第54話 エステルの想い その1

 エステルたちは残り少ない精選までの期間を探索系と討伐系のクエストを織り交ぜて受注していた。

 ルリーテは腕の怪我のケアが最優先ということもあり、討伐系の時はエステルのさらに後ろで眺めるのみとし、探索系の場合も戦闘発生時は下がるようエステルに釘を刺されていた。


 今なぜ探索系のクエストなのか。探索系のクエストは珍しい植物、動物の卵等が求められることが一般的だ。

 精選では何が起こるかわからない中でも確実に言えることがある。

 それは精霊の卵を見つけ出すという目的そのものだ。そもそも精霊が一斉に卵から孵る時を精選と呼んでいるだけであり、その精霊じたいが参加探求士たちの全てなのだ。

 孵化して漂う精霊たちと契約することはもちろん可能だが、孵化したばかりの精霊と出会う確率を上げるためにも卵を見つけ出し、その誕生の瞬間に立ち会うことが重要となる。

 だからこそ探索という行動じたいに慣れるため、残りの期間では意識して受注していた。


「よし! 今日も順調だったね。ルリはもどかしいだろうけど、本番こそが大事なんだからそのために我慢してね」

「はい……。そのために積み上げてきたのですから、苦労を水の泡にしないためにも今は歯痒くとも見るだけに留めます……」


 紹介所へ報告に行く道すがら、探索の手応えも多少掴めてきたと実感しているエステル。それを受けて心構えを披露するルリーテだが、なぜか体が重そうでもある。


「もう少ししたら表面上は治るはずです。そうしたら軽く動かしたりする分にはOKですが、戦闘は控えるようにしてくださいね」


 エディットがルリーテの気持ちを察したのか、経過観察の状態を説明しているが、現状に焦るな、というほうが酷であることも事実だ。


「うん。でもルリ。なんかいつもより体が重そうじゃない? 動かなくて逆に調子崩しちゃったり……?」

「い――いえ! そんなことはありません! 心配頂くのはうれしいのですが、わたしはいつも通り元気ですので!」


 セキの言葉に手の平を振りながら否定するルリーテ。その仕草じたいを訝しむも、あまり追求しすぎてさらに悪化しては目も当てられない、と考えたセキはそこで納得したかのように顎を引いた。


 紹介所に到着するとエステルが受付へと足を運ぶ。エステルを除いたメンバーが報告を待つために隣接する酒場へ移動する時、それを示す伝達が紹介所に届いた。


「さぁ探求士のみなさまにとても大事な連絡です! 来たるべき精選の日が決定しました!!」


 紹介所の所員と思われる男がその声を張り上げる。

 クエスト受注所で発注書の壁を前に悩んでいた探求士も、酒場で本日のクエストの話を肴に酒を呷っていた探求士も、換金所で交換待ちをしていた探求士も声を聞いた全ての探求士が所員へその目を向けた。


「詳しい日程はクエスト受注所の壁に大々的に張り付けておきます! みなさんの集大成を見せる時がもう一月ひとつきに迫っております!」


 賑やかだった紹介所内に響き渡ったその言葉が、より一層の喧騒を搔き立てる。両手を握りながら咆える者。澄ました顔でその顔に冷笑を浮かべる者。祈るように手を握りしめるもその体の震えを止めること叶わない者、少なくともこの場において精選に無関心な者など皆無なのだ。


報告を済ませたエステルがセキたちの元へ足早に駆け寄る。その顔には期待と不安を同居させた挑戦者の顔色を浮かび上がらせていた。


「いよいよだね……」


 肩越しにクエスト受注壁にその鋭い視線を向ける。


「はい……今回を逃せば次がいつになるかわかりません。この好機チャンスを必ずものにしましょう」

「覚悟はしていましたが、改めてこうやって告知されると緊張してしまいますねっ……ですが、ワッツさんたちの分まで頑張りますっ」


 受注壁から視線を戻したエステルの目を、ルリーテとエディットの瞳が捉えると瞼をゆっくりと下ろしながらそれに連動するように顎を下げる。

 決意を示した瞳が交わうも必要以上の言葉を交わそうとはしない。

 エステルは喧騒の中で自身の喉が鳴らす音が、やけに大きく鳴り響いてることを実感していた。



◇◆

「ということで精選の開催地に移動します!」


 いつもならクエスト消化後は翌日受けるクエストを決めてから帰宅するが、当初の予定通り開催一ヶ月前となった今、ここオカリナでのクエストは結果的に本日で最後となる。早々に宿へ戻ってきた面々は木円卓テーブルを囲んでいる状況だった。

