第92話 降霊詩

「祝福精霊!?」


 契約を終えたセキたちはエステルたちの元へ戻っていた。

 そこで復活したチピを見たエステルたちが、またも歓喜の渦に飲み込まれることとなったのである。

 姿は以前と違いはあれど、悠々と羽ばたくチピの姿に誰もが涙を流し、エディットから事の顛末を告げられた時、揃えて喉を震わせたのだ。


 カグツチの存在は上手く端折って説明をしたため、これ以上の混乱を招くことは幸いにも回避できた。

 そしてエステルたちには落ち着いた時に改めて話をしよう、とセキとアドニスとも相談済であった。


「えと……そうなると思います……チピは不死鳥フェリクスさんの力をもらったので……」


 精霊は『加護精霊』、『三原精霊』、『祝福精霊』の順で強力な精霊と見なされている。『恩恵精霊』という祝福精霊と同格の存在もあるが、紛れもなく精霊の格として祝福精霊は最上位に位置しているのだ。


「じゃ――じゃあエディは『降霊詩』も詠むことができるの!?」


 エステルが興奮気味に尋ねた。

 『降霊詩』とは、三原精霊を含むそれ以上の精霊と契約している者が、精霊の力を顕現させる際に詠む詩である。

 加護精霊の場合は属性や精霊の特性をまだ持たないため、特に詠むことがない詩であり、ある種、到達点の証明とも言えるであろう。


 『降霊詩』は精霊の特性ごとに異なるため、自身の精霊を誇張または偽っていても、詠ませれば一発で証明することができる。

 三原精霊に分類される『三原の火サラマンダー』や祝福精霊に分類される『四大の土獣グノム』などは別の術者であっても、『降霊詩』は同じ詩となる。


「――は、はいっ。教えてもらいました!」

『チピピッ!!』


 南大陸バルバトスでは珍しい光景ではないが、エステルやキーマたちにとっては、降霊詩を扱う術者との交流など滅多にない以上、目を輝かせるな、というほうが無理である。

 そして何よりも見たことがあったとしても、三原精霊の降霊であり祝福精霊の降霊を見たことなどないのだ。


 唯一アドニスのパートナーであるナディアはアドニス自身の降霊を見ていることもあり、ある意味経験者ではあるが、不死鳥フェリクスという伝承の産物とも思われていた降霊を、こんな辺境の地で見ることができるという興奮に鼻息を荒げていた。


「ダイフクも目覚めたばかりで疲れてるかもだけど……わたし見たい……」


「疲れをとってから、と言いたいのですが……見てからでないとわたしも食事の用意に集中できません……」


「幸いわたくしたち以外ここにいない以上、むしろ都合が良いと考えるべきですわっ!」


「うん! 俺も見たい!! もう自慢できるどころの話じゃないよこれは!! 俺は伝説が作られる場に立ち会ってるのかもしれない……」


「チピちゃ~ん……ご主人様と共にある姿を私も見たいさね~!」


 断れる雰囲気ではないこの状況である。

 だが、エディットもむしろ早く試したくてしょうがない、と体を疼かせているというのが本音であった。


「僕も見たいなぁ……」


 さらにアドニスもぽつりと呟く。同格以上の精霊と契約していようとも、不死鳥フェリクスという存在自体が稀有な精霊を前に、アドニスも興奮を隠しきることができないのだ。

 隣に佇むセキから、お前が言うの……? と白い目を向けられ、額から汗を流す姿はとても新鮮なものであり、珍しく反論を口にすることはなかった。


「えとそしたら……一個だけ試したい詩もあるので……ちょっとだけ降霊してもいいですか……ほんとは落ち着いてからのほうがいいんでしょうけど、あたしももしかしたら……っていう思いがあって……」


 声援を受けエディットが希望を告げると一同が頷き、親指を立てて後押しを計る。


「うん! もちろんOK! 術も一個やりたいならおれとアドニスが前に立つよ。他のみんなは一応後ろに下がっててくれる?」


 セキの言葉にエステルたちは離れ、太い幹に半身を隠しながら見守る態勢を整える。

 セキとアドニスはその場に留まったエディットの前に立ち、深呼吸を続けるエディットを見つめ、その頭の上ではチピが凛々しい表情で鎮座していた。

 エディットが心の整理を付けていく一方で、それを見守るエステルたちは、自身の鼓動が高鳴っていくことを感じている。

 セキとアドニスは脱力したまま自然体でその姿を眺めていると、ふいにエディットが思い切り息を吸い込んだ。



「行くよっ! チピ!! 〈再生の緋炎よ 祝福と成れ〉」



 エディットの詩をきっかけに、チピの体から緋色の炎が巻き上がる。

 巻き上がった炎は、その勢いと共にエディットを包み込んだ。

 さらに渦巻いた炎が眩く輝きを放つと共に炎の羽が舞い上がった。


 先に見た不死鳥フェリクスの姿そのものが顕現され、エディットの背後でその嘶きと共に炎の羽を大きく広げたのだ。


『チピィーーーー!!』


 その羽ばたきは熱と共に何か優しい温もりを届けるように、エステルたちの体を包み込んだように感じた。


 翼を広げた不死鳥フェリクスは誰の目にもはっきりと映り、それだけでも魔力濃度の高さが伝わってくる。

 そして、一度はっきりと顕現した後、エディットの体に吸収されるように色を失っていくと、その場には瞳を閉じたエディットだけが立っていた。

 不死鳥フェリクスの姿を成したチピの姿はなく、エディットの脳裏に喜びを告げる鳴き声が響き渡っている。

 半精霊と化したチピは今まさにエディットと共にあるのだ。


「――お……おぉぉぉっ!! これが祝福精霊の降霊!? すごい! すごいよエディ! わたしにもはっきりと不死鳥フェリクスの姿が見えたよ!!」


 全員が木の陰から飛び出し、真っ先にエステルが目を見開きながらその感動を唇に乗せた。

 ドライに至ってはあまりの感動からか、膝をついて祈るように両手を組み、エディットを崇めている姿が印象的である。


「神々しいとはまさにこのことだね……でも鳴き声までダイフクのままだとは思わなかったよ……」


「うん。もっと猛々しい咆哮でもあげるかと思ってた。でも実物のほうもがっかりさせてくれたからこれでよかったのかも?」


 セキとアドニスは歓声を上げるエステルたちをよそに、素直な感想を口にしている。それは他の者には聞こえない配慮を備えた囁き声であった。


「あっ――ありがとうございます!! チピもすっごい喜んでいるようでさっきから頭の中で鳴いてばかりです……! あの……それで一個だけ……試してもいいですか?」


 エディットが向日葵の笑みをエステルたちへ向けた後、セキとアドニスへおずおずと要望を投げる。


「もちろんさ。それなら僕が受けよう。セキは……ね?」


「ん~。すまん。甘えさせてもらっていいか?」


 アドニスの言葉にセキは閉じては開く手を眺めながら、それを受け入れていた。

 セキがエステルたちの元へ足を向け歩いているが、キーマもといキーマの背後をちらちらと覗いている様子も見受けられる……が、何を言うことなくエステルの隣に移動した。

 エディットがアドニスと向かい合う。

 アドニスもあの光景を見た後では、脱力したままということはできないのか、自慢の角を誇る左腕を前面に出していた。


「行きます……! 『リヒルス』!」


 だが、エディットの突き出した右手からは何も出ない。

 やっぱりダメか……、そんな表情で手の平に視線を落としたエディットへアドニスが驚愕の眼差しを送っていた。

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