第162話 幻域種
「ああ、知ってるなら話がはえーやな。まぁ……
心なしか歩く速度も緩やかに減速する中、グレッグの瞳は落ち着きなく揺れているばかりだが。
記憶の扉をゆっくりと開くようにその顔を上げた。
「
言葉も発することなく、エステルたちはグレッグの瞳を見据え、その顎を引くことで相槌を示す。
「オレの参加した精選は禍獣騒ぎもあって混乱もあったが……まぁオレは無事に加護精霊と契約することはできた。んで……そいつは
淀みなく語り続けるグレッグの横顔は少し……ほんの少しだけその目に悲しさの欠片を宿しているように見えた。
それは……時折エディットがワッツたちの話をする時のように――。
セキがカグヤを語る時のように――。
『チプ!? チピッ! チピッ!』
しかしそんな空気をかき乱すように、エディットの頭の上に座していたチピがその羽でエディットを叩き始める。
「こ――こらっ……! 今グレッグさんがお話を――いえ……待ってください」
チピを掴んで説教――と思いきや、エディットの長い耳がぴくぴくと音を拾うようにかすかに揺れる。
エディットの一音下がった
「すまねえ。オレには特に何も聞こえねーが……」
耳裏に手を当てつつ、同時に視線で回りを探るグレッグ。
「木々の騒めき程度しか
瞼を下ろし集中しているルリーテも違和感をすくう気配は見せず。
「わたしも聞こえるわけじゃないけど……みんな背中合わせで周囲を警戒!」
感知系の詩を持たない彼女たちにとって、現状チピの騒ぎ立ては無視できない貴重な情報である。
そしてクエストが終わったとはいえ、それはあくまでもエステルたちの都合だ。
用事が済んだからと言って、魔獣がおとなしく引き下がっていくわけでもないことは重々承知していた。
周りを背の高い木々に囲まれてはいるものの、森と呼ぶには密度が薄い。
故に、見通しもそこまで悪いわけではないが――
「誰か……いますね……気配を押し殺そうとしていますが、乱れた息遣いまでは消せていないようです」
エディットは歩いていた獣道から、やや逸れた斜面を指差す。
「こんなところで息を潜めてってこたぁー……想定外の怪我で休んでいるか……もしくは……
明らかに怒気を含んだグレッグの声。
背負っていた盾を両手に装着するも、視線は斜面を捉えてブレることがない。
「あの斜面の向こう側にいるようです。動きは特になさそうですが……」
エディットの声にエステルが
「さすがに見て見ぬふりはできないからね。十分警戒しながら近づこう」
「ああ。エステル。オレが前に立つ――詰めすぎずに距離を置いて続いてくれ」
無言で頷くエステル。
ルリーテとエディットもエステルの側で構えつつ、グレッグが一歩、また一歩と斜面へと近づき。
「――おいっ!! いるのは分かってんだ! 怪我なのかどうかは知らねーが反応をしてくれ!」
グレッグの叫びと共に斜面から見える茂みが音を立て始める。
そこから顔を出した
「ひひっ……! でけー声出すんじゃねーよ! だが……まぁ都合がいいわな~!」
「お前らが代わりにあいつの餌になってくれりゃー労せずに俺も逃げ切れるってもんよ……! あいつの出現でこっちの仕事にも支障が出ちまったからなぁ~……」
「――おい!? テメー何を分けのわからねーことを言ってんだ!」
男が踵を返しながら告げた言葉に反応するグレッグ。
「ひひっ!! すぐに理解できるだろーよ! まぁせいぜい――ッ!? な――!!」
そんなグレッグたちを嘲笑うかのように肩越しに口角を上げた笑みを見せた男が、斜面の奥へ視線を戻した時だった。
男は視線を戻したままに立ち止まり、動く気配が消えたことをエステルたちは感じた。
暫しの間その不自然な静寂と共に斜面に立つ男に集中していると。
思い出したかのように――
男の首が、ずるり――と、滑り落ち。
斜面を転がり続けた後、グレッグの足元へとたどり着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます