第40話 束の間の幸せ

「お、驚きました……てっきり南大陸バルバトスにいるとばかり……」

「うん、おれも驚いた。こんなにすんなり会えるとは思ってもいなかったから……」

(あれ……でもこれは運命ってことじゃないか?)


 二種ふたりはクエスト紹介所を後にし、賑やかな道から離れた比較的種混ひとごみの少ない通路を並んで歩いていた。


「さっきはすいません。セキさんがほ……ほんとに覚えててくれたことがうれしくてつい……」


 頬を赤らめ俯き加減に語り掛けるエステル。

 その前の好き放題に切り刻まれた後に丁寧に塩を塗り込まれた心の傷は完治はおろか『なかった』こととしてセキの心は整理を始めている。


(ああ……なんだこれ……めちゃくちゃ可愛いんですけど……はぁ……もうこんなん世界の幸せを集約したようなもんじゃん……いや、むしろ幸せという定義がおれ自身だと言ってもいいんじゃ……)


「ははっ! おれもエステルが覚えててくれてうれしいよ! で……でも、どうしたの? 昔みたいに「セキ~」で……いいんだよ? 言葉使いだってそんな、た……他種行儀たにんぎょうぎな感じでなくてもね?」


 セキは努めて明るく、かつ年上の振る舞いを見せようとしているが、そんな器量は持ち合わせておらず表情は固まっており、ひねり出す言葉も詰まり詰まりで余裕が一切感じられるものではない。


「――え……! あ、なんだかひさりぶりなのでつい……」

「うん、ちょっとずつ昔のように慣れてくれれば何も問題ないよ……!」


 二種ふたりはぎこちないながらも、あの頃の話を振り返りながらじょじょに打ち解けてゆく。

 エステル自身、あの幼き日の約束を胸に切磋琢磨してきたが、いざ本種ほんにんがこのような形で約束を守ってくれたことに興奮を抑えきれず、気分は高揚していくばかりである。

 セキはというとここまで自分との再会を素直に喜んでくれる彼女の姿が眩く直視できない。

 すでにカグツチとの色気のない旅は色褪せており、これから始まるであろうこの光の化身ともいうべきエステルとの旅を想像しただけで胸が張り裂けそうになる事態となっていた。


「あ、そうだ! カグヤお姉ちゃんはやっぱり南大陸バルバトスで待ってるのかな? ふふっ……早く会いたいなぁ……」


 ふいにエステルから漏れた言葉にセキの高まっていた気分が一瞬にして冷めていく。


「あ……うん……その……ね、姉さんのことは後で話すよ……す、少し長くなるから……」


 セキの表情に影が差す。浮かれ気分のエステルもその影を見逃すことはない。だがそのことについて必要以上に追求する気も今はなかった。


「うん! わかった、それにわたしも紹介したい子がいてね? ルリって言うんだけど……あぁあーー!!」



◇◆

「ごめん! ルリのことをすっかり忘れてて……」

「いやー時間を忘れるとはこのことだね……もうすっかり暗いし……」


 二種ふたりはエステルたちが宿泊している宿に向かって走り出していた。

 元々クエストを確認するために出かけていたルリーテを探しにクエスト紹介所に顔を出したのだ。

 普段であれば、夕食の準備をする時間に差し掛かっていた。


「ルリもびっくりするだろうし、ちょっと先に事情を説明してくるね?」

「ん、了解。たしかに突然すぎて驚かせちゃうよね……」


 エステルが宿の扉を開けて中へ入っていく。

 セキはステアの「でもルリちゃんもとっても可愛いからセキくん両手に花じゃない?」、この言葉を思い出し勝手に一種ひとりで悶えている。


「ルリ! ごめん遅くなっちゃって……」


 小屋に入ったエステルが食事の準備中のルリーテに声をかける。


「少し心配でしたが杞憂に終わって何よりです。ですがやけに表情が明るいですがどうしましたか? エディット様が戻ってくるにもまだ早いでしょうし……」


 その言葉にエステルはまたも興奮気味に事情を説明する。

 説明を聞くにつれてルリーテの表情も眩く輝き、エステルの恩種おんじんとの初めての対面に心を躍らせていることが手に取るようにわかる状態であった。


「心の準備をする時間を頂き感謝します。ですがこのような冷える夜にいつまでもお待たせするわけにもいきません。お迎えしましょう」

「うん、そうだね!」


 エステルが扉を開けて外で待つセキに手招きをする。

 セキが開けられた扉から顔を出すとそこには腰円套ウエストマントを両手で軽く持ち上げながら礼儀正しく頭を下げるルリーテの姿があった。


「お初にお目にかかります。わたしはエステル様と共に旅をさせて頂いているルリーテと申します。セキ様のお話はステア様からもエステル様からも聞かせて頂いています。まだまだ未熟者ですが、何卒宜しくお願い致します」

