第37話 安息のひと時

「はぁ……こっちとしてはありがたい話にまとまったみたいでよかったなぁ~!」

「ああ! 俺たちもどこから心配すればいいのか、考えがまとまらなくてな……!」


 ジャガリが帰ってからしばらくするとテッドたちも紹介所に戻ってきていた。先ほどまでの事の顛末を説明すると本拠地ホームにしている紹介所ということもあり三種さんにんとも素直に喜んでいる。

 その後、今後の改装案等も話したいというラゴスの相談もありデミスも含めた七種しちにんは酒場の木円卓テーブルを囲み夕食を食べながら話し合っていた。カグツチは身を潜めているようで、時折セキが回りの視線が外れた時に食べ物を与えているだけで話には加わっていない。


「そっちの話はカタがついたようで何よりだ!」

「そうだな……だが、あの……セキ……」


 喜びに一息ついたところで少し神妙な顔つきでテッドがセキに声をかける。


「はい、どうしました?」


「え、えーとな……まさかお前がそんな実力者だとは思っていなくてな……極獣を討伐できるやつにラット駆除を勧めてしまうなんてな……」

「俺も……あんな回復薬渡してベテラン気取りで……申し訳ないというか……」

「ち……地図なら邪魔にはならかったと思いたいんだが……」


 今日の極獣騒動でセキの実力を知った三種さんにんは気が重そうにセキを見る。セキ自身は昨日の三種さんにんのやりとりで不快に感じたことなど何一つなく、むしろ先に説明していない自分のほうが謝るべきではないかと感じている。もちろんフリッツは別だが。


「いえ……こっちも証明する術があの素材くらいしかなかったので、言ったほうがいいか悩んでいて……それに登録やクエストじたいが初めてだったことに変わりはないので、クエストも回復薬も地図もありがたかったですよ?」


 視線を落としながら話しているテッドたちにセキは正直な気持ちを打ち明ける。


「そうですよ! テッドさんたちにはうちのエステルとルリちゃんも、お世話になってたんですし、いつも感謝してますよ?」


 セキの返事ではまだ俯いていたテッドとトッポとチップはステアのフォローを聞くと顔が上がる。自分の心に素直なひとたちって素敵だな、とセキは心の中で呟くしかなかった。


「あ、そうだセキくん。話を聞いたところ、エステルちゃんたちに合流するんだろう? うちのほうから伝達を入れておくかい?」


 セキがエステルたちと共に冒険をすることをステアが説明したのだろう。今回のようなすれ違いが起こらないようにラゴスが気を利かせようとしてくれていた。


「ん……あっちがどこにいるのかが分かるくらいで……いいかな……?」


 セキが考えながら口にする言葉に一同は首を傾げている。


「セキくん、いいの? エステルたちはまだセキくんが南にいるって勘違いしちゃってるよ?」


 ステアが念を押す。


「ん~ほら、知らずに出合うほうがなんか運命的でかっこよくないですか?」

「くくっ……たしかにそうだな~!」

「ああ、なんせ十年ぶりなんだろう? たしかにロマンチックに出合いたいところではあるな!」

「お互い成長した後に見知らぬ土地で再会なんて、あ~羨ましいな~……」


 セキの言葉にテッドたちは笑いながら同意する。ラゴスたちの表情を見るにこちらも同意なようで、デミスやステアと若いっていいな、とでも言っているかのように目で通じ合っていた。


「だとすると、これからセキくんは『オカリナ』に向かうといいだろう。精選前に中央大陸ミンドールに慣れておきたいから、そこでしばらくクエストをすると言っていたからね……」


 ラゴスの言葉にセキは約束を思い出す。十年前の約束ではない。つい先日の約束だ。どちらも同じ村にいるなら、なおさら都合がいいとセキは考えていた。


「はい、わかりました! 見つからなかったら伝達入れますけどね……」

「あら、見つからなかったら運命のひとじゃないってことじゃない?」


 ステアの意地悪な笑みをしながらの指摘はセキの貧弱な心を容易に引き裂いてくる。言った相手がステアでなかったら軽く暴れていることは間違いない。


「み、見つけます……」

「ふふっ……セキくんから見たらまだまだ頼りないと思うけど……よろしくお願いします」


 意地悪な笑みから母親としての顔付きになったステアが改めてセキに二種ふたりを思い頭を下げる。セキは任せてくれと言わんばかりに自身の胸元を指でとんとんと叩き拳を握る。


「そういえば中央大陸ミンドールに向かう手筈は大丈夫なのか? この時期は渡航の船もかなり制限されてるみたいだぜ?」


 テッドが大陸を渡る際のことを心配し船の手配の確認をする。

 セキが無知なだけでこの期間での探求士の間では当然の知識となっているのだろう。


「それは大丈夫です。こっちに来る際に乗せてもらった船があるんですけど、帰りもそれに乗れるように手配してもらっているので、明日ベスに向かおうかと思っています」

「お、それなら安心だな!」


 ――その後は改装案の話や、セキの極獣討伐時の話等、おおいに盛り上がりまだ日光石の明かりが差し込んでいた時間のはずが気が付けばいつの間にか夜光石の明かりになっていた。

