第55話 エステルの想い その2


「よし――任されたよエステル」


 セキはステアの話題になった途端立ち上がり、その指先で胸元をとんとんと叩くと自信の表れを如実に示す。

 邪魔する者は叩き切ると言わんばかりの立ち姿を披露していた。


「わー! ちょっと違くて……セキが常に一緒にいれるわけじゃないでしょ? だから、南大陸バルバトスのどこかの国で功績を認められて『居住権』を手に入れたいって思ってる……」


(一緒に居ていいなら喜んで側にいるんだけど……)


 思考を巡らせるも、言葉にすると気軽にステアの側に寄ることすら叶わなくなりそうな気配を察知したセキは沈黙を選んだ。


 南大陸バルバトス以外で生まれた探求士が精霊との契約を渡航条件とされるように、南大陸バルバトスに存在する国々では探求士以外が住居を確保する場合、『居住権』を条件とする国が多い。

 単純に南大陸バルバトスへ秘密裏に向かい、国以外の地域で生活するのは自由であり、事実そのような者も数多く存在するが、安眠できる夜など迎えることができるはずもない。

 『居住権』じたいにも安価なものから高価なものまで、様々な条件が発生するが、ここでエステルが差す『居住権』とは、各国の主要都市に住居を構えられるほどの高価な権利を指していることが伺える。

 それは安価な居住権で国の隅に住居を構えても、魔獣に襲われては本末転倒だからである。


「素晴らしい考えです。エステル様……。大賛成です! 元々は南大陸バルバトスに住んでいたということも伺っておりますし、夫であるブラン様と出会った大陸である以上、南大陸バルバトスでの最後の思い出があんな惨劇では悲しすぎます」

「あれ? じゃあエステルさんも出身は南大陸バルバトスなんですか?」


 卓の中央に盛られた木の実を、自分の取り皿にせっせと補充しながらエディットが素朴な疑問を投げかけた。

 カグツチはすでに取り皿に取るのが煩わしくなったのか、卓の中央に鎮座して木の実とクッキーを堪能していた。


「うん。わたしも生まれはその通りなんだけど、住んでいた国が『ブロージェ』だったから……わたしが生まれてすぐに国は滅びちゃって覚えてるも何もないんだけど、南に住めるようになればお母さんも跡地に行けるような好機チャンスがあるんじゃないかなって……」

「『ブロージェ』の話は北大陸キヌークにいたあたしでも知っています……そうだったのですか……変なこと聞いちゃってすいません……」

「ううん。わたし自身の目的でもあるし、知っておいて欲しかったっていうのが正直な気持ちだから気にしないで?」


 その顔に影を落とすエディットだったが、エステル自身も出身じたいを話すことに抵抗はないようで控え目な微笑を浮かべていた。


「たしかに魔獣の襲撃とか考えるとそれなりの国に住んでないと心配だよね……おれの感覚が自分の村しか分からないからそこまで考えが……うちの村の場合は基本他人とは無干渉でもいいけど、魔獣襲撃時は戦闘できる、できないは別にしても各々ができることをして守り切れって姿勢スタンスだったからなぁ……」

「それが南でできてるのがすごいと思うけど……だからセキはそんなに強くなれたのかな……?」

「う~ん。おれの強さの根っこは――ほら、最初のクエストの時に話した大断崖に一種ひとりで落ちた話したでしょ? そこらへんから村に帰るまでに積み上げたものが大半だねぇ……」

「――え……大断崖って恐獣が我が物顔で歩いてるって言われてる地帯ですよね……? そこから生還したんですか……?」


 セキの言葉に頬張っていた木の実を吹き出し、目を見開くエディット。チピも言葉の意味を理解しているようで、セキの顔を見上げながら、白い毛並みに包まれた顔を青ざめさせている。


「実力よりもたぶん世界で一番運がよかったとは思ってるかなぁ……どれが恐獣枠で語られてるか分からないけど、おれが落ちた一帯はちょうど二匹の強力な魔獣が争ってる場所だったんだよね。その二匹はおれなんかに興味示さないし、その二匹の縄張りにくる魔獣も滅多にいなかったのがほんとに運がいいと今でも思えるからね……」


 しみじみと思い出に浸りながら黒石茶で喉を潤すセキ。先の巨蟻ジャイアントアントの巣窟でさえ、最大限の覚悟を決めて望んでいたエディットには気が遠くなる話に聞こえていた。


