第48話 四種目の仲間

 耳だけを傾けていた探求士たちが一斉に視線を集中させた。


「誤報じゃない。討伐パーティが巣穴に踏み込んだ時、すでに内部の蟻たちは一匹残らず駆逐され、巣穴の奥の大空洞にいた深淵種アビスである女王も真っ二つに切り裂かれていた――そう書いてある」


 黙って聞いていたその場の探求士たちがじょじょに騒めき立つ。それと同時に緊張から解放され脱力する者も多く見受けられた。

 また、その情報を外で見回りしている探求士たちに伝えるため、駆け出す者もいる。


「たしかホルンにもクエストは発注されていないが情報は届いてるんだろ?」

「ああ、そのはずだ」

「精選の時期も近いしホルン辺りに上級の探求士でも来てたんじゃないか? 参加ではなく管理側の探求士とか騎士がな」


 決着に対する各々の思いが飛び交い始める。


「その可能性は高いな。それにホルンからさらに西――精選開催地の『ランペット』や『リコダ』から駆け付けるってのも南大陸バルバトスの探求士や騎士なら難しい話でもないだろう。なんたって今回の精選管理には『プリフィック騎士団』も参加するみたいだしな」


 納得のいく落としどころが見つかった探求士たちは、頬を緩ませながら散っていく。石壁に配置した防衛魔具も順次引き下ろされ、警戒態勢が解除されたことを町全体が認識した瞬間であった。



◇◆

 港町ホルンの東。女王の存在した蟻塚とホルンの中間に位置するこの場所は砂浜はなく崖続きとなっていた。

 この断崖地帯にも蟻の群れは進行しており、アルト側に大群が進行していたことは事実だが、このホルン側に進行した個体も決して少ない数ではなかった。


「どうやら原因は討伐されたみたいだ。時間がかかるような僕が――とも思ったけど収束したなら何よりだね」

「お゛~~……それならよかった~おではお腹が空いた~……」

「きみは食べなくても平気だろう……それに南からの陸路を歩いてきたのは僕なんだけど……」

「気持ちの問題~……」

「ランペットに付いたらね……」


 大柄の体躯をさらに際立たせるような筋肉を纏う男は、アルトのさらに西に存在するランペットに向けて歩き始める。

 その後ろ姿は特徴的であり、左手の甲から生える角は見るものに畏れを抱かせるに十分な禍々しさを備えていた。

 その去った場所に巨蟻ジャイアントアントの死体は一つとして転がっていない。


「なんで~そんな~焦ってる~?」

「うっ……いや、その……思ったより足場がもろかったから……あの……見つかったら怒られそうで……」


 大柄の男はその体躯に似合わぬ忍ぶような歩き方でその場を後にする。

 断崖地帯と呼んでいたはずの一帯はすでにない。崖近くの森であった場所は土が氾濫したかのように木々ごと薙ぎ倒され、本来断崖と呼ばれていた場所は巨大な獣に食いちぎられたかのようにえぐり抜かれ波が押し寄せていた。



◇◆

 エステルたちは巣穴を目指し海岸線を南に向かって駆けていた。そこら中に落ちている蟻の亡骸は全て風穴をあけられているか切り捨てられている。すでに魔力凝縮も始まっており動く個体はいない。


「どこから襲ってくるかわからないし、死体の側を通る時は注意していこう!」


 エステルは走りながら後に続く二種ふたりへ注意を促す。


「はい! 承知しています」

「了解です!」


 セキから受領した刀を手に走るルリーテと拳にその力を込めているエディットがエステルの背中へ声を飛ばす。

 ふいに海岸線に隣接した森の木々が騒めきだす。明らかに風で揺られた音ではなく、何かが動いている音だ。

 三種さんにんはその場に立ち止まると各々意識を切り替え身構える。

 木々をかき分けその音は確実に三種さんにんに向かっていた。薄暗い森の中を薄めで見通そうとするも叶わず、エステルが星を呼び出そうとしたまさにその時。


「ただいまー。終わったよ。戻ろうとしたらエステルたちが見えたから、それにきみも一緒だったんだね」


 森から飛び出してきたのは先行していたセキだった。三種さんにんの顔から緊張の色が消える。


「あれ? 終わったって深淵種アビスも……?」

「うん。森も索敵したかったから討伐するだけしてそのままだけど」

「――え。あの……え……」

『チッピ』


 エステルとルリーテに関しては、この言葉を受け止めきれるだけの繋がりが結ばれている。だが、エディットに関してはすでに納得している二種ふたりの少女の顔を目をしばたたかせながら見回していた。


「ごめんね。討伐の証明が~とかも思ったけど後から参戦して美味しい所だけっていうのも悪いと思ったから……」

「このような緊急クエストの討伐は早い者勝ちが基本ですので、そんな悪い等ということはありませんが、セキ様がそういうのならわたしたちに気を回して頂くことはありません」

