第36話 騒動の決着
ラゴスの紹介所に戻るとテッドたちは頭を冷やしたいといい、村近くの草原へ散歩へ。ラゴスも同じく気持ちを落ち着けたいとデミスのいる自宅側へと姿を消していった。
セキとステアは紹介所内の酒場の
「あ、あのセキくん……さっきの話なんだけどね……?」
「はい、素材のお話ですね」
いつもは穏やかな表情のステアだがあまりの出来事に表情が硬くなっていることがセキにもわかる。話の順番を間違えたかな、と少し反省する。
「とってもうれしいんだけど……やっぱりね……あんな貴重なものは受け取れないよ……」
「んと……そんなに硬く考えないでください。それにほら、おれの事情もありますしね?」
セキは言葉を探しながら一度咳払いをする。ぎこちない動作で頭をかきながら告げられる答えにステアは目を丸くしながら首を傾げる。
「ステアさんやステアさんがお世話になっている
セキは
「そ、その気持ちはうれしいけど……あれくらいで……」
「あははっ……おれも姉さんもあれくらいの思い出がなかったんですよ。村にもステアさんくらいの年齢の
それは偏にステアの
「あんなに子供っぽい姉さん初めて見ましたからね。きっと、いつもおれの前ではしっかりしなきゃって気を張ってたのかなって……」
「で、でも……エステルのための薬だって持ってきてくれて……私たちばかりもらっているわ……」
ステアにとっては意識することのない当たり前の触れあいなのだろう。だが、そんな当たり前を教えてくれたステアへの感謝はなかなか伝わりにくい。そして素材の額が額なだけに強情でもある。
「エステルの薬はおれたちはただ届けただけですよ。手に入れたのは貴方の夫であるブレンさんなんですから……まぁこんな言い争いをステアさんとしたいわけじゃないので……わかりやすくいうとですね?」
「ええ……」
「今の状況で姉さんがいて……素材持ってたら『これ使って生活安定させましょう!』ですし、持っていなかったら『狩りに行ってきます!』ですよ…… 南の魔獣絶滅しちゃいますよ? それにおれや姉さんが素直に甘えさせてもらってたんですから、ステアさんもたまには甘えてくれるとうれしいですよ?」
それはそれで平和になりそうではあるが、セキの言葉を聞いたステアは――
「ふふっ……あははっ……カグヤちゃんだったらほんとに言いそうだわ……素直だけど押しは強そうだったもんね……ふふふっ……。うん……」
あの頃のカグヤを思い出しているのだろう。そんなステアの笑う姿を見ているとセキは自身も何か優しい気持ちになれる。そんなステアだからこそ困っている姿を見過ごすことなどできないのだ。
「うん……えっと…………うん……ありがとう……」
少し俯きながら葛藤と戦っていたステア。こんな風に言われてしまっては断りようがない。だが、この恩をステアが軽んじることも、ましてや忘れることも決してないだろう。
「じゃあ……セキくんに甘えさせてもらうね……? えっと……どうしよう代わりにエステルをお嫁に行かせればいいかな?」
「ほんと……そういうのやめてください……なんかコバルで釣ってるみたいじゃないですか……」
素直なお礼の後にやりこめられた仕返しとばかりのステアの提案。セキはとても複雑な表情で脂汗が滲みでている。
「ふふっ……ごめんね? でも……ほんとに……ありがとう」
今度はステアがセキの目をじっと見つめ
「いえ、困った時はお互い様ですよ。だから……この話はここまでと言うことで……」
「うん、わかった。セキくんも何か困ったら……私にできることならなんでも言ってね?」
セキはステアのなんでも、の言葉を受け、脳裏に良からぬ思いが渦巻くが頭を横に振り邪念を振り払う。これから共に冒険をする仲間の母に何を考えているんだ、と自身を叱咤する。
「これは売れんだろうから、ステアが身に着けててほしいかの」
話終えるのを見計らっていたようにカグツチが
