2章 すれ違いの東大陸
第18話 旅立ち
赤髪の青年セキは赤いトカゲ、もといカグツチを頭に乗せ港町に向かっている――
「もう少しなんとかならなかったものかな……翼も無くなってるし……
セキにとって予定外であった戦闘成果である『
これを持ち歩くわけにはいかない、ということで港町の西で精選に合わせて開かれる鍛冶街の武器市に出店しに来ている故郷の仲間に引き渡し改めて港町を目指している最中であった。
「贅沢をいうでない。むしろ魔力も翼もなくし我を竜と疑うものなど皆無となったことを喜ぶべきだの。それに我は元々お前たちのように完全な実体というわけでもないし、完全な精霊とも異なる。精霊のように具象化した時だけ見えるようならよいが、そうもいかんからの。重要なのは扱う
「まぁ半分実体だもんなぁ……扱える
「うむ、そこを無くすと魔力よりも大切な何かを失う気がしたからの」
すでに失っていると思ったがセキはその言葉を飲み込む。そんなセキを他所にカグツチは頭上に立ちセキの赤い髪を掴んでおり、まるでセキを操作しているかのよう立ち位置である。
その姿は威厳とは程遠いが、カグツチはまんざらでもなさそうだ。
「一応、今まで通り後ろ足だけで立てるのね。無駄なところで器用だな……」
「うむ、尻尾でしっかりバランスがとれておるからの」
「そうか……それはよかったな……」とセキは今の姿を楽しむカグツチの前向きな姿勢に辟易している。
「え~っと……もう加護精霊級になったんだよな? 祝福ですらないよね?」
「うむ、もちろん三原精霊でもないからの。ほんとの加護精霊だの」
「まぁなくてもいいだろうとは思ってたし、加護精霊ってことは降霊させる時も降霊詩を詠む必要ないというか詠む意味がないというか……むしろよくそこまで落とせるよなってちょっと感心しちゃったよ……」
加護や祝福とはより強力な魔獣と戦うために
精霊との契約は、より強い力、より強い魔力を引き出すことができるが、全ての探求士ができるわけではない。
その資格を試す機会、それが『精選』という精霊の誕生に合わせた儀式である。
「うん、まぁトカゲのお前となら加護でちょうどいいだろう……」
「お主、今我をバカにしたの? 言っておくが我から新たな精霊が生まれたこともあるのだぞ」
カグツチの発言に驚き頭上を見上げるが、そもそも頭に乗っているカグツチは上を向いた拍子に後ろに放り出されそうになり必死で髪の毛に捕まりぶら下がっていた。
「え、ちょっとおまえから精霊ってなんで――?」
「過去の大戦と言われる戦いの後だの。大切な者のため住む村を守るために戦い命を落とした者たちが大勢おった……残された者たちへせめてもの慰めになるかと思い、我自らが弔ったということだの」
「弔ったって?」
「亡骸を我の炎で火葬をしてやったということだの」
歴史上の竜は天災と恐れられると同時に自然の代行者として崇められていた。
その竜自身に弔ってもらうということがどれだけ神聖なことか。セキはその言葉を黙って心に受け止めた。
竜が竜として当たり前に存在した頃の話――それはどれほど過去の話なのか。語るカグツチの目は遠くを見ているように感じられた。
「んと、弔ったのはとてもいいことだし納得できると思う……でも精霊は? おまえは竜であって精霊よりも上位じゃないか?」
「慌てるでない。その弔った際にの。亡骸を焼き尽くした炎から鳥が生まれたんだの」
「えっ……! 火から生まれる鳥って……
「うむ、まぁその時は名前なんぞなかったからの。似たような精霊もおるしどれが我から生まれた精霊なのかは自信がないのぉ」
セキは驚きを隠す気もなくカグツチに質問を投げる。
それもそのはずセキは辺境の村育ちゆえに世間には疎いが村特有の歴史や神話は年配者から嫌というほど聞かされている。
実際に見たという者さえごくごく少数、というよりセキ自身は実際に見たという者に出会ったことすらない……伝承に残っているだけの精霊がカグツチから生まれている可能性があると聞かされては驚かないはずもない。すっかり馴染んでいるが竜じたいも同じ類であることが彼の頭から忘れ去られていることもまた言うまでもないだろう。
