第42話 死結晶の意味
声の主の姿を確認した
探求士であり精霊との契約すらまだ行っていない
特に神話や歴史を重んじるルリーテに取っては崇めてもおかしくない相手である。
「こんな紹介になってすまんの。我はカグツチ。セキの精霊? のようなものと思ってくれてよいかの」
その言葉に茫然としていたルリーテが喉を震わせながら質問を投げる。
「せ……精獣様ということですか……? 喋れるなんて……」
ルリーテが信じられないものを見ているかのように目を見開く。
「あ、あの……ここじゃ寒いでしょうし、わたしたちの小屋に……汚いですが……」
ルリーテと共に意表を突かれたエステルがカグツチに提案を投げる。
「うむ、落ち着いた場所のほうがお主らにとっても都合がよいだろうしの。場所を変えるとしようかの」
カグツチが
「し、失礼でなければ
「お? それは助かるの」
やがてカグツチに飲み物を差し出すとルリーテも
「ふぅ……美味いの」
「あ……ありがとうございます」
カグツチの言葉に軽い会釈を返し、再度お互いの表情を見合った後、ゆっくりとカグツチがその口を開く。
「もったいぶる言い方は好きではないからの。事実をそのまま伝えさせてもらうかの」
カグツチの小さな牙の生えた口元に
「あの真紅の宝石はカグヤそのものだの。カグヤが死んだ際の死結晶――ようするにカグヤの左眼がさっきの宝石ということだの」
だが、この場を嘘で取り繕う意味もないことを察した彼女はそれでもカグツチの話を遮るようなことはせず、
「数年前かの。カグヤやセキ……それにあやつらの村の実力者が束になってもなお届かない。そんな魔獣との戦闘があった」
「結果的に言えば討伐はできんかったの。追い払うだけで精一杯というところかの……」
カグツチは
「困難を極めた戦闘だったからの。魔獣に傷を負わせはするものの、こちらも次々に魔獣の爪にかかり、最後まで立っていたのはセキとカグヤだけだった……」
夜の静寂に包み込まれる中で
「どちらも限界が近い中でセキは差し違える覚悟で魔獣に挑んだがの……最後の攻防でセキに向けられた爪をカグヤはその身で受け止めた。その際に魔獣の片目もつぶしたことで魔獣はその場を去ったがの。魔獣の渾身の一撃をその身で受けた代償にカグヤはそこで息絶えることとなった……」
「セキを庇って……?」
エステルの言葉にカグツチは目を瞑りながら静かに頷く。
「な、ならば……それは別に殺したわけでは……! なぜあの
カグツチは目を開きルリーテと視線を交わす。
「あやつにとっては一緒なんだろうの。自分を庇ったことでカグヤは死んだんだからの。だから……あやつはずっと自分を責め続けておる。最愛の姉を守れなかったことも。それを叶えられなかった自分の弱さも。全てが許せないんだの」
改めてその小さな瞳でルリーテを見据えると。
「お主は死結晶を知ってそうだったの」
ルリーテは視線を落としながら問いかけに答える。
「はい……見たことがありますので……
ルリーテの目にははっきりと怒りが滲み出ている。
その姿をエステルは寂しげな影を目に宿らせながら黙って見つめ何も言葉を発することをしなかった。
「すまんの。何か訳ありだったようだが、濁結晶と純結晶の存在も知っているなら話が早い。お主、純結晶は見たことないと思うのだがあってるかの?」
「はい……」
『死結晶』とは死んだ
そして『濁結晶』と『純結晶』とは死結晶の分類である。
無念の内に死んだ、または恨みをもって死んだ場合、その瞳は濁り濁結晶となる。
逆に誰かを思い誰かのために死んだなら、その瞳は濁ることもなく純結晶となり、濁結晶とは比べ物にならない強力な魔力源となる。
魔力が濁った濁結晶でさえ、あまりにも強力なため心無き略奪者たちの的となり、現在
また
「セキの精霊扱いである我がこれ以上言うてもの……説得力がないからの」
「あ、そんな精獣様を疑うようなことはルリだって……」
「そ、その通りです……が……」
