パレット探求記

第94話 三原の火

『チピ～ッ！』

　エディットはルリーテに締め落とされる前にその身を解放されていた。

　また、降霊状態も慣れないうちは負荷が大きいため、すでにチピは元に戻っており、喜びのさえずりを響かせながらくるくると飛び回っている。

　初の降霊で体に重みを感じるエディットだが、エステルたちの惜しみない祝福に、いつしかその重みさえ忘れていた。

「――なるほど……エディさんは間詩を『再（リ）』として受け取ったんだね。僕の場合は『反（リ）』として受け取ったんだ」

「間詩はその種（ひと）の好みに左右されるからなぁ……初見で判断しにくいんだよなぁ……」

　アドニスはエディットが不死鳥（フェリクス）から受け取った経緯を聞くと、合点がいった様子だが、セキはセキで間詩には良い思い出がないのか苦い表情をアドニスに向けていた。

「まぁでも僕の場合、エディさんみたいに属性詩だけに直接付けても何も発動しないけどね」

「あれ？　でも属性反転なら……火だったら水とかできないの？」

「うん。それは不可能だね。反対ってわけでもないからね。水を凍らせるために『温度を下げる』とかそういう使い方はできる種（ひと）はいるだろうけど――」

　セキも間詩を扱う術者は知っているが、間詩じたいの役割が他の詩に比べて、術者自身に依存する。

　そのため、自身で使えないことも含めて、術の認識（イメージ）が固まっているというわけでなかった。

「僕は相手の意表を突くのに便利だから、よく『隆起（フィライズ）』を反転させてるけど、まぁ正直、僕の術の場合、同じ効果の『沈下（サブサイド）』を覚えてれば一緒なんだけどね……」

「お前の場合、仕来りだなんだに反逆ばっかしてたから、そんなん受け取ったんだろ……エディの場合は……うん……え～っとなんだろ、『再生（グラティア）』と同じような感じなのかな？」

　セキはアドニスの経緯はさらっと口にするものの、エディットの経緯については言葉を濁し、話題の切り替えを図った。

「体感した感じだとそうだね。『再生（グラティア）』を覚える手間が省けたと思えばいいんじゃないかな？　炎が纏わりつくから戦闘中でも便利だと思ったけど」

　アドニスはセキ以外に皮肉を言う趣味はない。純粋にエディットが『癒し（ラティア）』を取得できなかった事実を知らないのだ。

「ん。まぁなんつーかお前の言う通り以上によかったんだよ」

　アドニスが疑問符を頭の上に浮かばせながらも、セキは皆に囲まれて祝福を受けるエディットを、弧を描いた横目で眺めていた。

　そしてさらに視線を動かすとエディットを取り囲んでいたキーマへ視線を向ける。

「ん～……さすがにそろそろかな」

「ん？　どうしたんだい？」

　呟きを拾ったアドニスへ、セキはキーマの背後をこっそりと指差している。

「お前は姉さんと一緒で、気を向けてないと微量な魔力の機微に疎いよなぁ……才能まかせで大雑把すぎるんだよ……」

「ははっ！　カグヤさんと一緒にされるのは光栄だね。でも……うん。あれって不死鳥（フェリクス）の炎の魔力が原因かい？」

　セキの皮肉に対するアドニスの受け取り方は、とても的確だった。

　セキの中で偉大な姉カグヤと、目の前にいるアドニスは、属性や戦闘スタイルの好みはあれど、才能と言う括りであれば遜色ないと言っても過言ではない、というのがセキの見立てなのである。

　アドニス自身は過去に、セキと共にいたカグヤとも出会っており、心をバキバキに折られたため、すでにカグヤに対する対抗心という名の牙を失っている状態ではあるが。

「そうっぽいよなぁ……強力な炎の魔力だったから、やっぱり元々あった火の資質が活性したのかもね。うれしい誤算ってやつかな」

　そう言いながらセキはエディットを中心とした歓喜の渦へ足を向けた。

　すでにエディットは目を回すほどに、労いとほんのちょっと嫉妬を各々から向けられていた様子だ。

　おもむろに側へ来るセキに、キーマがあどけない疑問の色を浮かべながら視線を向ける。

「セキくん。気になることでも？」

「はい。でも……おれが気になる、というよりも、キーマさんが気になったほうが良かったかもしれないですね～」

　セキの含みのある言葉に、キーマを含めた他の面々も瞳を瞬かせている様子だ。

「も～っ！　セキなんでそういう意地悪な言い方になるの～っ！」

　エステルが、ここぞとばかりにエディットへの嫉妬心を、軽くセキで発散しようと試みているようだ。

「あははっ。ごめんごめんっ！　ほらっキーマさん左肩。寂しそうですよ。『三原の火（サラマンダー）』が」

　キーマが確認することを恐れているかのように、ゆっくりと振り向いていく。

　キーマはたしかに視界の端にたしかに何か光を捉えた。

　そのまま光を見据えた時、目が見開かれた。

　そこに光っていた精霊の光は淡い透明の光ではなく、ゆらゆらと燃える火のようにその魔力を発している。

　『三原の火（サラマンダー）』じたいの姿は見えていないが、魔力を見ればセキに取ってこの判別は、他のどの精霊よりも容易である以上、間違えはありえない。

　キーマが昇格した精霊との契約を終えた後、この場はさらに歓喜……もとい狂気を含んだ混沌の場と化していた。