「そ、そしたらでも……おまえの炎は生き返らせることが……?」
「できるならとっくにお前の姉に使ってやっとるのぉ……あの時精霊が生まれたのはそれだけ亡骸となった者らが大事な者を守るという強き思いがあってこそだの……それこそあの時の亡骸の数は数え切れんほどだったからの」
「じゃあ伝承に残る転生の炎とか再生の緋炎って嘘なのか……」
それもそうか、とセキは少しがっかりしたように問いかける。
「ん~あながち嘘とも言えんとは思うがの……精霊じたいは死というよりも
「そうかぁ……自身が『転生する炎』ってことなのかぁ……まぁそう都合よくはいかないよなぁ」
期待をしていたわけではないが事実として語られると肩を落とすしかないセキ。
「うむ、だが見るとするならばたぶん見れるぞ?」
「――えっ?」肩を落としていたセキが今度は間抜けな声で返事をする。
「生まれた時にあやつ自身から言われとるからの。必要な時は我の燃え盛る鱗を供物に呼びかけてくれれば必ず恩を返しに行く。とのぉ……まぁ誰かと契約でもしとったらダメだろうがの。それに今だとお前と我が契約しとるからお前の
「よし、スケールがでかすぎるし興味本位で呼ぶのは失礼すぎる。やめようっ!」
カグツチと出会い旅を始めてから二年が経つ――未だにカグツチの過去には驚かされてばかりいるセキだが……あれもこれもと質問する気は特になかった。
カグツチの性格的に、聞けば今のように気軽に答えてくれるだろう、とセキは感じている。
だが誰しもずけずけと自分の過去に踏み込まれるのは気持ちのいいものではないと自身の経験から学んでいることでもあり、何よりわざわざ問いかけるよりも必要な話や無駄話の隙間でカグツチが語る神話と言っても差し支えのない物語をふいに聞けることがセキ自身の楽しみでもあったからだ。
◇◆
セキがキメ台詞を放ってから数時間、鍛冶街への寄り道を経てとうとう港町へたどり着く。
町行く者が溢れ眺めているだけでも伝わってくるほどの活気が今の町には満ちている。
その理由としてもうすぐ『精霊選別』、通称『精選』の時期だ。
各大陸から我こそはと精霊の加護を求め念願叶った探求士たちを最初に迎えるのがこの『ハープ』という町になる。
欲望、野望、希望問わず何かを成し遂げようとする者たちの行動は町の活力となる。
新規参入した探求士ならなおさらだ。
そんな彼らを出迎えるためにどこのお店も準備に追われていた。
もちろん優しく出迎えようとする
「くっくっく! なんだよ! 飲みに来たってのにそういや『精選』の時期かよ! ヒヨッコ共の歓迎準備よりも普段から貢献してる俺たちを歓迎してほしいもんだぜ! なぁ?」
「いやーその通りだぜバルガ! まぁ行きつけなら大丈夫だろ? 行こうぜ!」
セキは横目でその声の主たちを見る。
見分け方は簡単で
角の種類は様々となる。
また、セキ自身が見たことない類似種族で
だがどのような者であれど『
ちなみに五月蠅い声の主たちを見ると靴の足甲の部分が隆起しておりセキも足元を見て判別していた。
「せっかくよき雰囲気だというのにのぉ……セキ背中の長刀を使えとは言わんから、腰の小太刀で首を跳ねてよいぞ」
カグツチは基本的に気に入った者以外は命の概念がひどく軽くなる。竜なのでそもそもの基準が違うといえばそれまでなのだが。
「あれぐらいなら放っておいても害はないだろ……威張れる場所を探してたら
「ふむ、しょうがないの……」
「それに問題はちゃんと町の中で目的地にたどり着けるかだ……」
賑やかな雰囲気に似合わぬ緊張した表情を見せるセキ。
「お主、相変わらず賑やかな場所は苦手、いや、好きだが馴染み方がわからんと言ったほうがいいのかの」
「ま、まかせとけって……」
弱弱しく言葉を放つセキに不安を覚えるカグツチだが、立ち止まっていても何も始まることはない。
