第51話 資質
ワッツの誤解は無事に解け、
前衛にセキを置きつつも、その気になると他のメンバーの修練にすらないということで、前で戦うというよりも敵の誘導に注力し、その他のメンバーで殲滅を行う形が主軸となっていた。
また、改めてクエストを受注しに行った際、エディットを含めたパーティを申請すると
詳細を訪ねるとアルトに対する蟻の大規模侵攻の際、自ら蟻の誘導を引き受け、探求士たちを町へ避難させ、防御態勢を整える準備の時間を稼いだことが主な要因となっていた。
セキはそれ以上の功績を残していることをエディットは伝えようと試みるが、
エディットはワッツたちの眠る場所も知り、顔を出すかと
「なんかエステル動きが綺麗になってるね。踊ってるみたいでかっこよかったよ? というよりもなんかみんな全体的に綺麗になってきてるかも」
クエストを済ませ夕食を共にした際、セキが最近の戦闘で感じていたことを告げた。
セキは戦闘で攻撃せずに避けてばかりで、暇を持て余しているが故に他のメンバーへ普段以上に意識を割いていた。
「えっほんと? あはっ。なんかセキに褒められるとうれしいなぁ」
「セキ様にそのようなお言葉をいただけるとは……まだまだ未熟ですが精進するかいが出てくるというものです」
「おー! うれしいですねっ。
その実、
セキが攻撃をせずにのらりくらりとその身を翻す様子を間近で見ることで、意識してその動きを真似するようになっていたのである。
特にエステルは背後から全体を見渡す役目でもあるため視野も広くとっている。
かなり意識してセキの回避動作を凝視していることじたい、セキ自身も視線をこれでもか、というほどに感じていた。
基本的に探求士でも騎士でも鋭角な動きを意識する者が多い中、基本的な動きを、
そして何よりセキの間近どころか隣に立っていたカグヤは鋭角な動きを、他の追随を許さぬ極限のレベルで体現していた。
そのカグヤと共に戦うならば鋭角な動きの模倣ではなく、己が死地で学んだ動きに磨きをかけることが最善と考え、迷いを捨てて突き詰めた結果でもあった。
「もう精選まで
「魔力の流れは鼻で追えるが日数までは読めんかの。だが――んや、気のせいだろうし焦らずに待つのがよいのではないかの」
「
「そうですね。それに最近は露店では複象石の入荷も増えています。明らかに精選向けの探求士をターゲットにしていますので期日も当たらずとも遠からずではないかと」
「『
「必要ならおれが買ってくるけど……」
「いえいえ! これ以上セキさんに甘えるわけにはいきません! それに条件はみんな一緒なのですから!」
各々が精選に向けた意気込みを語り合い夕食の場は盛り上がりを見せていた。
エステルの日々のクエスト日記も厚みを増しており、改めてその厚みに見惚れてる姿も見受けられた。
ルリーテは当初セキの小太刀に術の効果も重なり、物体を切った際の摩擦が一切なく態勢を崩すこともあった。
だが、ここ最近の戦闘で『
エディットは『
精選という明確な目標に対しての意欲は、一切の衰えを見せずに蓄えられている。やるべきことは山のようにあるが時間は無常なほどに有限である。
その中で各々が自身の役割を意識しながら、日々を糧にする状況にセキは少しだけ夜の闇の中で、過去を思い出すように空に淡く輝く夜光石を見上げていた。
◇◆
「あれって『
クエストに向かう道中、露店ではなく店を構えた店内にでかでかとアピールした告知を見つける。語尾に不安が入り乱れてはいるが。
エステルたちが位置する場所からは、セキの指が示した店は指先ほどの大きさであり、店内はおろか看板さえ見える状態ではなかった。
だが、エディットは視線の先を見据える前に地を蹴っている。エディットを追い
やがて店が迫りくると
エディットはその勢いのままに店内へとその身体を滑り込ませると店主へ告げた。
「あの! この広告の『
唐突に走り込んできた少女に面食らい仰け反っていた店主だが、渾身の広告効果のかいがあったことを喜んでいるのか、小振りにガッツポーズを見せている。
「もちろんあるよ! うちみたいな小さな店じゃ一個しかないけど、正真正銘本物だ! ギルドの鑑定書付きだからね!」
後に続いたセキがその言葉を聞いて安堵の顔色を浮かべる。過去にブラウたちが言っていた偽物の情報を疑っていたためだ。
ちなみにルリーテは紅玉の一件以来このような象徴石、複象石の店や露店に近寄ることをためらうようになっており、店外から背伸びしつつ中を覗くに留まっていた。
意気揚々と値札を見たエディットの表情が曇る。そもそも複象石目当てで貯めていたこともあり手持ちだけではとても足りる額ではなかったのだ。