 木円卓テーブルには黒石茶と木の実に加え、カグツチがセキのコバルで購入した焼き菓子が並べられていた。


「はい。開催地は例年通り、『リコダ』と『ランペット』ですね。精霊の誕生地が同じである以上、予想通りです」

「どちらに向かいますか? 結局は精選の舞台が精霊の誕生地なので、どちらから参加しても結局は一緒ですがっ」


 港町ホルンからさらに西へ二日ほど向かった海岸線にある町、『リコダ』

 さらに『リコダ』から一日ほど西へ向かえば『ランペット』という町があり、この両町は共に精選が切っ掛けで作られた町である。

 精霊の誕生地は普段は海の中に沈んでおり、精霊の誕生時期のみ海が干上がりその姿を見せる。

 遠い昔は精霊と契約を求める者が時期を見計らってそこで野営をしていたのだが、精霊の誕生時期が今ほど明確にアタリを付けられない時代に、代わる代わる見張りを続けるうちに簡易的な宿ができ、その宿の客を対象にした店が作られ、というように長年の時を経て町に発展したという経緯があった。


「カグツチさ。匂いでどっちにいっぱい精霊がいるかとか嗅ぎ分けられないの?」

「結局誕生に合わせて魔力が充満しとるからの~。どっちに卵が落ちとるかなんぞさすがに匂いではわからんの」


 さっぱり見当のつかないセキが早速カグツチに当てを聞くも、そうそう都合よく事が判別できるはずもない。

 カグツチは食べかけのクッキーを口からぽろぽろとこぼしながら、


「それにどっちがなんぞ気にせんでいいと思うがの。資質があれば精霊なんぞどこにいても勝手に寄ってくるからの」

「いっぱい群がる中から精鋭を選びたいじゃん?」

「生まれたばかりの加護精霊なんぞどれも変わらんぞ。属性にすら染まっとらんのだからの。まぁお主はここらへんの話はひと一倍詳しいだろうがの」

「実体験なだけで詳しいわけじゃないからなぁ……」


 エステルもセキとカグツチのやり取りに耳を傾けていたが、特に方針が決まらない空気が漂い始めたこと察し始めている。

 セキ自身も手詰まりを感じ取っているのか、クッキーを手の中で砕くと指先にとまりながらつつくチピの様子を眺め始めていた。

 思い入れ等あればまた話も変わってきたのかな、エステルの脳裏に過ぎるも他の都合を思考している最中だった。


「あっ……キーマさんからお話のあった前回の禍獣ってどっち方面ででたのですかね?」

「えーっと誕生地周辺の深層付近って言ってたから『どちらから言っても変わらないさね』って感じだったかな……」

「ごめん。禍獣って何がでたのかな? 禍獣が百獣より強いのはこの前教えてもらったから知ってるんだけど……」

「ええ。前回出たと噂されたのは禍獣『怪触蛸獣クラーケン』です。精選の管理としてギルドや南の国の騎士団の方もいたそうですが、報告後に討伐に向かった時にはすでにその姿はなかったそうです。なので中には精霊の卵を集めやすくするために流された偽情報だったのでは、という方もいるようですね」

「あ~あのタコとかイカの親戚みたいなやつだね。たしかに精選参加者だと無理だし、エステルたちと会う前に出会った本葉トゥーラ級だったかな? の探求士でも死ぬレベルだねぇ……」


(獣じゃないけどっていうのはきっと野暮なんだろうなぁ……魔獣って呼び名じたい虫型とかまで含めた総称だし分けてもややこしいからなぁ……)


