第41話 重なる疑惑

「でも……無事に再会できてよかったかな……」


 セキは借りた小屋に入ると大きく息を吐きながら呟く。

 小屋の窓際に配置してある二種ふたり掛けの木円卓テーブルへ向かうと全身を脱力したかのように椅子に腰かける。


「状況は聞いてて愉快だったがの。順番は逆にせよエステルと出会えて何よりだの」


 衣嚢ポケットから抜け出したカグツチが木円卓テーブルに降り立ち、椅子にもたれ掛かり天井を見上げるセキに語り掛ける。


「うん……ほんとに……会えてよかった……これで姉さんとの約束守れるから……」


 セキは上体を起こすと腰に付けた布袋から煙木タバコと共に真紅に輝く宝石を取り出す。

 その宝石は東大陸ヒュートに向かう際にカグツチの魔力を封じた宝石と同様の輝きを放っている。

 セキの手の平から微かな炎が揺らめき煙木タバコに火をつけ、そのまま木円卓テーブル中央に配置されていた蝋燭の灯りを灯す。

 ゆらゆらとセキの影が壁に映し出される中、宝石を木円卓テーブルにそっと置く。


「姉さん。エステルはとっても元気そうだったよ……だから安心して……おれが姉さんの分まで……」


 言いかけてそのまま唇を噛みしめる。


「おれが……姉さんの代わりなんて――なんで……なんであの時……」


 煙木タバコを摘まんでいた右手が知らず知らずのうちに強く握りしめられていく。


「セキ……過ぎたことを悔やむなとは言えん……だが、カグヤはお主だからこそ――」

「止めてくれ。もうわかりきってることなんだよ。この宝石はおれに何も語り掛けることなんてなかったんだからな。それにお前の力だって姉さんならもっと――ずっと上手く使いこなしていたはずなんだよ……!!」


 歪んだ顔を覆い隠すようにセキは自身の手の平を額に押し付ける。その手は声にできない嘆きを代弁するかのようにセキの前髪を掻きむしっている。


(安心しろ……カグヤ。そしてヒノ……こやつは必ずお主らの真意を分かってくれるからの……だから今は少しだけ弱音を吐くセキを見守ってやってほしいかの……)


 その姿にカグツチは口を出すことはない。

 一匹の竜と揺らめく蝋燭の灯りだけがセキを静かに見守っていた。



◇◆


 その頃、隣の小屋ではエステルによる説得が繰り広げられていた。


「だ~か~ら~! セキはエディットさんを勧誘しに来たわけじゃないっていうのは本種ほんにんが言ってたって言ってるでしょ!」

「どこまで信用して良いのかわかりかねますね。そもそもワッツ自身ではなく代理でエディット様を探して伝言なんて何様のつもりなんですか?」

「う~だからそれはワッツさんたちであって、セキはただ伝言? でいいのかな……とにかくそれを伝えるだけなんだから、セキに怒ってもしょうがないでしょ? たしかに本種ほんにんにまず伝えたいことっていうのはわたしも気になるけど、大事なことかもしれないんだしさ……」 


 普段の言い争いはどちらかと言えば無茶を言うエステルをルリーテが窘めることが多い。だが、今回に限っては逆であり、ルリーテの強情さが全面に押し出されており説得は難航を極めていた。


「でも……ルリがそこまでエディットさんのことを真剣に考えてくれてるのは正直うれしいかな……」

「そ、それは当たり前です……本来、眩いほどの笑顔を持つエディット様があんなに苦しんでいたんですから……だからわたしたちが迎える時に余計な心配事を増やすのが……」

「うん……言いたいことは分かるし無理強いはしたくない……でもセキだって同じくらい暖かくて優しい笑顔で笑いかけてくれるんだよ?」


 エステルは手を差し伸べてくれたセキの表情を忘れたことなど一度たりともない。そしてそれは言わずともルリーテに届いていた。

 椅子に腰かけながら視線が定まらないルリーテ。エステルは両手を膝に置き、視線を揺らすことなく真っすぐにルリーテを見つめている。

 そんな無言の重圧に耐えられなくなったのか、ルリーテがエステルに視線を向ける。


「わ……分かりました……伝言の内容は言えないのであれば経緯を確認するくらいなら……いいでしょう……話を聞きます……」

「ふふっ……想像以上に強情だったけど、まずは向き合ってくれる決心をしてくれてうれしいかな。それじゃ明日ちょっとお話してみよ?」

「いえ、今が良いです。胸のモヤモヤで明日まで待てません……」

「う、うん……行動が早いのはうれしいかな……」


 腹を据えたルリーテの圧力にわずかに身動ぐエステルだが、説得の手応えを感じつつ立ち上がる。


「隣の小屋をとってるって言ってたから軽く話をしにいこう!」

「まぁわたしが納得できるかは別問題ですが……」

「も~!」


 まだ少し頬を膨らませ気味のルリーテを小屋から連れ出すエステル。

 隣の小屋の窓から微かに蝋燭の灯が見えたことを確認するとルリーテの手を取り向かっていく。



◇◆

 扉を叩く音で我に返るセキ。

 部屋を見渡していると再度扉を叩く音とエステルの声が届く。


「セキ……明かりがついてるからまだ起きてるかなって思って……ルリを連れてきたから話してもいいかな?」

「あ……ああっ! もちろん構わないよ!」


 沈んでいた気持ちに蓋をして何事もなかったかのように振舞う。だが、突然の訪問に気を取られ木円卓テーブルに置いた真紅の宝石をそのままに、扉を開けて二種ふたりを迎えることとなる。


