第95話 代償

「で、実際の所、感触はどうだい?」


 セキとアドニスは現在、深層下の大空洞を歩いている。

 それは、エステルたちが死に物狂いで怪触蛸獣クラーケンから逃げ惑った道だった。

 キーマの契約の件もあり、もう既に、帰路につく前にお祝いをしないのは嘘だ、という雰囲気が蔓延しており、食事という名の宴と睡眠を取った後に戻る予定になったのだ。


 そこで、ドライたちが元々予定していた、帰路の際に残っている可能性のあるパーティメンバーの遺体を回収する、という役目をアドニスが引き受けたのだ。

 なるべく早く行くほうが回収できる可能性は高まる、ということで、食事の準備中の時間で動き始めたアドニスは、その際にセキも連れ出したところであった。


「ああ、気を使わせて悪いな。正直に……――って言っても感覚の話になるけど……」


 セキは自身の手に視線を落としながら何かを確かめるように、意識を集中している。

 沈黙が続き、足音だけが通路に響き渡り……やがてセキは口を開いた。


「なんつーのかな……おれの今までの感触だと壁? とか扉っていうのが伝わるかわからないけど、それを四回くらい超えたことがあるんだよね」


 足を止めることなく、また視線は手に落としたまま語るセキ。アドニスは話を遮る様子は見えず横目を向けながら頷いている。


「で、その四回目の壁を超えた後……直後ってわけじゃないけどそれくらいから、今まで積み上げた肉体魔力アトラが持ってかれたって感触……かな?」


 セキは表情を変えることなくすんなりと答えるが、聞いているアドニス側がその事実に汗を光らせた。


「まぁおれは結局、刀をどう使うかだからいいけど、カグツチ……お前ごっそり持っていかれただろ?」


 セキは頭に乗せるカグツチへ話題と共に視線を向けると、


「想定外とはいえ、もともと我が望んだことだから、それは別に構わん。南に戻れば徐々に蓄えられるからの。しばらくはヒノの力を使うことになるがの。だが、セキ……お主の魔力は……」


「だから、肉体魔力アトラが持ってかれたって事実だけを見ればたしかにショックだけどな。カグツチの自然魔力ナトラと違ってまた肉体魔力アトラを鍛えて、絶対量を増やす必要があるわけだし……」


 セキの言葉にカグツチは表情を曇らせたが、さらにセキは続けた。


「でも、それがダイフクの命、まぁ完全な実体じゃないけど……こうやって再会できたっていうことと比べるなら、でダイフクが戻ってきたことが奇跡だろ……。しかもエディの望んだ治癒魔術まで引っ提げてきてくれたわけだし……命に対して差し引きなんてできるもんじゃないけど、そういう意味で捉えたとしても、絶対に得してるっておれは迷いなく言えるぞ」


 セキが己の血と傷を代償に積み上げた力を熟知しているからこそ、カグツチはその顔に影を落とさざるを得なかった。

 だが、セキが自身で口にした言葉に偽りがないことも、またカグツチには届いているのだ。

 その様子を黙って見ていたアドニスはつい頬を緩ませてしまう。


「きみもセキとカグツチくらいの……互いを思いやる気持ちみたいなものは、持ったほうがいいんじゃないかな?」


 そこでアドニスが肩に乗る拳大の石に向かって語り掛けている。


 その石はその言葉に反応したのか、手足が出てきたかと思うと、もそもそと動き出しアドニスの頭へとよじ登っていく。


 カグツチと体躯サイズはそう変わらないが、その小さな手には五本の爪を擁する指と爪を持たない指が一本の計六本。まるでモグラである。


 だが、毛に覆われている部分など一切なく、皮膚全て、そして体中から生える突起さえも、滑らかな鉱石で出来ているように怪しい輝きを放つ堅固な体。

 頭にも角のような突起が少数生えており、小さな口から牙も見え隠れしている。

 羽は元々持たないのか、羽跡などの名残のようなものは見えない。

 瞳はカグツチのような鋭さはなく、常に遠くを眺めるようなぼんやりした眼をしていた。


「おでは~お腹が空いたぁ……」


 アドニスの言葉を聞いたわけではなく、ただ音に反応しただけのように自身の欲求を口にしている。


「うむぅ……。お主は昔から少しも変わらんのぉ……『大地の統治者ベヒーモス』」


 過去にカグツチと並び称された『竜』は寝起きの体を起こすため、大きなあくびと共に体を伸ばしていた。


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