「それはきっとセキ様の日頃の行いの良さの結果ではないでしょうか?」


 ルリーテがエステルやエディットに滅多に向けることのない、宝石を煌めかせた瞳でセキを凝視している。


「えーっと、うん。照れる――けど、あの頃のおれは行いが良いも何も、何もできなかったからなぁ……っと、ごめんごめん。おれの話はともかくとして――エステルの目標におれも大賛成だからね。具体的に何をすれば居住権をもらえるのかわからないけど!」

「うん、ありがと! うん……居住権も結局は精選で頑張って南に行ってからの話だしね……」

「先を見据えた目標ができたことでさらに張り合いも出ました。わたしたちの目標の先にステア様への恩返しもできるなら願ったり叶ったりですので」

「一つ一つ目標をクリアしていきましょうっ! 同じパーティの運命共同体なんですから! エステルさんたちの目標はあたしの目標でもあるのです!」


 各々が決意と共にその瞳に小さくとも確かな火を灯す。精選前の目的地も無事に決まり残すはここオカリナでの最後の晩餐となる。

 まだルリーテは右腕を使う許可が下りていないため、ここ最近はルリーテが付き添いつつエステルが料理を行うという形で収まっていた。


 セキ自身も、それならいける、とキッチンに入ろうとするもカグツチがその四肢で大地、もとい床に立ち過去の己の姿を思い出すがごとく、絶対的強者の圧を放っていたため断念せざるを得なかった。体躯サイズはもちろんトカゲのままではあったが。

 あれほど必死に物事を成し遂げようとするカグツチの姿はとても希少でもあった。

 最後ということ、またエステルからの提案もあり、オカリナの味を覚えておくために各自で持ち帰りの料理を購入して宿で全員で持ち寄った料理を食べる、という流れに収まる。


「ふむ。とても良い提案だの。ならばルリよ。昨日の話の続きはその後――だの」


 買い出し料理を持ち寄るという提案にその顔を輝かせるカグツチ。さらに我慢しきれない、とでも言うように続けたその言葉がセキへ閃きをもたらすことは計算外だった。


「ルリの調子が悪そうだったのはおめーが原因か」



◇◆

「セキ。お主……これは本気かの?」


 各自が持ち寄った料理が木円卓テーブル上に並んでいた。魚系の料理もちらほらと見受けられるがどちらかというと山の幸であり、近場で取れる石兎いしうさぎの肉も並んでいた。

 そんな光景をカグツチはただただ上から眺めている。なぜならセキに捕まり宙づりの刑に処されているからだ。チピはその姿をセキの頭の上から心配そうに眺めるも、助けにいく素振りは見えない。


「おめー最近寝る時どこ行ってるのかと思ったらルリのとこ潜り込んでたとはなぁ……」

「――あの、セキ様……わたしにとってはカグツチ様の貴重な過去のお話を聞かせて頂けるということは喜びはあれど迷惑などということは決して……」

「う~ん。限度があるよね~。ルリだとグー様の話遮るなんてできないだろうしね……」

「顔色というか体の重さはどことなく気が付いていましたが、さすがに怪我が怪我なので、そちらが原因だと思っていました……」

『チピィ……』


 現在宿泊している小屋は大中小の三部屋で構成されている。元々は中部屋に少女三種さんにんで寝ていたのだが、怪我の治療薬や器具を広げておきたい、また安静のためにルリーテを小部屋に移していた。

 元々小部屋で寝ていたセキは大部屋の長椅子ソファーで寝るようにしており、チピはそのセキの額の上で寝ている。

 このルリーテが小部屋で一種ひとりという状況を好機チャンスと見たカグツチが連夜訪問し、気の向くままに話に華を咲かせていたということだった。

 また、エステルのカグツチに対する呼び名は、セキがエステルたちと出会う前の道中譚を披露した際にクリルが使っていた呼び名を気に入り、エステルとエディットも同様の呼び名を利用するようになっていた。


「わ……わかったの……次からは気を付けるゆえ、料理の匂いだけという拷問はひととしてどうかと思うがの……」


 竜がひとの在り方を示すような事態に陥っていた。セキはカグツチの我儘を基本的に自身に対する事であれば笑って流すなりの対処を行っていることは今までもこれからも変わらない。

