第137話 お披露目

「エステルさん動きは最小限に――ッ!! あたしが前で受けるので!」


「うんっ! ここは頼らせてもらうよ! でも――動けなくてもやりようはある――」


 一度、砂中に避難した魔獣は砂を盛り上げながら移動している。

 横目で追うエステルとエディットは迂闊に飛び込むことはせず、身構えたまま呼吸を整えていた。


 ふと盛り上がっていた砂が途切れる。


「さらに潜った……足元の振動に注意を払って!」


 エステルの声を背で受けたエディットが無言で顎を引く。


 そして次の瞬間。

 二種ふたりの間の砂が爆ぜ、砂の中から再度姿を現した蠍は両鋏をエディットに向かって振り下ろす――


 が、エディットは翻りながら距離を取り、鋏が砂地へと突き刺さる。


「ちがっ――エディ!! ――〈星之結界メルバリエ〉!!」


 咄嗟に詠んだエステルの詩は、エディットの小さな体を炎の膜で包み込んだ。


 その時――

 

 がちり、とエディットの背後から音が響いた。

 反射的に振り向いたエディットの瞳は、エステルの防御幕に突き立てられた蠍の尾を捉えた。


「二匹いたってことですかっ!? 助かりましたっ!」


 蠍は防御幕に突き刺した針が、緋色の炎に焦がされ始めた途端に大きく距離を取る。

 だが、背後を振り向いたエディットへ、もう一匹の蠍が振り払うように鋏を薙ぎ、腹部を狙う。


「――そうはさせませんよッ!! 〈翼の下位炎魔術アーラ・ファルス〉――ッ!!」


 背部から炎の翼が片翼のみ噴き出す。

 さらに噴き出した炎翼は、うねりと共に左腕へ巻き付き、蠍の振り払った鋏を受け止めた。


「あたしが素手だと思ったのが間違いですっ! 〈爪の下位炎魔術ウィグス・ファルス〉ッ!!」


 掌底というよりも、指を爪に見立てた虎爪の手を炎が包み込む。


 小さな体をさらに縮めた後、跳ね上げるように腕を振るうと、顕現した炎の鉤爪が、蠍の顔面に深い爪跡を刻み込んだ。


 劣勢を悟った蠍が六本の足を活かし、背後へ退いた時――



 小さくも力強い詩声が響く。


「――〈星之煌きメルケルン〉ッ!」


 蠍を圧し潰すような爆発が巻き起こり、その身から紫色の血を噴き出し動きを止める。


「エディッ! 行くよ――ッ! 〈星之導きメルアレン〉ッ!」


 エステルの掛け声と共に、もう一匹の蠍の眼前で星が魔力光を煌めかせた。


「はい~っ! 〈中位炎魔術ファルライザ〉ッ!」


 エディットの炎を飲み込んだ星は荒々しい魔力のうねりを見せた後、蠍の胴を丸飲みするほどの火球を解き放った。



 星の爆発と特大の火球を食らった蠍たちは、微かな呻き声を出すも、やがて途切れ、力無く鋏が地に落ちた。


「はぁぁぁぁぁ~……びっくりしたぁ……でも、わたしたちだって南大陸バルバトスの魔獣相手に戦えるよ!」


「はいっ!! 練習していたウィグスアーラも、自然と体術に織り交ぜて使うことができましたー!」


 大きく息を吐いたエステルに駆け寄り、互いに指を絡ませる。

 喜びの余り瞳に星を宿すエステルと、向日葵の笑みを浮かべるエディット。

 特にエディットに関しては、休息期間中に修練を積んだとはいえ、精選で会得した術のお披露目でもあった以上、感激と安堵の気持ちがひとしおであった。


 ちょうど同じタイミングで、相対した老蠍虫エルダースコルピオを討伐していたルリーテにも視線を向けると、少女たちは揃って頬を緩ませることとなった。


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