第138話 実感と幼き日々と

「これでよしですっ! ちょっと休憩して足の様子を見ましょうっ」

『チッピ!』


 エステルの足の怪我および毒の治療を薬草にて行い、止血まで済ませたエディットが額の汗を拭っている。


「ルリのアルクスで尻尾が粉砕されてるから、もう一匹見つけないとだね……それとエディ処置ありがとう。少しすれば動けると思う!」


「想像以上に貫通力が出たので、驚きました」


 エステルとエディットが対応した老蠍虫エルダースコルピオは、討伐後に凝縮するも、尻尾を無事に確保できていた。

 しかしルリーテが倒した蠍の尻尾は毒液を撒き散らしながら粉砕されている現状を顧みての言葉であった。

 ちなみにルリーテはアルクスの威力に上機嫌で、あまり反省の色は見受けられない。


「次はもっと上手くやれると思いますよっ! 特訓の成果がしっかり実感できました……! 特にアーラが防御にも使えることも確認できましたしっ!」


 冷静に鼻息を荒げるルリーテとは対照的に、エディットは体を弾ませながら顔を紅潮させている。


「それは何よりです。アーラで片翼しか発現せず、浮遊魔力も発生しなかった時のエディの落胆ぶりは見ていられませんでしたので……」


「そりゃそうだよ~……浮遊とか飛行系の魔術なんてほんの一握りのひとしか覚えられないんだから~……それを覚えたら期待するなっていうほうが無理だよぉ……」


 東大陸ヒュートで体得した詩を試していた際の出来事を振り返る。

 端的に言えば、完全な詩の発現は現状、成し得ていないのだ。


「制御できない――ではなく、発現さえ未完は正直ショックでしたっ。でもエステルさんが『それなら腕に巻き付けて殴っちゃおう』で活路が見えましたからっ」


「あはっ。できないことを嘆くよりも、できることで少しでも前に進めるように考えるのは楽しいからっ。セキが薄刃苦無クナイを工夫してるのも見て来たし!」


 振り返るエディットだが、今でもやや眉をしかめるあたり、折り合いを付けはしたものの、すっきり、というわけではないということが伺える。


「そもそも鳥類とは骨の密度も重さも違いますからね……浮遊魔力という存在じたいエステル様とセキ様が仰らなければ気にも止めなかったでしょうし……」


「ほらっ……わたしの場合、カグヤお姉ちゃんに抱っこしてもらって飛び回ってたから……お姉ちゃんは翼じゃなくて、赤い光の玉を備えて飛び回ってたから翼じたいが飛ぶために必須のものではないのかなぁ~って」


 幼き日々、白い世界から抜け出したばかりの頃である。

 セキと共に終始笑顔を振りまき、天真爛漫てんしんらんまんを体現したかのような女性カグヤ。

 セキとアドニスに言わせれば、傍若無種ぼうじゃくぶじんの権化たる存在であったが、エステルに対してそのような一面は見せず、ステアに甘え、エステルを甘えさせてくれる存在であった。

 エステルの笑顔はステアに加え、カグヤから学んだ朗らさを兼ね備えていると言っても過言ではないだろう。


「セキさんと同技量で、魔術はアドニスさんを凌ぐんですよね? それで空も飛びまわるって手の付けようがないですよね……」


「う~ん……でもいつも笑顔で優しいお姉ちゃんだったよ? 事あるごとにわたしを攫っていこうとして、ステアお母さんに優しく窘められてたと言うか……」


 エステルの尻すぼみの言葉を聞いた二種ふたりが、揃って眉間を抑えている。

 カグヤを尊敬すると共にまさに、大好き、であったエステルがカグヤに甘えた際の出来事である。

 幼きエステルの可愛らしさにゲージが振り切れたカグヤは、己の欲望に忠実に行動していたということが伺える。


「それでセキはセキで最初はお姉ちゃんの味方なんだよね……『ふふふっ……攫われるのがエステルだけだと思ったら大間違えです! すてあさんもです!』ってお母さんにくっついて……」


 幼き日のセキ。というだけで、容易に想像できる場面である。


「でも、お母さんが『セキくん困っちゃうよぉ』ってセキの頭を撫でると『姉さん! それは間違ってるよ!』ってすぐカグヤお姉ちゃんを裏切ってお母さんの味方して……――」


 すでにエディットは、喉を震わせることを諦めている、と言うことがはっきり伝わるほどには視線を足元へ下げていた。

 ルリーテはルリーテで、ステアを自身に置き換えた妄想に耽っているのか、鼻を抑えて上向き気味である。


 降霊を解き、エディットの頭に鎮座するチピだけが、誰の姿も見えることがない砂地の先を見据え、首を傾げていた。

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