第146話 千幻樹の真実

「初のクエストを無事に終えられたようで……まことにおめでとうございます」


 エステル一行は朝の喧騒が始まる前にクエスト紹介所へ足を運んでいた。

 現在、報告カウンターにて、クエスト受注時と同じ受精種エルフの男へ討伐の結果と状況を説明しているところであった。


「――ですが……吸榴岩きゅうりゅうがんとは……」


 受付の男はカウンター上で両手の指を絡ませているが、その手には必要以上の力が込められていることがはっきりと伝わってくる。


「状況からそうじゃないかって思ってるだけで、もしかしたら――」


 エステルが束の間の沈黙を破ろうと喉を震わせるが、


「――あっ! いえ、すみません。その話を疑っているわけではないのです。そもそもですが……」


 男は背後の棚から写水晶グラフィタルを抜き出し、エステルたちの前へ置いた。


「こちらに書いてあるように老知猿エルダーエイプは、自然物に限らず探求士から入手した武器などを使う個体も珍しくありません」


 写水晶グラフィタルに写し出された魔獣の特性を指でなぞり、言葉を紡ぐ。


「なので、備えていた物がたまたま吸榴岩きゅうりゅうがんだったという説は納得できます。問題……というか、探求士、魔獣共に言えることですが……」


 やや口ごもりながら男は言葉を選んでいるのか、唇に手を添えて熟考している。


「大陸に魔力が溢れる周期。これがもう目前なのかもしれません」


 写水晶グラフィタルを仕舞いながら、己の経験から導き出した予想を口にした。


吸榴岩きゅうりゅうがんは自然界の魔力が飽和に近くなると生成される頻度が極めて高くなります。そして……飽和に近いとは……」


「千幻樹の発生が近い……ということですね……?」


 エステルの隣で黙って聞いていたルリーテが答えると、男は大きく頷いた。


「その通りです。万物の霊薬……食べれば魔力を強化し、病をもたちどころに治すとも言われる果実を宿す樹です。私自身も見たことはありませんが……」


 思考をフルに回転させているのか、やや俯きながら瞳が落ち着きなく揺れている。

 やがて……男はエステルたちに改めて視線を向けた。


「千幻樹の果実は早い者勝ちの争奪戦です。なので……下手に加わろうとせず、ご自身たちの安全を第一に行動を……お勧めします」


 ゆっくりとエステルたちを見つめながら放った言葉。

 それは表面上の意味だけを捉えても意味はない。


「やっぱり混乱を極めるような感じなんですかね……? ようは殺してでも奪うって言うか……」


 エステルが自身で咀嚼した答え合わせを求めると、


「ええ……言い伝えでは前回は誰が入手したかは公式では定かになっていません。ですが……」


 口に出すことも躊躇うように視線を泳がせるも、男は大きく息を吐き出した後、


「死者は数千種すうせんにんと言われています。あの果実は一番最初に触れた者しかぐことができません。触れた後に手を離せばたちまち消失すると言われているので……なので誰もが行き着くのですよね――」


 話の流れからすでに想像の範疇に収まっているであろう行い。

 男は配慮からか、一つ間を置くために閉じていた瞳をゆっくりと開いた。


「ならば……周りを殺せば触れられるのは自分だけになる――と……」


 覚悟の上で告げられた過去の真実に、思わずエステルたちは唇を噛みしめた。


「この周辺に生えるかさえ不明ですが……好機チャンスとはいえ……個種的こじんてきな意見を言わせて頂くならば……街から出ないことを推奨します。上位の探求士とその星団。さらにはギルドのルールから外れた『はぐれ星団』、また知性を兼ね備えた狡鬼幽ゴブリンなども徘徊することになると思いますので……」


「はい……! 興味本位で街の外にはでないようにします!」


「そうですね……誰しもが望む果実である以上、それ相応の実力が求められるのは当然のことですからね……」


「味は美味しいのでしょうかねっ。良薬は――とも言いますがっ」


 若干一名、果実で得られる利点よりも味に興味を持つ者がいるが、相棒の小鳥に冷ややかな視線を向けられた後、頬を赤らめつつ黙って俯いていた。


「おっと……! せっかくの初陣の成功を祝うはずがすみません。続けて今後のクエストについてお話――いかがでしょうか?」


 空気を察した男の提案。

 千幻樹にやや後ろ髪を引かれつつも、一同は揃って頷いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る