「えーっと誤解を解かせてもらえる機会を与えてもらったと思えばいいのかな……?」

「う~ん……そうなるといいんだけど……」

「誤解かどうかは話をさせて頂ければわかります。こちらでお話をさせて頂きます」


 まだ鋭い視線を向けるルリーテが部屋の中へと足を踏み入れる。

 そして蝋燭の炎に照らされた美しい宝石が目に止まる。と同時にルリーテの足も凍ったように静止する。


「わっ! ルリいきなり止まってどうしたの?」


 急に立ち止まったルリーテの後頭部に鼻をぶつけそうになったエステルが声をかけるが彼女は立ち止まったままだ。


「その……宝石は貴方のものですか……?」


 唐突にルリーテがセキに質問を投げかける。

 先ほどまでの突き放す物言いとは違った冷徹な声色トーンが部屋に響く。

 その言葉にセキは身体が強張りつつも。


「あ、うん……そうだね……」


 声を振り絞るように返事をするセキ。


「買ったのですか……? それとも……のですか……?」

「あ……そ、それは……」


 突然の質問として失礼極まりない物言いだが、その言葉を聞いたセキは口を開くも言葉が喉に詰り答えが返せない。

 そして答えを返せないセキに対して全てを察したかのように一瞬視線を向けた後、振り返り部屋の扉に向かって歩き出す。


「沈黙が回答ということですよね? やはりわたしの考えのほうが正しいということが証明されましたよ。エステル様」


 そう言い残して部屋を後にする。

 またもや状況が把握できずに困惑するエステル。ルリーテの言葉に表情を歪めるセキを心配しつつも追いかけないわけにはいかず共に部屋を後にすることとなる。

 一種ひとり残されたセキがふらふらと椅子に腰かけうな垂れながらポツリと呟いた。


「ははっ……これをわかるひとがいるなんてなぁ……ああ……やっぱりおれが生き残るべきじゃなかったんだ……」



◇◆

「ルリ! ちょっとまって……!!」


 足早に部屋を立ち去ったルリーテの腕を掴んで引き留める。


「ちょ……ちょっとどういうことなの! もう次から次にわからないよ……!」


 セキへの態度に頭にきたエステルが口調を荒げてルリーテに問いただす。

 その口調に怯むことなくルリーテは冷ややかな表情で口を開く。


「エステル様がわからないのも無理はありません。あの男もわたしが知ってるなんて想定外だったのではないでしょうか?」

「――え? 気が付くって宝石のこと……?」

「はい、そうです……あれは天然結晶ではありませんよ……」


 手を掴まれたまま前を見つめていたルリーテがエステルに向き直る。

 その瞳はエステルが今まで見たこともないような冷ややかさを持ち温かみを感じさせない。


「あの宝石は石精種ジュピアの死結晶です」


 その言葉に力が抜けたのかエステルは掴んでいた手を放す。

 高まる鼓動を必死に抑えながらルリーテに問いかける。


「そ、それって……死んだ石精種ジュピアの瞳から生成されるもの……だよね……?」

「はい。滅多にお目にかかれる代物ではありません。わかりますか? あの男が殺した石精種ジュピアから奪ったものということですよ」

「で、でも買ったのかもしれないし……」

「はい、その可能性は否定できませんでした。ですが、あの男はわたしの質問に戸惑うだけでした。それ相応に罪悪感でも持っていたのでしょうか。買ったと嘘さえ吐けずにただ狼狽えるだけのみっともない姿を曝け出していましたね」


 エディットの時、いやそれ以上の怒りに包まれているルリーテ。

 石精種ジュピアの死結晶は見たこともないエステルだが、現状手に入れられるような状況ではないということは理解している。あまりに唐突なこの状況と的を射ているルリーテの言葉に反論すらできない状況である。

 ――だが。


「で、でも……セキがそんなことするわけない……! きっと事情があって!!」


 反論できないエステルの足搔きとも言える言葉が夜の闇に響く。

 だが、その言葉は二種ふたりにとって思いもしない形で遮られることとなる。


あるじが取り乱してすまんの。我から二種ふたりに話をしたいのだが構わんかの?」


 突然の声に回りを確認する二種ふたりだが、種影ひとかげは見当たらない。


「とりあえず落ち着いて話をさせてほしいかの……」


 再度響く声に二種ふたりは足元へゆっくりと視線を向けたその先に――後ろ足で立つトカゲの姿があった。

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