――
嫌いなわけではなく賑やかなのはとても好きだし心も踊るが、こうも
その技術があればどう考えても魔獣の攻撃避けれるだろ、と思いつつも目的地を目指す。
もちろん目的地とは『船着き場』である。
「そういえば船に乗るようだが、手持ちのコバルは足りておるのかの。
「ああ、それは大丈夫だと思う。おまえと合うちょっと前……今から四年くらい前かな? それくらいの時にな、青い髪が綺麗でさ……すっごいムッチムチでエロくて色っぽい魔術士のお姉さん……えっと『フィア』って
セキは腰の布袋から手の平サイズの平たい石を取り出す。その石にはセキが『フィア』と呼ぶ者の名前が刻まれていた。
「ゆくゆくは渡航したいってことを話したらさ、それならこれをってくれたんだ。たぶん通行証的なやつだと思うんだよね」
「ほほぉ……なるほどの……うむ、たしかにそうだったの」
セキの言葉にカグツチは何かを思い出したかのように返事をすると。
「そして女の説明と男の説明にお前の心境がとてもよくあらわれてるの……まぁ準備済とは、よきよき……見直したの」
セキの男女の対応差を事務的に指摘したものの準備の良さにカグツチはいたく感心しつつ、セキの頭に乗りながら安堵の表情を覗かせているが、当のセキは町の施設位置を示す看板を食い入るように見つめている。
「え……っと……ふ、ふなつ……ふなつきば? 文字あってるよな……大陸の
地図に示された位置とたどたどしく読み上げる言葉。何度も確認しながら場所を覚えると不安気な表情のままではあったが示す方向へとその足を進めていった。
目的地である船着き場が見えるとセキ自身にも安堵の表情が訪れその勢いのままに船着き場の入口をくぐる。
そして――
「船がないぞ」
「うむ。我も見えんかの」
船着き場に到着するがどうも大型の船がなく、近海で漁をするための小舟しか見当たらない。
「た、たぶん……すぐにいけるわけじゃなくて、決まった時間にならないとこない……のかな?」
セキはとたんに不安そうにきょろきょろと辺りを見回しながら疑問を口にする。
町に不慣れということも重なり落ち着きなく視線を泳がせている。
「その可能性が高そうだの。あそこの兵士みたいなのに聞いてみたらどうかの?」
そんなセキを気にする素振りすら見せることなく、どのような状況でもマイペースなカグツチが船着き場の入口にいる槍を持った兵を指さす。
セキの表情がとたんに光が差したかのように輝き、カグツチが自主的に頭から自然と胸の
「あ、あの~すいません、
セキが話しかけると兵士は背筋に一本線を通したような直立で回答する。
「いや、悪いが七年前の大陸封鎖以降は
「えっ……そういうことなんですか」
「すまない。しかもだ。今は『精選』も近いためかなり渡航に制限ができていて、こちらから
兵は申し訳なさそうな顔をしながらセキの質問に答えてくれている。
「えっと、船じゃなくても
セキの質問に兵は途端に顔色が変わる。
「な、何を言っているんだ! 船で行くとしても
兵の必死の説得にセキは気圧されてしまう。
悪意ではなく善意からくる説得なので、そういう気持ちを無下にすることをセキは嫌っているため言葉を探す。
その時、セキにだけ聞こえるような小声でカグツチが言葉をかける。
「さっきの通行証を見せたら船を確保とかしてくれんのかの……」
言われてみれば通行証があるならば少しは融通を利かせてくれるかも、というよりここで見せるものだったんじゃないか、とセキは考える。
ダメでもそれはそれでしょうがないということで、セキはもらった通行証と思われる石を兵に見せる。
「えっと、これ……旅の途中でもらったものなんですけど……えーっとフィアっていう女性にこれを見せれば渡航できるって教えてもらって……」
セキが自信なさげに差し出した石を兵が見た途端に目を見開き硬直する。
「あっ……へ? あ、あの申し訳ございませんが手に取って見ても……?」