「あ、えっと……こちらこそ! おれもパーティは不慣れだからこれから一緒に慣れていきたいと思ってるからそんな必要以上にかしこまらなくても……なにはともあれよろしく!」

 

 という会話の後にルリーテがそっと顔を上げるとセキと視線が交差する。


(あ~エステルとの再会が上手くいきすぎてると思ったんだよ。なんだよ知ってたよ。もう少し幸せが続いてもいいだろう……)


 ルリーテの表情が見る見るうちに険しくなっていく。

 先ほどの事情を知らないエステルは二種ふたりのこの間に疑問を感じ双方の顔を交互に見ている状態である。


わたしの言ったことが通じなかったようですね? ワッツだけではなく貴方にも言ったつもりだったのですが?」

「ちょ……ちょっと待って! だからそれは誤解で……!」


 エステルの思考が追い付かぬままにルリーテの手によってセキは外に追い出されると勢いよく扉を閉められる。

 ルリーテの迫力の前にセキはただただ、立ち尽くす他ない状態であり、その瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。



◇◆

「ちょ、ちょっとルリ! どういうことか説明してよ!」

「はい、説明させて頂きます」


 我に返ったエステルがルリーテに問いかける。その言葉にルリーテはクエスト紹介所で起こった出来事を説明する。

 かなり私怨交じりではあるが、おおよその経緯はエステルに伝わっていた。


「セキがエディットさんを探してるのはわかったけど、理由がルリの言った通りかわからないしさ……ちょっと話をしてみようよ……もう一度決めると強情なのは相変わらずだよね……」

「理由はもうわかりきっていることですので。エステル様たちの恩種おんじんだとしてもエディット様を傷つけるような輩とはわたしはパーティを組みたくありません」


 冷たい目で言い放つルリーテだが、エステルも付き合いの長いルリーテの性格は分かっている。


「はぁ……ちょっとセキと話してくるからルリはここにいてね……」


 そういいながらエステルは扉を開き外へ出るとセキの姿を探す。

 すると宿と宿の間に植えられた大樹の根本で気概なく座りこむセキの姿を見つける。


「セキ……いきなりなんかごめん……」


 謝罪の言葉を口にしながら小走りに駆け寄る。


「ワッツが何をしたのか分からないけど、怒りはすごい伝わってきたよ……」

「あ、その実はね……」


 エステルはワッツパーティと探しびとエディットの現状をセキに打ち明ける。

 その説明を聞いたセキは「だから突き放したんだ……」あの時のワッツの言葉を思い出す。


「だから……そのセキの用事っていうのは何なのかなって……」


 エステルが不安そうにセキに問いかける。


「あ、えっと……隠したいわけじゃないんだけど、エディットさんにまずは伝えたいことなんだよね……でもエステルやルリーテさんが言うような再勧誘みたいなことじゃないんだ……」


 セキは現状で口にできる範囲のことをエステルに説明する。

 全てを話せば誤解は解きやすいかもしれないが、今の状態で話して信用してもらえるかは定かではない上に何より一種ひとりの探求士の最後の願いだ。おいそれと口にするものではない、セキは自身でそう決めている。


「今のおれの説明というか大事な部分を隠してるのも怪しいよね……十年振りでいきなりこんな状態でごめん……」


 セキがしおらしく謝罪の言葉を口にすると。


「ううん、セキが今そこまでしか話せないならそれでいいよ……? ルリが勘違いしてることはたしかなんだし、セキがエディットさんに変なことするなんて考えられないし……」


 十年振りの再会でもここまで揺るぎない信頼があるのはひとえにあの時の少年であったセキの言葉と行動。そして今も約束を違えずに守ってくれたセキの行動あればこそである。


(でもこれを伝えることはエディットさんを傷つけてしまうかもしれないな……でもやっぱり知る権利が彼女にはある)


「ほんと……ほんとにありがとう……」

「ふふっ……エディットさんが帰ってくるまでもう少し時間があるし、この後ルリにはわたしからもう一度話してみるから」

「それは助かる……はぁ前途多難だなぁ……えっととりあえず側にいるようにはしたいから、この隣の小屋って空きだよね? ここの小屋を取っておくようにするよ……」

「うん、こっちこそせっかく来てくれたのに……ごめんね……」


 セキは立ち上がると、気にする必要はない、と言わんばかりにエステルの頭を優しく撫でる。


「それじゃちょっと宿の受付に行ってくるから……説得というか話も焦らないでいいからね? 会えたことだし時間をかければ……たぶん……」

「ん~ルリ頑固だから……時間かかるかもだけど、ちゃんとセキと話はできるようにするから!」


 二種ふたりはそういいながら別れるとエステルはルリーテの待つ小屋へ戻り、セキはその足で宿の受付へと向かっていった。

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