第91話 再生の緋炎

 チピの羽ばたきを見た瞬間だった。


 エディットの意識に直接語り掛ける声の主は、不死鳥フェリクス

 意識が外から内へと向けられた。



「お前たちに力を貸す。だが今はこれが精一杯のようだな……」

「〈アーラ 〉」

「〈 ウィグス〉」


「そしてこれこそが……私が不死鳥わたしたる由縁だ」

「〈 〉」


「これは私の力ではないので忘れるところであった……。これは私を顕現するに使った肉体魔力アトラより、発現した力。その者への感謝を忘れることなかれ」

「〈戦士ミヴェルス〉」


「お前の相棒と共にこの炎の翼にて羽ばたくがよい。そしてさらなる私の力を引き出してみよ……私の緋炎はお前と共にある。最後に私の力を顕現する詩を以って契約を祝福しよう」


「〈再生の緋炎よ 祝福と成れ〉」




「――ディ……――エディ……まだ契約中かな?」


「さっきのを見る限り何か伝え忘れそうなのが、僕はとてつもなく不安だよ……」


「ダイフクがダイフクなのかが気になるの。我もまさかダイフクの体を触媒にするとは思ってもいなかったからの……」


 意識が外へ向いたエディットが辺りを見回すと、肩を支えるセキ、目の前で眉をひそめるアドニス、そしてアドニスの手の上で自身の頭の上を見上げるカグツチの姿が飛び込んできた。


「――ッ!!」


 エディットはぼんやりとした意識を覚醒させるべく、咄嗟に首を振る。

 すると頭の上から何かが転げ落ちていった。

 地に落ちたその緋色の羽毛の丸いモノは、もそもそと立ち上がるとエディットを見上げた。


「――ピッ!」


 そこにいたのは、今は亡き相棒にとても似た緋色の毛を持つ鳥だ。

 だが、尾羽から連なる目玉模様の鱗はあまりにも不死鳥の特性を色濃く持ちすぎている。

 そして申し訳程度に額から伸びる冠羽。


不死鳥フェリクスさん……?」


『ピィ~?』


 エディットの言葉に首を傾げ、いや体ごと傾ける小鳥。


「チピ……?」


『チピィーー!!』


 小鳥は両羽を上げながら鳴く。

 そこへカグツチも地へ降りるとチピの前に立ち。


不死鳥あやつが喋れないだけか、それとも……うむ。『ダイフク』よ。調子はどうだ?」


『チ~……チッピィィィィ!!』


 その背に決して曲がることのない芯を通したように伸ばした体、翼を顔の横に添え偉大な指導者への敬礼かのごとくカグツチに敬意を示したその姿。


 その姿を見た衝撃はエディットの目元へ大粒の雫を作り出す。


「チピ~~~~……――」


 震える手がチピの体を優しく包み込み、幾筋もの涙の軌跡を刻む頬でその体を撫でた。

 カグツチも駆け寄り言葉ではなく、確かな抱擁の感触を以ってその喜びを震える全身で表している。

 

「生き返らせた……? いや……カグツチお前と同じ『半精霊』? 精霊化した……のか?」


 目の前で起きてなお、信じ難い出来事にセキは手に震えを覚えながらも懸命に口を動かした。


「完全な実体じゃない……きみの言う通りダイフクの実体と不死鳥の莫大な魔力で、半精霊として彼女と契約をしたんだ……不死鳥と言えど実体を生き返らせることはやっぱり不可能なんだ……。でも……カグツチの鱗を捧げる対象であるダイフクの実体があったことが幸いしたってことだね……」


 アドニスの経験からしても、瞠目に値する奇跡は緋色の小鳥から、視線を外すことを許さなかった。


「あの頃のまま、とは言わんが……これでエディの本当の相棒だの。まさに一蓮托生。焼き尽くしてやろうかと思ったがなかなかどうして粋な計らいだの……だが……セキ、すまん……お主の……」


 目尻を下げながら、主との再会を果たした小鳥を見守るカグツチ。

 だが、それ以上に憂いを帯びた表情をセキに向けた時。


「言わなくて――んや、謝らなくていい。なんとなく分かる。それに……この奇跡の代償なら安すぎるだろ……だから、ダイフクの新たな目覚めを喜ぼうっ!」


 セキはその言葉を遮り、今目の前で起きた事実を受け入れ盛大に祝福することを願っていた。


 小さき少女と相棒の小鳥を見守る一匹の竜。そして肩の力をこれでもかと言うほどに抜いた二種ふたりの青年が一斉に上げた咆哮とも言えるほどの魂の叫び。


 それは、奇しくも同じ刻に声を上げた者たちの歓喜の叫びと共鳴するかのように、長年静寂を刻んできた森に響き、染み入っていった。

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