明らかに兵の表情は変わる。毅然とした態度も心なしかブレているようだ。
「はい、どうぞ」
セキが差し出した石を兵士は顔を近づけてじっくりと確認する。
――この者の行動は我の行動と同義とし、この者の行動を妨げることは我の行動を妨げるということであることをここに記す。
――フィルレイア=ハーヴ
兵士の石を持つ手が小刻みに震えだすが次の瞬間に石を凝視していた視線をセキに向ける。
「――た、た、大変失礼を致しました……誠に申し訳ないのですが、船はすぐには用意できず……ですが陸路でしたら開くことは可能です!」
「え? ほんとですか? それじゃ陸路を開いてもらっていいですかね?」
「はい、直ちに! そこの
通行証なのだから見せるのが普通ではとセキは思っているが、確認された以上は答えておく。
「ええ、大丈夫です。中央に渡れればそれでよいので!」
「あ、ありがとうございます! それでは少々お待ちください!」
セキに告げると兵は走って受付へ向かう。そこでも確認した者が目を見開いていた。
「こ、これどう考えても本物だよな……偽装してバレたら命がいくつあっても足らないし……しかもフィルレイアってあのプリフィック王国の魔術士だろ……。あまりに強力な魔術を使うから十五歳になった時すでに『
「そうそうそのお方だよ……既に名持ち。ようするに二つ名も受領してる……受領した二つ名が『
「で、そのお方から
――
正確に言えば
また、今回セキが受け取っていた石はその石を持つ者を自身と同じように扱うように便宜を図らせる『任命石』という便利な石である。その辺の石に勝手に掘ることもできるがそれがバレた場合は大抵、名を語られた側が語った者を八つ裂きにすることが多い。
かつ、任命石として本来使用する石はかなり高価な石であり一般ではあまり流通していないものとなる。
「なんだか受付行ってからあっちが騒がしいの……」
「ん~きっとなかなか陸路とかを開くことがないんだろ? で、あの通行証はかなり特別ってことだよ。普通に綺麗な
「なるほどの。貴族の特権を発動できる石ということかの。なかなかいい物をもらえたもんだのぉ。たしかにあの条件の対価なら当然と言えば当然……なのかの」
セキが揺れる乳房を思い出しながら話し込むもカグツチの耳はセキの言葉を素通りさせている様子だ。
「ああ、竜を探すお手伝いだからなぁ……ちょっとあの
「だが、その頃のお前とはだからこそ気が合ったのだしの」
「ん~たしかにその通りだなぁ……おれの目的とは違うっていうのは気がついてたけど何かわかるかもしれないとは思ったから手伝ったっていうのは正直あるかも? それにあっちは場所に目星をつけててさ。そこで竜がいるならそれでいいし、
「大変お待たせいたしました!! 陸路を開く準備が整いましたのであちらの門からの出国となります!!」
先ほどの兵が息を切らせながら走って開門の準備が整った旨を告げにきていた。
「おっ……もう出発していいみたいだな」
「うむ、ドタバタしとった割には簡単に開けてくれるんだの」
セキが門に向かおうと立ち上がる、すると兵が――
「あ、あのぉ……先ほどの陸路には魔獣がたくさんいるという件ですが……」
兵士は額から汗を滝のように流しながら恐る恐る謝罪の言葉を口にしようとするが。
「あっもちろん注意して行きますよ! どれくらいの数がいるかはわかりませんが気を抜かないようにしますので!」
セキの特に気にも留めていないような返事をしながら自身の胸元を指先で軽くとんとんと叩き自信に満ちた表情を見せる。
その態度に兵士は緊張が解けたのか胸を撫で下ろす。
「そ、そうですか! それでは何卒、お気を付けて!!」
「ええ! ありがとうございます!」
セキに石を返却した後、門から出ていく背中に激励の言葉と共に敬礼。
手を上げながらそれに答えたセキは解放された陸路に向かって歩みを進めていった――
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