第42話 死結晶の意味

 声の主の姿を確認した二種ふたりは言葉を発することもなくただ次の言葉を待っていた。

 探求士であり精霊との契約すらまだ行っていない二種ふたりにとって精獣と思われる相手では格が違いすぎることを自覚している。

 特に神話や歴史を重んじるルリーテに取っては崇めてもおかしくない相手である。


「こんな紹介になってすまんの。我はカグツチ。セキの精霊? のようなものと思ってくれてよいかの」


 その言葉に茫然としていたルリーテが喉を震わせながら質問を投げる。


「せ……精獣様ということですか……? 喋れるなんて……」


 ルリーテが信じられないものを見ているかのように目を見開く。


「あ、あの……ここじゃ寒いでしょうし、わたしたちの小屋に……汚いですが……」


 ルリーテと共に意表を突かれたエステルがカグツチに提案を投げる。


「うむ、落ち着いた場所のほうがお主らにとっても都合がよいだろうしの。場所を変えるとしようかの」


 カグツチが二種ふたりの小屋へ歩き始めるとその身体を両手で包み込むようにルリーテが持ち上げる。


「し、失礼でなければわたしがお連れさせて頂きます……」

「お? それは助かるの」


 二種ふたりと一匹は小屋に戻ると木円卓テーブルにつく。ルリーテは一息つく間もなく飲み物の用意に動き、エステルはその間もカグツチを不思議そうに眺めていた。唐突な事態を少しでも頭を整理しようとしているようだが、都合よくはいかないようだ。

 やがてカグツチに飲み物を差し出すとルリーテも木円卓テーブルの上で飲み物を啜り始めるカグツチと向かい合う形で椅子に腰かける。


「ふぅ……美味いの」

「あ……ありがとうございます」


 カグツチの言葉に軽い会釈を返し、再度お互いの表情を見合った後、ゆっくりとカグツチがその口を開く。


「もったいぶる言い方は好きではないからの。事実をそのまま伝えさせてもらうかの」


 カグツチの小さな牙の生えた口元に二種ふたりの視線が集中する。


「あの真紅の宝石はカグヤそのものだの。カグヤが死んだ際の死結晶――ようするにカグヤの左眼がさっきの宝石ということだの」


 木円卓テーブルの上に置いていたエステルの手が力強く握られる。とてもではないが信じられない、受け入れがたい言葉だった。

 だが、この場を嘘で取り繕う意味もないことを察した彼女はそれでもカグツチの話を遮るようなことはせず、


「数年前かの。カグヤやセキ……それにあやつらの村の実力者が束になってもなお届かない。そんな魔獣との戦闘があった」


 二種ふたりを見上げながらカグツチは喉を潤すように用意された飲み物に口をつけるとさらに続ける。


「結果的に言えば討伐はできんかったの。追い払うだけで精一杯というところかの……」


 カグツチは二種ふたりと交わしていた視線をふいに上に向ける。当時を思い出すかのように。


「困難を極めた戦闘だったからの。魔獣に傷を負わせはするものの、こちらも次々に魔獣の爪にかかり、最後まで立っていたのはセキとカグヤだけだった……」


 夜の静寂に包み込まれる中で二種ふたりはカグツチの言葉に吸い寄せられるかのように聞き入っており、喉を鳴らす音さえ雑音ノイズとして煩わしく聞こえる。


「どちらも限界が近い中でセキは差し違える覚悟で魔獣に挑んだがの……最後の攻防でセキに向けられた爪をカグヤはその身で受け止めた。その際に魔獣の片目もつぶしたことで魔獣はその場を去ったがの。魔獣の渾身の一撃をその身で受けた代償にカグヤはそこで息絶えることとなった……」


「セキを庇って……?」


 エステルの言葉にカグツチは目を瞑りながら静かに頷く。


「な、ならば……それは別に殺したわけでは……! なぜあのひとはそれを……!」


 カグツチは目を開きルリーテと視線を交わす。


「あやつにとっては一緒なんだろうの。自分を庇ったことでカグヤは死んだんだからの。だから……あやつはずっと自分を責め続けておる。最愛の姉を守れなかったことも。それを叶えられなかった自分の弱さも。全てが許せないんだの」


 二種ふたりがその言葉に口をつぐむ中、カグツチはさらに手に持つ小さなグラスを傾け喉に流し込む。

 改めてその小さな瞳でルリーテを見据えると。


「お主は死結晶を知ってそうだったの」


 ルリーテは視線を落としながら問いかけに答える。


「はい……見たことがありますので……何種なんにんもの石精種ジュピアがその死結晶のために殺されるところを……そんなことで手にいれた濁結晶など純結晶には遠く及ばないことをわかっていながら……」


 ルリーテの目にははっきりと怒りが滲み出ている。

 その姿をエステルは寂しげな影を目に宿らせながら黙って見つめ何も言葉を発することをしなかった。


「すまんの。何か訳ありだったようだが、濁結晶と純結晶の存在も知っているなら話が早い。お主、純結晶は見たことないと思うのだがあってるかの?」

「はい……」


 『死結晶』とは死んだ石精種ジュピアの魔力が瞳と爪に集まり宝石として結晶化された魔力源を指す言葉である。

 そして『濁結晶』と『純結晶』とは死結晶の分類である。

 無念の内に死んだ、または恨みをもって死んだ場合、その瞳は濁り濁結晶となる。

 逆に誰かを思い誰かのために死んだなら、その瞳は濁ることもなく純結晶となり、濁結晶とは比べ物にならない強力な魔力源となる。

 魔力が濁った濁結晶でさえ、あまりにも強力なため心無き略奪者たちの的となり、現在石精種ジュピアを見かけることはほとんどなく石精種ジュピアも自身の種族を隠すことが多い。