 会話の隙間を見つけたエステルは、口に含んでいた木の実を飲み込むと卓上で肘をついたままその手をあげた。

 その仕草に視線が集中すると、


「あとは……どっちの町からどんな参加者が来るかなぁって……」


 会話中におぼろげに浮かんでいた思考をその口から告げた。その表情には何か思い当たる節があるのかやや眉間に皺を寄せている。


「たしか……ララグナ様でしたでしょうか?」


 黒石茶に口をつけようとするもその手を止め心当たりを探る。皺を寄せる表情に疑問を覚えながらも、ルリーテは思い出したようにその名前を口にした。


「ううん。ララさんは魔術学校で認められて一足先に教会入りしちゃったからもう南にいるはずなんだよね……いなくなっちゃった時は寂しかったけど……今考えるとろくに魔術詠めないわたしの特訓に、いつもニコニコしながら付き合ってくれててほんとに迷惑ばっかりかけてたかも……」

「直接お話をしたことはありませんが、少しふくよかでとても母性に溢れるような方だったのは覚えています」

「少し気にしてるのはララさん以外の有償の魔術学校の子たちくらいかな……」

「たしか、ハーヴィとかいう何かとエステル様にちょっかいを出していた小娘のことは記憶にありますね」


 あまり良い思い出とはいえない様子が、見ているだけのセキやエディットにもひしひしと伝わる。

 だが、セキはそれと同時に東大陸ヒュートでの出来事を振り返り、あのやたら自信過剰な探求士も参加すんのかな、と名前も思い出せない相手に顔をしかめていた。


「位置的に東大陸ヒュート出身は『リコダ』、西大陸ニュルベグ出身は『ランペット』から参加する傾向が強いようですが、会うのも目障りでしたらそれこそ『ランペット』からという手もよいと思いますが」

「ううん……わたしは逆で、あれくらいのことで苦手意識持って逃げたくない。でもそんな小さい理由で場所を決めるのもなって……」


 表情を曇らせながら俯き気味に黒石茶の揺らめきを眺める。そこへ自分用に取り分けていた木の実を、全て平らげたエディットが黒石茶も飲み干しカップを卓に置く。


「え、それでいいんじゃないですか? 今から気持ちで負けてたら結果にも影響がでてしまいます!」

『チッピィピ!』


 エディットがその容貌にそぐわない負けん気を発揮しながら賛同の声を上げ、セキの手の上で木の実を頬張っていたチピもそれに続く。


「ちょうどいいんじゃない? エステルの成長した姿で見返してやりなよ。そんでもう一種ひとりのほうは南にいるんだよね? そっちのひとには成長して無事に精選を潜り抜けましたって報告できるといいよね」


 火を点けようと摘まんだ煙木タバコを下唇に当てながら、エディットの負けん気の提案を後押ししている。

 両名共にどのような間柄か詳細は定かではないが、いくら過保護とはいえそのような争いに首は突っ込まないよう自身に戒めを課すセキ。

 自身で受けた借りを他人に返してもらうほど惨めなことはない、と過去の経験から学んでいるためでもあった。

 だが、珍しいことにカグツチが木の実やクッキーに気を向けているとはいえ、ここまで返事以上の言葉を発していないことにセキは気掛かりを覚えていた。


「少しばかり小金持ちだからと言って何かと目障りなことこの上なかったので、みなさまの承諾も無事に得ることができた以上……行先は決まりましたね」


 ワッツの時と同様、相変わらず敵意を向ける感情を一切隠すことをしないルリーテ。エステルも同様に覚悟を決めたようにその白い指先に力を込め拳を握りしめた。


「うん! 参加するかもわからないけど、目的地は『リコダ』にしよう! それに大事なのは精選じたいだからね! 絶対勝ちぬいて――」

「白霧病の治療も南ならもっと進んでいるかもですしねっ」


 その言葉に意外そうにエディットに視線を向けたエステル。だが、他の面々はむしろそのエステルの表情に驚きを覚えていた。


「――あ、うん。それはそうなんだけど、正直な気持ちでいうと……白霧病の治療と同じくらい叶えたい目的があって……決して病気を軽んじてるわけじゃないんだけど……」


 言葉にすることを躊躇うようにそのか細い喉を鳴らす。白霧病の治療以上にエステルの気持ちを動かすものに興味をそそられた一同の視線が集まっていた。


「お母さんを南で……南大陸バルバトスで暮らせるようにしてあげたいんだ……」

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