 七種しちにんはほろ酔いどころかすっかり出来上がっており、お開き後はふらふらとちどり足で紹介所の酒場から解散することとなった。

 セキは今日もステアの家に泊まることとなるがステアも今日の出来事の緊張からの解放とうれしさから酒を飲み過ぎており、すでに自分の足で歩く意思を捨てていた。

 結果として酒に弱いセキが、視界がぐるぐると目まぐるしく回る中、背負いながら帰路に着くこととなる。背負った時の胸の感触で酔いは覚めたが。


「これで少しはステアさんの負担も軽くなってくれたかな……」


 辺りもすっかり暗くなっており魔具と光星から届く夜行石の淡い明かりの中ステアを背負うセキが帰路の中で独り言を呟く。

 ラゴスの紹介所にとって初めての極獣素材という快挙は瞬く間に噂が広まることになる。だが、それはセキがこの村を後にした頃の話である――



◇◆

「お、おはよう……」


 セキは台所で見様見真似で黒石茶を入れようとしているところに寝起きのステアが気まずそうに朝の挨拶をしていた。ほんとの寝起きのようだが、色っぽいことこの上ない。昨日はさすがに服は着替えさせられないのでそのままベッドに寝かせたのだが寝にくかったのだろうか、ところどころ下着が見えている。


「えと……昨日は私自分で帰ったのかな……?」

「大丈夫ですよ。半分くらいは自分で帰ったようなものです」

「残りの半分は……?」

「おれがおんぶしてましたよ」


 ステアはやってしまいました、とばかりに両手で顔を覆っている。なぜこのひとは仕草が一々可愛いのだろう、とセキは考える。ステアは顔を覆ったまま台所を後にする。顔を洗いに行ったのだろう。


「みな楽しんだようで何よりだの……」


 そこに昨日はほとんどセキの衣嚢ポケットで過ごしていたカグツチが少し拗ねたように声を掛けながら部屋に入ってくる。


「昨日は潜んでくれてて助かったぞ? 戻ったら衣嚢ポケットの中で寝てたからそのまま寝かせておいたけど」

「食って静かにしとったら後は寝るしかないからの……」


 食事も去ることながら、おそらく和気あいあいとした夕食に混ざりたかったのだろうということが伝わってくる。だが、あの極獣騒ぎに偽精獣まで登場したらさすがに収拾がつかない。カグツチもそれを分かっているようでセキに深く追求はしなかった。


「まぁこれでも飲んで気持ちを落ち着けてくれよ。朝の黒石茶は気分を切り替えるのにちょうどいいだろ?」


 そう言ってセキはカグツチに調味料入れに入れた茶を差し出す。

 カグツチはそれを両手でがっちりと受け取り、一口すする。


「うむ。不味いぞ」

「てめぇ……」


 カグツチの正直な意見にセキも正直に敵意を向ける。

 そこに顔を洗い終え服装を整えたステアが戻ってくる。

 セキはステアの分も入れていたが、カグツチがああ言う以上これは出せないと思い、泣きそうな顔でステアを見る。


「ど、どうしたのかな……?」


 セキは片手で顔を隠しながら黒石茶を指差す。

 ステアはカップに口をつけると、ふふっ、っと笑みをこぼす。


「セキくんちょっと濃くし過ぎてしまったね~? 私が入れ直すから座って待ってるよ~に!」

「ご……ごめんなさい……」


 ステアの言葉に従順に従うセキ。ステアは昔ルリーテが初めて手伝うと言って黒石茶を入れた時に同じようなことをしていたな、と思い出し自然と笑みがこぼれてしまった。


「はい、ど~ぞ! 今朝食も作るからちょっと待っててね」

「はい……」

「うむ。我はこの前のパンで挟んでるのが好きだの」


 カグツチのリクエストにステアは笑顔を以って返事とする。

 セキとカグツチはステアの入れた黒石茶を黙って啜っている他なかった――


「セキくんたちはもう出発しちゃうのかな……?」


 朝食を準備し木円卓テーブルについたステアがセキに問いかける。


「ええ、こっちでやりたいことも済みましたので、ベスに向かっておこうかと」

「うん、そっかそっか……南から来たセキくんにこんなこと言うのも変だけど、気を付けてね?」


 ステアの脳裏には南大陸バルバトスに渡り命を落とした自身の夫の姿が浮かんでいるのだろう。

 少し表情が曇っている。


「ええ、回避できない事象はたしかにあると思いますが……そこも踏まえて十分注意して冒険を楽しむようにします」


 その点はセキ自身も

 だからこそ、ステアの言葉も受け止めた上でしっかりと返事をする。


「うん、二種ふたりのこともよろしくね……」

「ええ、任せてください!」


 セキは自身の胸を指でとんとんと叩き拳を作るとステアににっこりと微笑んだ――

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