第108話 エーデルリング

「それじゃ~そろそろわたしは一度戻っておくわ。港町ハープへの移動は船は違ってもタイミングは一緒だからまた会えるしね」


「うん。あの二種ふたりにも落ち着いたら顔見せるって言っておいて。港町ハープに戻ったタイミングのがいいかもね」


「僕もまさかこんなところでフィアと知り合えるとはうれしい誤算だったよ。改めて会う時は僕のパートナーも紹介するよ」


 フィルレイアの胸元へレヴィアが帰還したことで、やっと解放されたカグツチは相変わらず周りを白い目で眺めている様子だ。

 しかし文句を口に乗せることはなく、セキたち同様にフィルレイアの後ろ姿を黙って見送っていた。



◇◆

「それじゃエステルちゃんも頑張ってな!」


「うん! ララさんも教会の任務頑張ってね!」


 エステルはララグナに見送られ部屋を後にした。

 ララグナからの激励に頬を緩めながら会場に戻ろうとした時だった。


 広めの通路で話し込むナディアを見かけたのだ。

 自分と同様にお祝いに駆けつけたのか、中年の男性とその後ろにフードを被ったひと二種ふたりと向かい合っていた。

 通路を横切って感動の再開を遮るのも忍びないと思ったエステルは咄嗟に柱の陰へ身を隠してしまった。


(部屋でゆっくりすればいいのに~! これじゃ盗み聞きしてるみたいだよっ)



「お父様……! わざわざ来てくれるなんてうれしいですわ」


「お前のことだから素直に帰ってくるなんてこともないと思ってたからね。でもほんとにおめでとう……それとな」


 男は背後に立つフードの者に視線を向けると、


「ナディア……すごい頑張ったんだね……一言お祝いが言いたくって……」


 フードを脱いだ姿はナディアにそっくりの女性だった。

 幾分大種おとなびているが、一目でナディアの姉と理解できる容姿である。

 ナディアよりも落ち着きがある分、より魅力的でもあった。


「リディア姉様……来てくれたのね!」


「う、うん……ごめんね……私のせいで南大陸バルバトスを追われることになった上に塞ぎこん――」


「姉様! それ以上は良いのですわ」


 ナディアの歓喜の表情とは正反対に足元へ視線を落としたままのリディア。

 懺悔とも言える言葉を告げようとするも、ナディア自身に遮られることとなる。


「事情が話せないのも姉様の優しさだと思っていますわ。だから自分をこれ以上責めることはないのです。そして以前のように元気で明るかった姉様に早く戻ってほしいですわ!」


「うん……ありがとね。私も分かってるんだ。塞ぎ込んでばかりじゃ何も解決しないって……」


「私はいつでもお前たちの味方だ。だから今は心の整理がつくまでゆっくりしてくれればいいんだ」


 ナディアの言葉にも視線を落とし続けるリディア。

 父親も場の空気を入れ替えようと試みている様子だが、そう上手くはいかないようである。


「で、でも……ナディアが頑張ってる姿見て元気が出てきたのはほんとだよ? だから私たちのことは気にせずにナディアは南でやりたいことを思う存分頑張ってほしいって思ってる……!」


 リディア自身もお祝いに来たことを思い出したのか。落としていた視線をナディアに向け、今の自分に言える精一杯の言葉で喉を震わせた。


 詳しい事情を知らないエステルにとってはいまいち要領を得ないやりとりである。

 だが、そもそもこのような場面を立ち聞きしてしまっている罪悪感に、先ほどまでのララグナとのやり取りとは違った意味での鼓動の高まりを感じていた。


(どどど……どうしよう。込み入った事情っぽいけど……咄嗟に隠れるんじゃなくて、会釈して通り抜けるべきだったよ~……)



「――はい! できれば姉様も元気になったら一緒に南で冒険をしたいですわ!」


 リディアの激励に目尻が下がり頬が緩んだナディアが、浮足立ったように告げるとリディアも遠慮がちに顎を引く。

 今はそれだけで十分……とばかりにナディアも瞼を下ろしながら頷いていた。


「ふふっ……まだ話したりないですし、通路で立ち話も疲れてしまいますわ。部屋で腰を落ち着けて話しましょう。伝えたいことがたくさんありますの」


「そうしようか……! 今は見かけないけどアドニスくんも来てくれてるそうじゃないか。昔から頼りがいがあったけど、ますますというところかな?」


「私もアドニスくんにちゃんと挨拶できずに、お別れになっちゃったからちゃんと謝りたいな……」


 ナディアを先頭に歩き出す三名。

 エステルは円柱を徐々に回り、歩いてくるナディアたちから身を隠しながらやり過ごす考えのようだ。


(もう少し……)


 エステルが無駄に額から汗を流しつつ歩く三名の気配を伺っている時だった。


「おやぁ~……? 誰かと思えばジャルーガル我が国から追放されたエーデルリング家の方々ではないかな~?」


 エステルにとっても聞き覚えのある声。

 それは食事パーティー会場で騒いでいた貴族の男の声だった。


「あんな恥を晒しておいて、よくもまぁこんな公の場に顔を出せるもんだ。その面の皮の厚さには驚きを隠せませんな~?」


 エムスンの顔を見た途端に俯くリディア。

 リディアの前に割って入る父親。

 さらにその隣でエムスンを睨みつけるナディア。


 柱の陰に身を隠すエステルにも感じ取れるほどに、ナディアの気配が怒りに満ちていった瞬間であった。

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