カグツチ自身魔力を落としているという認識からお守りくらいにしかならないと思っているが、素材として重要なのは魔力量ともう一つは魔力波長、言うなれば魔力の『質』である。極獣さえ比較にならない『竜』の波長。セキの無知を責めることができないくらいのカグツチの振る舞いは、当のカグツチはもちろん
「カグツチ様……はい、ありがとうございます……精獣様の鱗なんて……思い切って指輪に付けてもらおうかしら……」
「ファファファッ……良い心がけだの。肌身離さず持ち歩くと良いかの」
カグツチの小さな手からステアはそっと鱗を受け取る。油断して落としたら見つけることが困難なほどの小さな鱗をどこに仕舞っておこうか悩んでいるようだ。はっと思いついたように酒場の
「いつ店主たちが戻ってくるやもわからんかの。また我はひとり寂しくそして虚しく……静かにしているからの」
「はい、わかりました……ありがとうございますね」
節々どころか全体に自身の主張を盛り込んだ言葉を告げるとセキの
「えっと……そうなると次は……これをラゴスさんにどうにか……できればあの……ここの改装とかにも充てたいんだけど……いいかしら……?」
ステアは受け取ると決めた以上は真剣に使い道を考えようとしている。今までの恩も含めて古くなった紹介所を改装という案は、直接受け取ることを拒否するラゴスたちに向けるお返しとしては良いのではとセキも感じている。
「ええ、もうステアさんの物なんですから、遠慮せずにステアさんが思うように使ってほしいですね。改装はおれも賛成ですし、ステアさんの自宅と回りも一緒にちょっと舗装というか……」
「あ、そ、そうだね……みっともない家でごめんね……?」
「いえ、そこはステアさんが謝るところではないです。まぁ村のほうも
本来、自宅回りの道等は村が管理している以上、村のほうで手を回すべきである。だがスピカのような小さな村の場合、どうしても優先すべきは
まずは手の付けられるところから改善していくしかない。白霧病のキャリアに対する認識を改めてもらうことはすぐにできることではない以上、まずはコバルである程度解決できる部分は遠慮なく素材資金を以って解決していってほしい。エステルたちと探求士として評価を上げていけばそんな認識も変えていけるだろう。セキは胸の内でそう考えていた――
「うん……この村も――」
やりとりを始めようとした矢先に紹介所と自宅を繋いでいる廊下の扉が開き、そこからラゴスの姿が見えた。デミスとお茶でも飲んで気持ちを落ち着けてきたのだろう。先ほどよりも顔色は幾分良くなっているように見えた。
「あ、
ラゴスは謝りながら
「えっと……ラゴお爺さん……今、私もセキくんと話したんです……それで決めちゃいました……素材は売らせてもらって、ここの改装に使わせてもらうって……!」
とても気持ちのいい直球の言葉だ。順序立てて説明してもたしかにラゴスは断りそうである。雇い主へ断りもなく改装を提案という暴挙ではあるが、説明するまでもなくステアの気持ちはラゴスに響いていた。
「ステアさんの気持ちはありがたい……あの時のお返しのつもりでもあるんだろう、でもね、改装なんて言ったらあの時のお返しなんて額では収まり切らないほどじゃないか……」
ラゴスはそれでも……と言った表情で真剣な眼差しを向けるステアを見つめるが。
「ラゴスさん。これからおれもここを
そもそもの持ち主であるセキもステアに合わせて押していく。ラゴスにはこの
ラゴスは口を
そして……やがて諦めたように口を開く。
「すまないね……じゃあセキくんの
ラゴスの言葉を受けステアは嬉し涙を滲ませながら口元に両手を寄せ、セキは相変わらず目尻を下げながらラゴスを見ていた。
「前向きに考えていくとして……後は素材の売却方法だね……うちの紹介所から各紹介所向けに競売方式で売り出すこと等もできるが……」
ラゴスは少し表情を曇らせながら売却方法を検討している。ラゴスの心配は競売にした場合、今現在この紹介所に神話級の素材があると宣伝していることと同義になる。それは心無い探求士等の略奪の対象にもなりえるということを懸念しているのだろう。セキも表情からそれを察すると、
