第214話 夜の来訪者

 セキとの再会。


 それは彼女たちの心の水面に、

 問いたい――

 吐き出したい――

 伝えたい――

 そんな衝動の数だけ波紋を生みだした。


 彼女たちが発した想いたちは、波紋同士がぶつかり合い波を荒立たせるばかりで筋道が見えない。

 だが、そんな中でも彼女たちが己の力不足を嘆く悲痛だけはセキの心からも溢れるほどに伝わっていた。


 セキは少女たちが落ち着くまで、何も問わず黙って気持ちを受け止めた。

 彼女たちの成し遂げた対価とも言える傷跡をその目で捉えるも、声に出すことを堪えながら。


 そして。

 衝動のままに喉を震わせる時間が過ぎ去り、部屋を静寂が覗き込んだ。

 後悔と失望という涙で彩られた彼女たちの寝顔の中に、ほんの一欠片ひとかけらながらも安堵の色が浮かんでいた。


 それは吐き出したことで得たものか。

 自身との再会で得たものか。

 セキに判断することはできなかった。

 泣き疲れ眠る彼女たちへ労いの気持ちと共に頭を撫でるだけであった。



◇◆

 寝室で泥のように眠る少女たち。

 チピとカグツチも合わせて寝室へ運んだため、セキは広間に一種ひとり椅子に背中を預け天井を仰いでいる。


 眩く輝いてた日光石の明かりはすでになく、すでに夜光石の光が差し込む時間になっていた。


 セキは、

 エステルたちの想いを受け止め、己の中に生まれた波紋。

 そして傷付いた彼女たちの姿を見て、さらに生まれた荒波。

 そんな心を静めるべく煙根タバコに火を灯すも、湧き上がった怒りは、いまだ静まる兆候を見せない。


「まいった……思ってた以上にショックがでかい……姉さんもおれが無茶した時……こういう気持ちだったのかなぁ……」


 苛立ちを紛らわすよう乱雑に髪を掻いていると、部屋のベルが鳴った。

 不意の来客。

 気持ちの整理も余所にセキが扉を開けた。

 するとそこに、


「あれ……? ここってエステルたちの部屋で合ってる……か?」


「合ってるけど、会わせるかは別の話だ。お前は誰だ?」


 エディットとの約束通りに訪ねて来たグレッグの姿が在った。


 現在の心境。そして見知らぬ男ということで、すでに言葉の投げ方に棘を含めているセキは、あからさまに懐疑的な態度を見せているが、

 

「――あ……もしかしてお前がセキ……か? オレはグレッグ。今臨時パーティを組んでる者なんだが……」

 

 すでにセキの話を聞いていたグレッグは戸惑いながらも、アテを見出していた。

 エステルたち同様、死という境界線上を歩んだことが容易に伺える姿。

 ――ではあるが、セキの茹った思考を冷ます切っ掛けにはならなかった。


「そうだ。おれの名を知ってるくらいだから、臨時ってのも嘘じゃなさそうだけど……その傷はエステルたちと同じ理由か?」


 セキは己の胸の内で煮える衝動を表に出さぬよう努めてはいるが、その結果、温度を持たない視線がグレッグに向けられていた。


「……ああ。そうだ。オレの都合に巻き込んだ……結果……だ。一歩間違えば……――ってことも含めて……な」


 視線を落とし、震えるほどに拳を握りしめたグレッグ。

 弁解に窮したわけではない。

 そして結果とは経緯しだいで受け取り方が変わることも承知している。

 それでも、グレッグは不足しているであろう言葉さえ飲み込んだ。


「その都合を聞かせろ。ここじゃなくて――な」


 じっくり語り合う――


 そんな様相ではない。

 少女たちが眠るこの場所に配慮を施したに過ぎない。


 すでに言葉選びにも心境が現れ始めたセキは、顎先で外を指すとグレッグは何も問わず、セキの後に続いて足を踏み出していった。

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