 また石精種ジュピアは生きている頃から、他の種族で言う『爪』の部分が宝石になっているため、指先を見れば石精種ジュピアかどうかの判別が容易に行うことができる。


「セキの精霊扱いである我がこれ以上言うてもの……説得力がないからの」

「あ、そんな精獣様を疑うようなことはルリだって……」

「そ、その通りです……が……」

「いや……我は平気で嘘を語ることができるからの。まぁ何よりさっきは頭に血が上ってしまったのもあるだろうしの。もう一度……あの宝石をしっかりと見てやってくれんかの? 濁っているかどうか」


 カグツチの言葉に力強く頷く二種ふたり。そしてルリーテにはまた別の考えもよぎっていた。


(判別がつくかどうか……わからなければわたしの〈記憶メモリア〉で……)


「あやつがはっきり言わんのも悪いがまぁ聞いてた限り、はっきり言うてもあのこじれ方ではどちらにせよ、と言ったところかの。あやつの間の悪さも目も当てられんしの」


 呆れ気味にカグツチは意地悪い目を向ける。


「え、えっと……ふ、普段はこんなに暴走するタイプじゃないんですけど……今はちょうど色々重なってて……うん、間が悪いのかもしれなかったです……」


 カグツチの言葉に肩を落とすルリーテのフォローのためにエステルが乗り出すが、あまり効果はなかったようだ。


「ふふふっ……ひとの巡り合いとはおもしろいものよの。こうやってタイミングがほんの少し外れただけでここまで大事になるんだからのぉ……」


 不謹慎ながらもセキの間の悪さとこの状況にカグツチは微笑を浮かべている。

 ひとの指先にも満たない両手で隠してはいるものの目の前の二種ふたりから見れば一目瞭然である。


「おっとすまんの……糸が解ければなんてことはない。ただ……カグヤにもう一度会わせてやれんですまんの。こんな形ではなくちゃんとセキはお主に伝えたかったはずだしの」

「は、はい……カグヤお姉ちゃんはほんとに……ほんとのお姉ちゃんみたいに甘えさせてもらったので……だから少しでも成長したわたしを見てほしかったって思いは……あります……」


 カグツチの言葉に涙が込み上げながらも流すことなく、自身の想いを口にするエステル。


「そうですね……今の話を聞いてわたしも会って話をすることができなかったことが……ますます残念でなりません……」


 自身の皮手袋を付けた手を眺めながら静かに呟く。


「ふむ……それではまずはもう一度宝石を見てもらうとするかの。その話もセキを交えたほうがきっと良いだろうしの」


 カグツチは残りの飲み物を飲み干すと改めて二種ふたりに促す。


「はい……そうしようと思います」

「そうなれれば……よいですが……」


二種ふたりと一匹は部屋を後にセキのいる小屋へと足を向けることとなった。



◇◆

 扉は開け放たれたまま。

 夜風が無遠慮に差し込むその小屋でセキはただただ風に揺れる蝋燭の炎を見つめている。

 ふいに近づいてくる足音に気が付くと開けたままの入口に視線を向ける。

 そこには少女二種ふたりとその少女に抱えられたカグツチの姿が見える。


「カグ……ツチ……お前……」

 

 カグツチがいないことすらセキは気が付いていなかった。

 余計なことを、と言いたげなセキの言葉を遮るようにカグツチが言葉を放つ。


「我はお主のことを頼まれておるからの。これ以上心配をかけるようなことになればあやつに合わせる顔がない。まぁもう会うことはできんのだがの」


 自分セキだけに通じるような言い回しに言葉を挟む余地を見出せずばつが悪いかのように視線を外す。


「あの……触りだけだけど……話聞いたよ……? カグヤお姉ちゃんのことも……」


 エステルが俯き加減に先ほどの内容に触れる。


「カグツチが何を言ったかは予想がつくけど……でも違うんだよ……おれがもっと強ければ姉さんは……いや、おれなんて庇わなければ……」


 椅子から立ち上がり過去の自分を責めるように苦渋の表情を見せ、その手が乱雑に髪を搔きむしる。


「あの……先ほどはわたしも冷静さを失っていました……だからカグツチ様が仰ることが本当ならば貴方が口を閉ざす理由としては十分なこともわかります……あの……それで……少しだけ……その宝石を見せてもらってよいでしょうか……?」


 ルリーテの言葉にセキは無言で木円卓テーブルに置いていた真紅の宝石を手に取る。


「逆だよ……これを見ることできっとわかるよ……何も語り掛けることがない宝石がどういう意味を持っているかを……」


 セキが宝石を持った手を差し出すとルリーテは一歩前に出て皮手袋グローブで包まれた両手で優しく宝石を受け取る。

 エステルも隣に寄り添い二種ふたりはその宝石に目を向ける。


「――――――っ!!」


 二種ふたりはこの美しさを形容する術を持っていなかった。

 その吸い込まれるような澄んだ真紅の宝石は、ただそこにあるだけで威圧されるような存在感と同時に温もりさえ感じるような柔らかな光を放っている。

 だが。


「――え?」


 エステルとルリーテはおろか、目の前で見ていたセキでさえ同時に声を上げる。

 宝石が放っていた優しい温もりがじょじょに眩い光を力強く放ち始めたからである。

 その光の波動に目を奪われながら、部屋の中では静寂という名の時が刻まれていく。

 威圧感の一切はなく、温もりさえ感じ取れるような真紅の波動はルリーテを優しく抱擁するかのようにその形を変えている。

 その幻想的な光景に唖然として言葉を失う一同。

 その光景も長く続くことはなく、光は徐々に収まりを見せその全ての輝きが全て失われたその時。


 真紅の宝石は音を立てることもなく――灰の塊と化していた。

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