「うん! 次はしっかりわたしたちで討伐できるように頑張ろう! あ、あと……」


 状況を必死に飲み込もうとしているエディットにエステルが目を向ける。エディットもそれに気が付き歩み寄ると、


「こちらがエディットさん。ちょっと癒術士のお仕事で離れてたけどオカリナで一緒にクエストをしてたの。でも、聞いた話だともう面識があるのかな?」

「あ、あの――エディットです。先ほどは危ないところをほんとありがとうございました」

「あ、ううん。気にしないで。おれはセキよろしく。そ――そっか……きみがエディットさんだったのか……」


 エステルの紹介にその腰を折り小さな体を曲げるエディット。だがセキの瞳には明らかに動揺の色が滲みだしている。

「年齢は同じくらいだけど」ワッツの言葉を思い出す。勝手につながったと勘違いしていた、セキの中であてを外したという思いが広がる。

 褐色の肌は暗精種ダークエルフに見えなくもないが、あの髪の下から美しく伸びる受精種エルフ系特有の耳も見えない。

 だが、出会った当初ルリーテがあそこまで怒っていたのはエディットに対するワッツの態度だったはず、ピースを揃えたはずのパズルが上手く嚙み合わずに頭を悩ませる。


(ワッツ……もしかして複数の子を泣かしてる? それなら掘り返して天日干しの刑に処さないとダメじゃね? でも確認するにせよ落ち着いてからかな……)


 死者への冒涜もなんのその。セキの思考が思わぬ方向に向かいだすがそれはそれ、これはこれだ。この態度は失礼極まりないと自覚したセキは、大きく息を吸うと気持ちを新たに、


「えーっと預かった法衣ローブだけど洗って返すね? ずっとおれの腰に巻き付けてたからすごいドロドロだし……」

「あ、そんな大丈夫です。自分で洗うので! あ、でももうしばらくこちらの外衣コートをお借りしててもよいですか。着替えとかが町なのでさっき取り替えておけばよかったのですが……」


 今度はセキとエディットのやりとりに、エステルとルリーテが目をしばたたかせている。


「――あ、あの……お互いのふ、服を交換というのは……ど――どういうことなのでしょうか……」


 ルリーテがその身を足元から頭までふんだんに震わせながら疑問を投げる。どのような想像をしているのか。


「あ、これはエディットさんが蟻の体液をこの法衣ローブに染みこませて蟻を誘導してたからおれがそのまま借りていったんだよね」

「はい! その際にあたしがこちらの外衣コートをお借りしたという経緯ですっ」

『チピピッ!』

「予想通りで安心しました」


 セキとエディットの回答に、後光が差し込んだかと勘違いするほどにその表情を輝かせて安堵の笑みを浮かべるルリーテ。だが、それは予想ではなく願望だ、ということをエステルが背後でうずうずしながら言葉を飲み込んだことを、誰も気が付くことはなかった。

 そしてもう一点エステルが気が付いたことが、


巨蟻ジャイアントアントの体液って他の個体を集めちゃうんだね……本にそんなこと書いてあったかなぁ……」

「そのようですね。あの時の疑問が解消されました」


 次はセキとエディットが疑問を持つ事態となる。

 このようなやりとりをしつつ、この蟻塚騒動が収束したことを各々が実感していく。

 出発前のクヌガの言葉を思い出したエステルが、そのことをセキにも伝えると四種よにんは駆け足でアルトへと引き返していった。


 アルトでは討伐を知った直後から、クヌガやオマスが労いのご馳走を用意するために奔走したかいがあり、宿屋兼避難所での大宴会が催されることとなった。

 宴会開始時に、ふとセキは何かを忘れているような気配を感じたが、すぐさま頭から追い出し漁師たちの好意に甘えることに頭を切り替える。

 前回の酒の肴であった当種とうにんであるセキがいることによって、より盛り上がりを見せた宴会は四種よにんともに、自分の足で寝室まで歩くことさえままならない一夜となった。



◇◆

「毎回ほんとすいません……」

「すみません……わたしも途中から……」


 宿屋の外で見送るクヌガたちの前で深々でその頭を下げるエステル。ルリーテ以降の面々もそれに続いていた。


「はっはっはっ! な~にあれくらいハメを外してくれたほうが酒の席は盛り上がるってもんさ!」


 クヌガが気持ちよさそうに天を仰ぎながらその声を空に響かせている。


「いや~おれ何をどこまで話したかぜんぜん覚えてなくて……」


 眉間を抑えながらおぼろげな記憶を探るセキ。


「いや~楽しませてもらったぜ~! あとはチロをいつ嫁に持ってくか決めるくらいだ!」


 クヌガの言葉に血の気が引く。昨晩の宴会の準備を手伝っていたクヌガの妻であるモコナ、その娘であるチロもそのまま流れで参加していたことは記憶にある。セキが二種ふたりを見て、クヌガの妻と娘という真実を聞いた途端にガサツ家同様の言葉が漏れたことも。

 その後クヌガに気に入られたセキは怒濤の質問攻めにあい、例え酒に飲まれていなくとも記憶は乱雑なものとなっていたことは間違いない。


「おれはほんとに何を口走ったんだ……いや、考えようによってはあり……か」

「うん。それはなしだから神妙な顔やめよ?」


 エステルによって現実に引き戻される。ルリーテはルリーテでその瞳をあらんばかりに見開いて思考が止まっていたようだ。


「それじゃクヌガさん美味しい食事ありがとうございました! 薬はまた作っておいたとはいえ、使わないような生活を心がけてくださいね!」

『チピピ!』


 エディットも小さな体を折りたたみ、クヌガに感謝と注意を促している様子だ。


「ああ! まさかエステルちゃんたちと一緒とは驚いたがこっちとしては応援したい子たちがまとまって話がはえーやなぁ!」


 クヌガの返事に向日葵の笑みを以って答えるエディット。

 四種よにんは思い思いの挨拶を済ませ見送るクヌガたちに背を向ける。


「それじゃーまたきます! 次は精選の報告に!」

「ああ! 次はこれくらいじゃ帰れねえから覚悟して来てくれよなぁ!」


 エステルの言葉を皮切りに歩き出す。クヌガたちはエステルたちの姿が見えなくなるまで応援の言葉とその手を振り続けていた。



◇◆

「へ~! それじゃキーマさんたちはもう一足先にリコダに向かったんですね」

「はいっ何があるかわからないので早めに現地入りをしておきたいと言っていました!」


 急ぐ必要のない帰路を歩く。合流してから宴会というスピーディな展開だったため各々の事情を共有しあう機会がやっと訪れたタイミングでもあった。


(うん……キーマさんたちはすっかり精選に向けた準備をすませてるんだ……)


「なるほど……正確な日時はまだ不明ですが少なくとも二月ふたつきはまだあるのに……意気込みが伝わってきます。わたしたちもと言いたいですが……困りましたねエステル様」


 ルリーテの問いかけに他の三種さんにんは、その目を向けながら首を傾げていた。だが、その時エステルだけが何か察したようにその傾けた首を跳ねさせた。


「う~ん。ルリのいう通りだなぁ……せっかくセキもきて前衛ができたのに回復職がいなくちゃ精選を戦い抜けるか心配だよ~……」


 正確な事情まで聞き及んでいなかったセキにとっては新手の虐めのように聞こえているが、その言葉にエディットの足が止まる。

 その小さな手を胸の前で握りしめ、チピはその姿を黙って見つめていた。

 大きく深呼吸し俯けていた顔をあげる。


「だからエディットさん。精選を――そして南大陸バルバトスの冒険に一緒に行ってください!」


 エディットが決意を口に出す前に、エステルが改めてエディットを迎え入れたいという気持ちを言葉に紡ぐ。今回は臨時パーティではない。一緒に数々の困難を乗り越え苦楽を共にする『仲間』として。

 その言葉を聞いたエディットは朝露の降りた向日葵のようにその瞳に大粒の雫を浮かばせ、


「はいっ! あたしも……あたしもずっと同じこと考えていました! 一緒に冒険したいって!」


 露を振り払うかのように大きく頷くエディット。向日葵の笑みと共に受け取った答えは、エステルの顔にもまた花を咲かせるに十分な言葉だった。


「まぁ断ろうとしても攫ってしまえばよいので、答えがどれでも未来は一緒でしたが……」

『ピィィィ……』


 ルリーテのぽつりと呟くその言葉はチピだけに聞こえたほどのか細いものであったが、チピを心から震え上がらせるに十分な凄みを帯びている。


「あと……あの気軽に話してほしいです! それと呼ぶときは『エディ』と……」

「あはっ。わかった! よろしくね! エディ」

「言葉使いはそのうち……わたしのことも『ルリ』とお呼びください。エディ」


 二種ふたりの少女はエディットの言葉にはにかみながら答える。エディットは初めてパーティに加わった過去にも、同じ言葉を口にしたことが脳裏に浮かぶ。

 呼び方で何かが明確に変わるわけではない。だがほんの少しだけお互いの距離が縮まったように感じることができる。

 新たなパーティに参加してもあの過去はなくなるわけではなく、また忘れることもやはり嫌だ、とそう気持ちに整理をつけた。


「えっ……あたしはこの言葉使いで慣れちゃってるので変えるの無理ですっ」


 その言葉に目を丸くするルリーテ。自身がセキと同様のやり取りをしていたことも忘れておらず自然と目尻を下げてしまう。

 勇気を振り絞り誘ったエステル、また同様に傷を乗り越え踏み出したエディットが胸弾ませる中、一種ひとり取り残されていたセキがこの場の誰よりも胸を撫で下ろしていることを知る者はいなかった。


(出来立てパーティにありがちな、ぎすぎす問題なのかと思ったらそういうことだったのね……よかった……)

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