていたのは白い小鳥と部屋で漂う煙木タバコの煙だけだった。

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