「いや……我は平気で嘘を語ることができるからの。まぁ何よりさっきは頭に血が上ってしまったのもあるだろうしの。もう一度……あの宝石をしっかりと見てやってくれんかの? 濁っているかどうか」
カグツチの言葉に力強く頷く
(判別がつくかどうか……わからなければ
「あやつがはっきり言わんのも悪いがまぁ聞いてた限り、はっきり言うてもあのこじれ方ではどちらにせよ、と言ったところかの。あやつの間の悪さも目も当てられんしの」
呆れ気味にカグツチは意地悪い目を向ける。
「え、えっと……ふ、普段はこんなに暴走するタイプじゃないんですけど……今はちょうど色々重なってて……うん、間が悪いのかもしれなかったです……」
カグツチの言葉に肩を落とすルリーテのフォローのためにエステルが乗り出すが、あまり効果はなかったようだ。
「ふふふっ……
不謹慎ながらもセキの間の悪さとこの状況にカグツチは微笑を浮かべている。
「おっとすまんの……糸が解ければなんてことはない。ただ……カグヤにもう一度会わせてやれんですまんの。こんな形ではなくちゃんとセキはお主に伝えたかったはずだしの」
「は、はい……カグヤお姉ちゃんはほんとに……ほんとのお姉ちゃんみたいに甘えさせてもらったので……だから少しでも成長したわたしを見てほしかったって思いは……あります……」
カグツチの言葉に涙が込み上げながらも流すことなく、自身の想いを口にするエステル。
「そうですね……今の話を聞いて
自身の皮手袋を付けた手を眺めながら静かに呟く。
「ふむ……それではまずはもう一度宝石を見てもらうとするかの。その話もセキを交えたほうがきっと良いだろうしの」
カグツチは残りの飲み物を飲み干すと改めて
「はい……そうしようと思います」
「そうなれれば……よいですが……」
◇◆
扉は開け放たれたまま。
夜風が無遠慮に差し込むその小屋でセキはただただ風に揺れる蝋燭の炎を見つめている。
ふいに近づいてくる足音に気が付くと開けたままの入口に視線を向ける。
そこには少女
「カグ……ツチ……お前……」
カグツチがいないことすらセキは気が付いていなかった。
余計なことを、と言いたげなセキの言葉を遮るようにカグツチが言葉を放つ。
「我はお主のことを頼まれておるからの。これ以上心配をかけるようなことになればあやつに合わせる顔がない。まぁもう会うことはできんのだがの」
「あの……触りだけだけど……話聞いたよ……? カグヤお姉ちゃんのことも……」
エステルが俯き加減に先ほどの内容に触れる。
「カグツチが何を言ったかは予想がつくけど……でも違うんだよ……おれがもっと強ければ姉さんは……いや、おれなんて庇わなければ……」
椅子から立ち上がり過去の自分を責めるように苦渋の表情を見せ、その手が乱雑に髪を搔きむしる。
「あの……先ほどは
ルリーテの言葉にセキは無言で
「逆だよ……これを見ることできっとわかるよ……何も語り掛けることがない宝石がどういう意味を持っているかを……」
セキが宝石を持った手を差し出すとルリーテは一歩前に出て
エステルも隣に寄り添い
「――――――っ!!」
その吸い込まれるような澄んだ真紅の宝石は、ただそこにあるだけで威圧されるような存在感と同時に温もりさえ感じるような柔らかな光を放っている。
だが。
「――え?」
エステルとルリーテはおろか、目の前で見ていたセキでさえ同時に声を上げる。
宝石が放っていた優しい温もりがじょじょに眩い光を力強く放ち始めたからである。
その光の波動に目を奪われながら、部屋の中では静寂という名の時が刻まれていく。
威圧感の一切はなく、温もりさえ感じ取れるような真紅の波動はルリーテを優しく抱擁するかのようにその形を変えている。
その幻想的な光景に唖然として言葉を失う一同。
その光景も長く続くことはなく、光は徐々に収まりを見せその全ての輝きが全て失われたその時。
真紅の宝石は音を立てることもなく――灰の塊と化していた。
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