それは象徴石ならば当然のことでこの店に限った話ではない。
「
その動向にいち早く気が付いたエステルが店舗の入口付近から告げる。
「じゃあ
象徴詩を誤って覚えることの心配が皆無なことを自覚しているセキは、商品が並べられた棚近くで物色しながらエステルに続いた。
「えーっとそれじゃー取得買い取りでいいかい?」
やりとりを聞いていた店主がエディットに告げた。『取得買い取り』とは言葉の通り買い取ってからではなく、石に触れて覚えることができた場合そのまま買い取りとする方式である。
偽物の場合、これが通用しないためセキに続いてエステルも大きく息を吐き出してその表情を綻ばせている。
「はい! それでお願いします!」
なぜか一番緊張している店主は、高額商品である象徴石を必要以上に慎重に取り出している。
買う側からすれば安心だが正直
傷つけないよう高価な布が敷き詰められたケースに象徴石を置くと、対面で待つエディットの下へケースを運ぶ。
「さぁ、どうぞ!」
緊張から解放された店主は、満面の笑みを浮かべながらエディットに勧める。エディットも喉を鳴らしながら、恐る恐るケースに置かれた象徴石へとその手を伸ばす。
そして――エディットが触れた象徴石は輝くことはなかった。
ケースの上で主を待つかのようのに鈍い光を纏うだけだった。
◇◆
「みなさんにはお世話になりました。精選でのご活躍を
「チピッチピッ!」
どこから取り出したのか、風呂敷にも似た大判の布に自身の荷物を詰めて背負ったエディットが別れの挨拶を告げている。
チピは首を振り嫌がる素振りを身体全体で表現しているが、そもそも首根っこをエディットに掴まれているため逃げるに逃げられない状態である。
象徴詩を取得できなかったショックから、その場で放心状態となったエディット。店主へエステルがお礼を述べセキが背負って帰ってきたのがつい先ほど。もちろん本日のクエストは中止である。
エステルの配慮で小部屋でそっとしておいたはずだが知らぬ間に荷造りを初めていたようだった。
「わー! エディ早まらないで!」
「早まるも何も『
それで十分なんだけど、そうエステルの思考が告げるが言葉にすると取り返しがつかないことになると判断し口を開けたまま止まっている。
「エディ……落ち着いてください。それこそ癒術士でなくとも貴方のその血塗れの両手で救える命はいくつもあるのですよ」
「あたしは血に塗れた
ルリーテが本気で心配した上なのは重々承知しているが、言葉選びのセンスのなさが致命的である。
「エディ。その気持ちは比喩じゃなくてほんとにわかるよ。だから結論を急がずに他の道を探ってみようよ。一緒にさ」
「……はい」
セキの言葉にあっさり荷を床に下ろすエディット。解放されたチピはその目から大量の涙を煌めかせながらセキに飛び込んだ。
そのあっさりと承諾する姿に一割の疑問と九割の怒りを少女
エディットは荷を放り出したまま大部屋の
「えーっと……なんだっけ、ぎ、ぐ?」
「『
セキが天井を見上げながらおぼろげな記憶を足掛かりにしているとルリーテがその記憶を補うように付け加える。
「そう! それそれ。
「ない、と言い切れるものではありませんが、『
セキの質問に俯き加減に答えるエディット。その口にする言葉からは覇気を感じることができない。恐らくエディットの頭にもその考えはあったのだろうがあまりにも勝算のない賭けでもある。
「逆に複象石だったら覚えられるとかは……ないよね?」
「厳しいでしょう。象徴石が元になったものですので」
エステルの発言にはルリーテが考えを示す形となった。
「後天的に覚えられるようにはならんのかの」
「似たような術ならともかく資質がいきなり空から降ってくるわけでも、道端に落ちてるわけでもないからなぁ……」
カグツチの言葉は、同じ悩みを抱えたセキが代わりとなり苦々しい過去を思い出しながらも言葉にした。
その後も頭を抱えながら意見を出し合うも、代替手段になり得る決め手は出てくることはなかった。
だが、この場の誰
「と、いうことでうちの癒術は薬術です! まだまだ象徴詩は未知の詩も多いんだし、『
結果、エステルが強引な締め方を示し横目でエディットの様子を伺う。意外にもエディットは満たされたような笑顔に戻っており、
「今日はほんとにごめんなさい。『
そのエディットの決意を聞いてこの場の全員が破顔する。とりわけチピに関しては連れ去られぬようセキの側をくっついたまま、離れようとしなかっただけあり、歓喜の涙をこぼしながら、鳴き声を高らかにあげていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます