第217話 お墨付き

「期間契約なんていいから誘っちゃおうよぉ~……」


 さらに翌日。

 禍獣討伐の報酬の一環として、ギルド本体所属の癒術士による治療を受ける日である。

 グレッグは朝食とエディットの治療を受けた後、自身の宿に戻っているため、この場にはいない。

 そんな治療へ向かう前のひと時に広間で木円卓テーブルを囲む四種よにんの姿があった。


「お誘いするのは賛成です……が、仲間を失ったことで探求士を引退される方も少なくないと聞きます。わたしの目から見る限りそのような雰囲気はありませんが……」


「あたしたちが見てる分には……ですが、失ったという孤独は一種ひとりになった時に突然実感したりしますので……」


 あの出来事を体験したエステルたち、そうではないセキ。

 誘うという点では同じ方角を向くも、機会タイミングの測り方に違いがある。


 逆を言えば、悲しみを共に飲み明かすことで薄める。という体験をしたセキは、すでに時間を置くことに僅かながらも、もどかしさを感じていたのだ。


 職や実力は話の流れで聞き及ぶ程度の理解。

 それでもグレッグ本種の戦闘も見ずに言うあたり、夜通し飲み明かした思い出は、ひと付き合いの浅いセキにとって貴重な経験として刻まれたということでもあるのだろう。


「う~ん……わたしもセキの気持ちの通りではあるんだけど……大切な仲間を失って……すぐ……って気持ちもある。だから……気持ちは伝えて、期間の最終日に、返事をもらえたらって思ってる」


「それなら賛成ですね。催促に聞こえないよう配慮は必要でしょうが」


「そうですね~っ。最終日に加入する、しない――ではなく、しばらく時間を置きたいっていう返事でもいいわけですし。それに、少なくともあたしたちはこれからの旅を一緒にしたい! ――という想いがあることは伝えておきたいですのでっ――………………テノンさんのお墨付きですし……」


 かと言って、セキもエステルたちの気持ちが分からないわけではない。

 いや――そもそもがセキ自身もエステルたちと同様の考えの元、あの時、席を立とうとしたのだから。

 そんな中で種族の特性上、エディットが、最後にぽつりと呟いた一言は誰かに聞かせる声量ボリュームでもなく、静かに雑談の波にさらわれていった。



◇◆

 エステルたちは治療を受けるため、クエスト紹介所に併設されている医療施設へ足を運んでいた。

 見慣れぬ魔具が据えられた白を基調とした格式高い空間に物怖じする気持ちはあったが、一同の緊張とは裏腹なギルド側の物腰柔らかな姿勢にいつしか緊張も解れていた。

 慣れてくればエディットは治療技術に対しての貪欲さを発揮し始め、たびたび質問をしては知識の泉に注ぐ姿が見受けられていた。


 グレッグも合流しており、同様の治療を受けているが、別の意味で関心を寄せている。

 治療を受けながら、改めてエディットの詩の効果――有効性を実感していたのだ。


「ありがたいお言葉ですねっ! ですが、腕が斬られただけで、残っていたのが幸いではありましたね……」


「ん? どういうこった? 詩のほうも『再生グラティア』と同等の効果なんだろ?」


 エディットの言葉に疑問を覚えたグレッグが素直に問いかけた。

 グレッグは治癒の詩じたいは知っており、実際に何度も受けた経験もある。

 だが、癒術士視点として考えたことはなく、あくまでも受け手の視点として、だ。


「はい。その通りなのですが、『癒しラティア』と『再生グラティア』の違いってご存じでしょうか?」


「詩持ちとは何度かクエストの経験はあるが、そこまで考えちゃいなかったな……だが詩通りなら……」


 グレッグは顎を擦りながらアテを探る。

 経験と詩の意味を吟味していると、

 

「そうです。例えばあたしの今回の傷ですが、切られたまま『癒しラティア』を施した場合、傷口が『塞がり』ます」


「ですが、『再生グラティア』を施した場合、傷口は塞がるのではなく、元の腕を『再生』するんです」


 添え木を施した腕を指で示す。

 エステルとルリーテが進行形で治療を受けているが、意識はエディットの説明に向いているようだ。


「傷口が塞がるのは今回の例で言えば『指先まで再生を終えた』時になるんです。しかも……徐々に再生していくんです」


 説明にを作り、聞き手であるグレッグの楽観的な思考へ圧力をかける。


「傷を塞ぐ時と違って再生の速度なんて一日でほんの僅かなので……再生に掛かる期間は、肘から先だとしても……上位の術士の方が付きっきりで半年以上。通常は一年以上になります。治療の際は自分の魔力も莫大に消費するので、戦いなんてとてもではないですが、できません」


 お金コバルの有無だけではない。

 説明を嚙砕くに至ったグレッグの本音である。

 その視点で見れば気が付くであろう事実。

 歴戦の探求士の中でも、失った部位をそのままにしている者も少なからず存在する。

 それは治療に掛かる時間――言わば探求士として活動できる時間との天秤を揺らした結果でもある、と。


「活動できない期間が長くなればなるほど復帰も致命的になります。ならばこのままで、と考える方もいますね。例外もありますがあくまでも例外なので……」


「知らねえことばっかりだが……できればその例外も聞いておきてえ所だな」


 天秤の釣り合いは他者が測ることはできない。

 そう告げるようにやや視線を落とす。

 だが、消化不良な言葉尻をグレッグは見逃すことはなかった。


「他の方から譲り受けるんです。類似属性――あたしなら同系統の『炎』の魔道管を持つ方から『腕』を譲り受けるということです」


 思考の隅を掠めていたのか、エディットの言葉にグレッグは浅く顎を引くに留まった。

 エディットは添え木を施した腕に視線を落とし、なお言葉を紡ぐ。


「同じ系統でさえ上手く適合するかの賭けです。別の属性なんてとても……本種ほんにんの魔道管と腕の魔道管の接合で問題がでます」


 あくまでも例外。

 グレッグへ向け直した視線が念を押していることを理解すると、その無言の圧が喉に渇きを与えたのか。

 ごくり、と気休めの潤いを喉に与えた。


「『風』適正の魔道管に、『水』を付けようとすれば、滴り落ちる水によって風は舞うことができなくなります。または風が水を吹き飛ばす――ですね。同じように『土』に『火』なら土に覆われ火が消える。もしくは土を焼け焦がす――と言った具合ですね」


 魔術の利便性は改めて確認する必要はない。

 探求士と切り離すことはもはや不可能なのだから。

 だが、グレッグ自身、魔術の素養はあれど、目の前のエディットのように機微に目を向けることはなかった。


 一種ひとりで培ってきた経験が無駄となることはない。

 それは自信を持って言える。それだけの苦難も歩いてきた自負が己の胸に宿っているからだ。


 だが、一種ひとりだけではいずれ――


 グレッグはそんな想いを胸に抱いたのか、無意識に拳を握りしめた。

 しかし口を開くばかりで喉を震わせることはせず、少女たちの姿を改めて見つめ続けていた。

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