第139話 招きの森

「よ~し! 想定以上に集めちゃったね……」


「数が多いとはいえ、個々の集まりだったのが大きいですね。むしろ互いの鋏が邪魔で満足に動けない個体も見られたので」


 一同はエステルの回復後、砂地を進んだ先で老蠍虫エルダースコルピオの群れと遭遇するも、これを撃破した所である。


「エステルさん動いた感じはどうですか? かなり毒素は分解されたはずですが……」


「うん! 休憩前は足の反応が鈍く感じてたけど、休憩後から違和感はなくなってるよ! それに今の戦闘でも反応が遅れることもなかったから大丈夫そうだよ」


 腕や足を振りながら違和感を確かめるも、強がりではなさそうだ。

 エディット自身の見立て通りであるが、個体ごとに毒の強さも異なるため、ひと知れず胸を撫で下ろした。


「セキに言われた通り、刺された部位に肉体魔力アトラを集中させてたのも大きいのかな?」


「それもあると思いますね。基本的に魔獣の毒は肉体魔力アトラの流れを乱したり、弱めたりすることで獲物を動けなくしたりすることが多いので……。それを今回は意識して留めておくことで、薬剤もそこに集中できたのでっ!」


 精選前に魔力操作を意識し始めていたことが功を奏したという実感は、エステル自身にも確かな自信を芽生えさせていた。


「かなり順調に撃破できたとは言え初陣です。少々奥地まで来てしまっていることもありますし、そろそろ帰路に着くほうがよいと思いますがどうでしょう?」


 蠍の尻尾を集めていたルリーテが二種ふたりの元へ歩みつつ、状況を踏まえた提案を行うと、


「そうだね。危険って言われてた森もすぐそこだし、帰り道でどれだけ魔獣に出会うかもまだ読めないから、十分に余力があるうちに戻ろう!」


「はいっ。あたしも賛成です! 索敵区域も慣れてきたら伸ばせばいいと思うので、初陣でこれ――んっ?」


 ルリーテの言葉に頷いていた二種ふたりだったが、唐突にエディットが口を閉ざし耳元に手をかざした。


『チピッ! チチピ!』


 エディットの行動を見守るエステルたちに対して、チピはまたも何かを感じている様子である。


「あの……聞こえました? 今度は音じゃなくて『声』だと思うんですが……」


 確信に至るには足りない様子の表情でエディットが顔をあげる。

 エステルとルリーテは互いに顔を見合わせるも、首を振るだけだ。


「精霊……とかってわけじゃないよね?」


「はい、違います。どちらかと言うと苦し気な……」


 エディットが不安気に見つめた先は砂地ではなく『森』だ。

 エステルも視線を向けるも魔獣の姿はもちろん、種影ひとかげも見当たらない。


「探求士の可能性もあるということですね……もう少しだけ近づいてみますか?」


「うん……周囲を警戒しつつ……だね。老蠍虫エルダースコルピオの毒にやられて避難しているのかもしれないし……」


 周囲の音に耳を澄ませ、自身が踏みしめる砂の音にさえ気を払いつつの進行が始まる。


老蠍虫エルダースコルピオはやらないだろうけど、砂中に引きずり込まれて――って可能性も捨てきれないんだよね?」


蠕虫ワーム系が生息している場合、その可能性もありますね……」


「――ん? こっちですっ」

『チピー……?』


 エディットの耳がぴくり、と反応し、指先が示す方角は砂中ではなく、やはり森であった。


「息も絶え絶えのような……か細い声のような……もう少し近づきましょう」


 エディットに続くエステルとルリーテも耳に手をあてつつ、意識を向けた時、微かに、ほんの微弱な声を拾ったのだ。


「タス……ケ……テー」


 三種さんにん揃って唾を呑むも、視線を交わし即座に顎を引く。


「……行こう」


 砂地が途切れ、不揃いな雑草の絨毯が敷き詰められた先。

 不気味なほどに静寂に包まれた森は、まるで手招きするかのように木々が揺らめいていた。

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