「それでしたら、売れるまでおれがここにいても良いですよ?」
セキがラゴスに助け船を出す。実際のところセキがいるならばその問題の大半は解決できるだろう。探求士としての実績は皆無だが、神話級の素材を自身で手に入れた者なのだから実力を疑う余地はない。しかしそれはそれで新たな懸念がラゴスの頭をよぎる。
「うん……それはありがたいし、そうしたいのは山々なのだが、このような競売は白熱するととても時間がかかってしまうものなんだ。予め期限を切っておいても最終入札がぎりぎりにくると期限は延長されたりするものだからね……」
そんなやりとりをしていると紹介所の扉を丁寧にノックする音が聞こえる。
「お取り込み中誠に申し訳ございません……うちの紹介所の代表がどうしても先ほどの件でお話をさせて頂きたいと……」
ホトが覗き込みながら挨拶をするとホトの後ろには
この上司あればこそのホトの洗練された振る舞いもあるのか、と思えるほどに。
「突然の訪問で申し訳ございません。私、ギルド直営紹介所のスピカ支店代表をしている『ジャガリ』と申します……」
ホトよりも一歩前へ歩み出て頭を下げたジャガリ。代表という立場でありながら、さっきの今で訪問してくるという振る舞いはギルド側の熱意が伝わってくる。
「こ、これはどうも……私はここの紹介所をやってます――」
「はい、存じております。ラゴス様ですね」
ラゴスが慌てて椅子から立ち上がり挨拶と紹介をしようとすると、もちろん知っている、と言わんばかりにジャガリは微笑みながらラゴスの名前を口にする。嫌味な雰囲気を感じさせない立ち振る舞いは初めて話す
「それで先ほどの件、
ジャガリは丁寧な物腰で再度頭を下げる。ラゴスはその姿を見るや否や
「え、えーとですね……こちらでもまだ話が整理できてはいない状態なのですが……」
腰を下ろしたジャガリへラゴスは実情を打ち明ける。ジャガリもどう切り出そうか悩んでいる節が見られるが意を決したように一度、目を瞑り深呼吸をすると
「先ほど、ホトのほうでうちから報告と換金の提案をさせて頂きましたが、それは無理とのことは承知しております。なので競売ではなくギルドに直接売って頂くことは可能か相談させてほしいのです」
自身も魔装を使っている以上、その言葉にセキは反応する。ギルド側が欲しいのは報告での実績や売却代行での手数料利益ではない、ということだ。
「ギルドって紹介所とかの事務的なもの以外もやってるんですか?」
「ええ、ギルドは紹介所の運営の他に魔具の開発援助や、各大陸の村や町と連携し魔獣対策として設備を整え増強も行っております。それとギルド直営紹介所の探求士は単純に利用されている方、という扱いですが、ギルドじたいに所属する探求士という者もいますので……」
ジャガリはセキの質問の意図に気がついているようだ。
「なるほど……ギルド所属の探求士というのは、おれたちのような登録した探求士とはまた別な感じなのですか?」
「そうですね、みなさんのような探求士の方は基本、クエストを自身で選択されて冒険に向かいますが、ギルド所属の探求士は、魔獣の生態調査、探求士や星団が組んで行う共同クエストの取りまとめとしてクエストに参加する等がありますね。報酬もクエストじたいの報酬はギルドに支払われる変わりに、所属探求士にはギルドから定額のコバルとクエスト進行時の負傷に対する保障をしている、というものです。後は脅威となる魔獣の討伐を行うものもいます……まぁそこは他の国との兼ね合いもありますが……」
セキの質問に丁寧に回答するジャガリ。
「それで、今回の素材をギルド所属の討伐系あたりに使わせたいってことですね」
「ええ、その通りです……極獣の魔力源を超えるものなんて宝石だけですからね……しかも天然結晶や濁結晶ではなく、成結晶か純結晶でないと……」
討伐をするためには自身の実力はもちろんだが、それ相応の魔装も整えなければいけない。極獣クラスを討伐するのは国家所属の騎士団くらいだが、そこで討伐されても素材は自身の国の強化に使用されるため市場に出回ることがない。だからこそギルド側としてはこのようなチャンスを逃すわけにはいかない。
