第213話 偉大なる精霊

「で、こちらが護持印と呼ぶものです。使い方としては――」


「うん……えっと~……これはなんだろう……――」


 イースレスの報告という名の自白が終わると、大きめの布袋を差し出し、中身の説明を始めていた。

 パーティで行動する以上、必要となるもの、あれば便利なもの等々がはち切れんばかりに詰まっており、説明を聞いているセキの目がやや泳ぎ気味である。


(すごいわ……頼りない息子を見送る母親のようだわ……)

 

 フィルレイアはくみ上げた両手に顎を乗せ静かにその光景を見守っている。

 やがて説明が終わると、充実感を胸に満たすイースレス、疲弊しきったセキの姿があった。


「まさかイースがここまで気に掛けてくれてたとは思わなかったけど……改めてありがとう」


 言いながらセキは手を差しだす。


「いえ、当時聞いておりませんでした。あの時……セキ様が旅をしていた理由。それを聞かせて頂き……私たちの都合に貴重な時を割いて頂いたことで、さらに返すことのできない恩であることを痛感いたしましたので」


「そんなこた~ないよ。結果、レヴィアにかさねの居場所の目星の付け方も聞けたしね」


 イースレスがセキの手を両手で力強く包み込み、揺らぐことのない澄んだ瞳を向けた。

 次はこの剣で力となる――そう告げるように。


「それじゃわたしとセキの旅もここまでのようね。想像以上に留守にしたから色々まずいかもしれないわね。大陸に魔力も充満してることだし……」


「とても有意義な期間を過ごすことができました。次に出会うことを考えるだけで胸が弾みますね。プリフィックに戻れば多少どころではない騒ぎになっているでしょうが……」


 プリフィックは大陸の奥地に存在する。

 言わば南大陸バルバトスの入口であるハープやレルヴ周辺以上に、自然魔力ナトラの影響が顕著に出る地域とも言える。

 よって充満した自然魔力ナトラの影響で魔獣たちも行動が活発になっている、という二種ふたりの推測である。


「うん。フィアもイースもありがとう! フィアの成長には驚いたし、それに……――」


 セキはイースレスへ慎ましやかな微笑を浮かべ、それ以上喉を震わせることはなかった。


「それじゃ、わたしたちは行くわね! この周辺であなたに言うのは無意味かもだけど、気を付けるのよ!」


「次はエステル様たちもご一緒してゆるりと語り明かしたいものです。それでは次に会う時までお元気で……!」


『チップゥゥゥゥ……! チピッ!』


 二種ふたりが手を振りその場を後にするも、チピが当然のようにイースレスの頭の上から手――もとい羽を振っていた。


「お前はなんで、当たり前のようナチュラルに付いていこうとしてるの……」


 イースレスの慈愛溢れる両手に包み込まれ差し出されるチピ。

 セキに首根っこを掴まれるも、涙を貯めた瞳は常にイースレスへ向けられていた。


『チプ……チププゥ……』

「『ぼくはやっと出会うべくして真の主様と出会った……』ってお前、エディに聞かれたら焼き鳥にされるぞ……――って、違う……お前はすでに燃えてるのか……」


「ふふっ……不死鳥フェリクスであるチピ様に認めて頂けるとは……今後の私の確固たる自信――いえ、自信の源となりますね」


 朗らかに笑いかけるその姿にますます想いを募らせるよう体を震わせたチピ。

 枯れることを知らない涙なのか、掴んでいるセキの手は十二分に滴っていた。


 この場合、エディットが――という問題ではないのだ。

 炎を扱う者として、イースレスが突出しているからこそではあるのだが……


 セキが二種ふたりへ無言と視線を以って、行ってくれ、と告げている。

 改めて手を振りながら、遠ざかる二種ふたりを見送るセキとチピ。

 その姿が完全に見えなくなるまで、チピはその瞳でイースレスの姿を見つめ続けていた。


(気持ちは分からんでもないけど……イースのこと気に入りすぎだろ……――って、あれっ?)



◇◆

「あなたついにひと以外にも見境なく好かれるようになってきたわね……」


「ふふっ……ありがたいことです」


「うむ。まぁお主の場合は納得だの」


 思わぬ声に二種ふたりは振り返った。

 そして背後、ではなくさらに視線を下げた所に佇んでいたのはカグツチであった。


「どうしたのよ……ああ……そういうことね」


「ど……どうされたのですか。カグツチ様」


 思い当たるフシを見せるフィルレイアに対し、イースレスは戸惑いの色を出しながら片膝をついた。


「いや……フィアとアロルドには道中で伝えられたからの。そして……セキあやつがいる所ではちょっと……の」


 心なしか照れくささを醸し出すカグツチ。

 一度視線を落とし、小さな指先でこれまた小さな自身の角をかいている。

 やがて意を決したようにイースレスを見つめ、


「お主たちも含め、あの旅を一種ひとりでこなしてしまっていたら……今のセキはおらんかったもしれん。だから『ありがとう』……とな」


 小さな体を深々と折り、言伝の送り主に寄り添う姿は、その場の誰もが言葉を忘れるに足る衝撃だった。

 さらにもう一度、イースレスへその曇りなき瞳を向け、


「ヒノからの……この世で一番なる精霊からの言葉だの」


 最後に自身の想いを声に乗せ、カグツチは背を向けて歩き出していた。


 ――この一言だけを伝えたかった。

 そう告げるようにイースレスの反応を見る素振りもなく、セキの元へ向かっていった。




「クフッ……クフフッ!! 愉快じゃの~……! やつが他者の使い――とはの~!」


 フィルレイアの胸元で寝静まっていたレヴィアであったが……この状況に堪えきれずに飛び出していた。


「まさかセキ以外の名を覚えるだけに留まらず……カグツチやつの口から他の者を『偉大』とは……クフフッ……昔のやつからは考えられん変わりようじゃの~っ」


 魂の震えに思考の全てを奪われた今のイースレスへ、レヴィアの声は届くこともない。

 喉を震わせることさえ忘れ、ただただ偉大なる竜の後ろ姿を見送っていた。

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