 だが、根本的に女性全般に甘いため、そちらに被害が及んだ場合、処することに躊躇しないことも変わることはないだろう。


「か、カグツチ様……今下ろしますので……」


 見兼ねたルリーテが宙づりのカグツチを下ろし無事に食事開始となる。カグツチを除き、コバル節約のために外食や店での購入は控え目だった面々はその料理に舌鼓を打ちながらオカリナ最後の食事を存分に楽しむこととなった。


 同じ食材でもルリーテ、もといステアの味付けとは異なる濃いめの味付けは噛んだ瞬間に舌を喜ばせるかのようにその芳醇な香りを解き放つ。石兎いしうさぎの皮はそのまま噛みつけば歯が欠けるほどに強固なものだが、時間をかけて熟成させたのか、主菜を張るにふさわしい食べ応えのある食感に仕上げられていた。


「ふむ……このような味付けもあるのか……こやつは野山でそこら中に飛び跳ねてるやつであろ? こんなに美味いのであればたくさん確保しておけば食い物に困らんの」


 カグツチがソースまみれの手で、石兎いしうさぎの肉を頬張りながら至上の笑みと共に感想を漏らす。

 チピは羽根を器用に操る鳥らしからぬ鳥とはいえ、羽根をソースで彩ることは得策ではないと自覚しているのか、セキに取り分けてもらった皿の上の肉をつつく形で同じく満足気な笑みと共に鳴き声を上げていた。


「はい。美味しいのはカグツチ様の言う通りなのですが……この肉の柔らかさは一週間ほど時間をかけてると思うので仕込みの手間がですね……」

「お母さんとルリも家だとちょこちょこ仕込んでたけど結構大変そうだったよね……」


 カグツチの感想にやや俯き気味に答える姿を見るに、狩る分には問題なくともその後の手間を考えると気が重くなっているのだろう。

 エディットは食べた際に感想は言うものの食事中は大人しい――というよりもかなり真剣である。

 北大陸キヌーク育ちのせいか、美味い不味い問わず、食事にありつける今に感謝をしている節がところどころで見られ、黙々と食事をすることが多い。クヌガたちとの酒席ではそうもいかずに乱れてはいたが。


岩牛いわうしもそうですし、土豚つちぶたは臭みをとるのでそれはそれで手間ですね……。泥猪でいちょ――いわゆる『ドロシシ』に至っては臭みを取る過程で匂いが部屋に染み付いてしまうので……」

「どれも処理すればすっごい美味しいんだけどね……朱頂肉しゅちょうにく、えっと……『ミルリリス』は手間はかからないというか、手間をかけたらダメになっちゃう分難しいし……」


 星団やパーティで共に行動する際の問題になりやすい食事。好みや出身に左右されることも少なくないこの問題は大なり小なりどこでも抱えている。


 幸いにもルリーテが料理上手で、かつその味を好んでいるエステルとカグツチ。食べられれば文句を言わないセキとエディットという組み合わせにより、他よりもかなり食事に関しては気を向ける必要がないのは幸運と言ってよいだろう。

 このオカリナでの食事も食べている最中、頻繁にルリーテはその味を確かめるようにソースを舌先で味わい熟考している姿が見受けられた。

 料理の雑談を交えながら進めた食事も、卓上の料理がなくなる頃には外もすっかり静寂と夜の明かりに包まれていた。


◇◆

「まったくセキは困ったもんだの」

「――え、えっと、はぃ……」


 その晩、宙づりされたことを覚えているにも関わらず、懲りない一匹の竜がルリーテの部屋を訪ねていた。

 同意を求められたルリーテの声はか細い返事をするも、カグツチがまたもセキに𠮟られるのでは、と心に惜しみない冷や汗が流れ落ちていた。


「まぁそれはそれとしてだの」


 仕切り直しの空気を察し昨晩までの話の続きを聞く心構えを見せる。セキにも伝えた通り自身が文献や書物でしか知ることのできないお伽噺にも似たこの物語を聞くことは、ルリーテにとって苦痛ではないのだ。


「ちょうど戦闘もできんからの。我の話で喜び、尊敬と感謝の念を忘れぬとても素直なお主に教えてやろう」


 意味深な雰囲気を出したいのか、カグツチ自身を崇める普段のルリーテの行動を褒めたいのか、よく分からない言葉。

 ルリーテの冷や汗をかいていた心にさらに疑問という名の問いを投げかけ惜しみなくその心に負荷をかけていた。


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