セキは聞きたいことも聞けたので満足という雰囲気でラゴスとステアを見る。
「こ、こちらとしては……少しお時間頂ければ二百万コバルまででしたら……」
ジャガリは振り絞るように言葉を放つ。先ほどの金額よりも上乗せである。そこに聞くことに専念していたラゴスが口を開く。
「あ、あの……そこまでの金額を乗せて頂かなくとも……こちらもどう売るかで苦慮しているので……」
ラゴスの回答に頷いているステア。商売敵なんだし吹っ掛けたらもう少し上がりそうなのに、とセキは思っていたが、それをしないからラゴスは好かれているのだろう、と考えると口元が緩んでしまう。
「で、ですが……競売に掛ければ時間はかかりますが、これくらいの金額まで伸びる可能性は十分にあります……それこそ
ジャガリは小細工をせず真っ向勝負するタイプなのか。こちらはこちらで正直者である。ギルド直営紹介所を利用している探求士のフリッツを先に見ていたせいでセキは少し警戒していたが、ただ利用しているだけの探求士と紹介所は、利用する側と提供する側でそれぞれやはり切り離して考えるべきなんだろうな、と考えを改めていた。
「あ、あの……百万コバルで買い取ってもらうくらいでも……競売等を行う手間も省けるわけですし……それだけあればそれこそ今考えている目的も十二分に達成できるので……」
恐る恐るステアが
「そ……それでいいのですか……?」
ジャガリはラゴスに確認をするもセキのことも気にかけているようだ。ギルド側から見ればこのやりとりの違和感はセキの存在そのものである。
真実か否かはさておき所有や権利を巡って
「ええ、十分すぎます……」
「
セキも回答を口にする。
「あの、ありがたい提案受けさせて頂きたいとは思います。ですが、その今仰っていた目的というのは……?」
ジャガリの質問にラゴスは先ほどの紹介所やステアの自宅の改装や道の舗装の話を順序だてて説明する。その話を聞いたジャガリは少し表情が明るくなり――
「それでしたら、百万コバルとは別でその改装や舗装、こちらで受けましょう……!」
ステアやラゴスには願ってもない提案だ。ギルド側は元々設備等の整備や増強をしておりノウハウも持ち合わせているため安心できる。極獣という金額がいくらでも釣り上がるような素材の対価として、コバルではなく、改装や舗装といった実対価ならばお互いも納得しやすいものである。
「金額回りはわからんのですが、百万コバルに加えて改装、舗装もするなんて合計二百万コバルよりもかかってしまったりしないんですか?」
こういうことに無頓着なセキには改装、舗装が込々で百万コバルに収まるのか感覚的に理解できなかった。ジャガリはそのセキの質問にも生き生きと回答を行う。
「規模にもよりますが、そうそう百万コバルもかかるものではありませんよ。それにギルド内でもそれを専門としている所がありますので、ギルド側の対費用としては百万コバルを用意するよりもかなり助かりますので……」
「あ、そうかそうか……村とかの設備の整備とか増強もギルドは請け負ってるから……」
「その方向でぜひともお話を進めさせてほしいですね……」
セキが納得しているとラゴスも安心したような顔付きで話を進めたい旨をお願いする。ステアも安心したように胸を撫で下ろしている。
「それでは、私もこの話をギルドの上層部に伝えておきます。実際の取引はその後と言うことでお願い致します……改装や舗装等の細かい話は、別途担当者をこちらに派遣させるよう致しますので」
「はい、こちらとしてもありがたいお話で……、何卒よろしくお願いします……」
ジャガリが話を整理するとそれに同意しながら頭を下げるラゴス。セキの無知から始まったこの極獣素材騒動も決着を迎えようとしていた――
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