第147話 同行申請

「――となります。後は南大陸バルバトスのクエストを一度経験したことを踏まえ、『同行』を申請することも良いかと思います」


 他の魔獣について懇切丁寧な説明後の出来事である。

 この提案も初回の応対時とは比較しようもない。


「実際にクエストを消化するというよりも、探求士が地理や生息魔獣を実体と共に説明する、という趣旨のものです。どの探求士も自身が得意とする分野を実体験を上乗せして紹介するので今後の参考になると思いますね」


「たしかに……ある程度地理と魔獣の分布を知っておくほうが安全ですよね……」


 受付の男の提案は他のクエストよりも現在のエステルの心を射止めている様子だ。


わたしもそれは悪くないと思います。悪い例ですが今回の吸榴岩きゅうりゅうがんと似たような例も聞ければ漠然として警戒ではなく明示的に注意を払うこともできるので……」


「そうですねっ! それに紹介所に言うほどではないけど、知っておくとタメになるような知識とかも聞けたらラッキーですしっ! 老知猿エルダーエイプがあんな声真似の誘導する、とかも……」


 今回の老知猿エルダーエイプの件は初陣ということもあり、エステルたちの脳裏に深く刻まれている。

 結果的に今この場に立っているが、同じような状況で同じように無事でいられる保証などどこにもないのだ。


 ――万全を期してなお足りぬ。


 それが探求士の常である以上、利用できるものは利用するべき、という考えは少なからず浮かんでいることは確かであった。


「……うん。えっと――そしたら……『同行』の申請をさせてもらっていいですか?」


「はい、承知しました。相手探求士の都合もございます。なので明日の朝、斡旋できる探求士を何名か紹介させて頂く形でよいでしょうか?」


「――はい! それでお願いします!」


「こちらとしても問題ありません。よろしくお願いいたします」


「了解ですっ! あと食事処に強いひとだとさらにうれしいですねっ!」


 またもや若干一名が、本筋から外れた要望オプションを伝えており、男はぎこちない笑みを浮かべつつ頷くのみであった。



◇◆

「なんだかんだ言っても傷だらけだね~……」


 ギルドからあてがわれた宿へ、戻った後の一幕である。

 結果的に気を失い体を休めていたとはいえ、寛げたわけではない。

 少女たちはここにきてやっと、張り詰めていた糸を緩めていた。


「ですが、わたしたちと似たような境遇の探求士もかなり見かけましたのでやはり、他大陸と勝手が違うということが想像以上に響いているようですね」


「それに何組かは、はぐれ星団とか狡鬼幽ゴブリンに仲間が連れ去られたって捜索隊を申請している様子も見えましたよ……」


 探求士として上が霞んで見えない状況だが、下を見れば阿鼻叫喚でもある。

 自分たちの立ち位置を見誤った者がどのような結末を迎えるか、言葉にせずとも三種さんにんは理解していた。


「街の中では騎士のひととか守護騎士も見かけるけど、外に出れば種気ひとけがない、なんて珍しくないもんね……」


「はぐれ星団は良い思い出がありませんね。個種的こじんてきに力を付けて殲滅したいとさえ思っています」


 ルリーテはやや温もりを欠いた瞳で天井を仰ぎながら呟いた。

 それは自身の過去の経験を振り返っているのだろう。


「どっちが~などの話をするのも意味がありませんが、牙豚幽オークの話が出てこないことは幸いですね……狡鬼幽ゴブリンは食べるために攫いますが、牙豚幽オークは子を産ませるために攫うので……まぁどちらも……あたし的にはご免こうむりたいですがっ」


『チピッ!』


 続くエディットも北大陸キヌーク時代を振り返っているのか、普段の愛らしい表情とは打って変わった嫌悪感を隠すことない眉をしかめた状態であった。


「――……せっかくの初陣後なのにすみません。もっと前向きな話のほうが建設的ですね」


 我に返ったように天井から視線を戻したルリーテ。

 すでに普段の澄ました表情を取り戻しており、空気の入れ替えを試みた言葉を発している。


「ルリさんの言う通りでしたっ! 反省しつつ……それなら逆に妖精幽フェリアとか見たいですね! 悪戯いたずら好きとは聞きますが、羽鳥幽ピュイアとかに比べれば可愛げがありそうですのでっ!」


「ふふっ……それはたしかに貴重ですね……妖精幽フェリアは滅多に種前ひとまえに姿を現すことはないと聞きます。見れればたしかに幸運の象徴とも言えるので……このパーティで……一度はお目にかかりたいですね」


 エディットも合わせて流れに乗ると、珍しく食事以外の話題を自身から振っている。

 最近食べ物の話をした際に、ルリーテだけならいざ知らず、エステルも冷ややかな視線を送り始めていることに気が付いたようである。


 そんなルリーテとエディットのやり取りに首を傾げていたエステル。


 額に指を添えつつ記憶を探った――


「あれっ? 言ってなかったっけ……? わたし妖精幽フェリア見たことあるよ」

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