第225話 化物 その7

 降霊による精霊の顕現。

 精霊がその姿を魅せるには莫大な自然魔力ナトラが必要だ。

 精選時の忘れられた誕生地のように。


 千幻樹の発現で南大陸バルバトスに魔力が溢れたとはいえ、おいそれと精霊の姿を拝むことなど叶わないと誰もが知る。

 事実として上位ギル級の詩を操るワーグの降霊でさえ顕現は叶わない。

 それ以上の純然たる力が必要なのだから。


 だからこそ、ファウストの精霊が顕現した時、エステルたちは死神の抱擁を受け入れざるを得なかったのだ。


 だからこそ、この顕現の意味をファウストは深く……深淵まで見通し考え抜くべきだったのだ。




「キヒッ!! キヒヒヒヒヒッ!!! 体を張った笑いなのかぁ~?」


 腹を抱えながらセキの背後を指差した。

 その指先が示すモノ。


 セキを包み込んでいた火の海から現れた巨躯。

 顕現された『カグツチ精霊』の姿がそこに在った。


 『三原の火サラマンダー』は火の海を泳ぐ。と言われるように、炎が揺らめきよりもぬめるように、四肢から尻尾まで全てに纏わりつくその姿。


「グー様……だけど……あれって『三原の火サラマンダー』の力……?」


 背後から見上げるその瞳に羨望を乗せたエステル。


「カグツチ様は『三原の火サラマンダー』が昇格した精獣ということ……でしょうか?」


 既知の精霊でありながら、その在り方が未知であるが故に戸惑いを覚えたルリーテ。


「『三原の火サラマンダー』の昇格は『四大の炎獣ラフレイム』のはずですが……」


 記憶の糸を手繰り寄せるも、糸の先に望んだ答えを見つけることができないエディット。


「あれがカグツチの………そしてセキの力……か」


 ただただその姿に畏れとそれを上回る敬意を胸に宿したグレッグ。

 半精霊体であるカグツチの姿を知っているからこそ、各々がそう解釈した。




 故に。

 その姿を知らぬファウストから見れば『角を携えた山椒魚サラマンダー』に見えても不自然ではない。

 術者によって精霊の形は変わるという事実を理解しているが故でもある。

 ひと型の精霊がけもの型の精霊に変化するような違いがでることはないが、同じ名を関する精霊でも双子のように酷似することがないということも。


 セキの背後に顕現した体躯がファウストの顕現させた精霊以上だとしても、精霊の格は大きさで計るわけではない。

 そして何よりもセキが詠んだ詩は『三原の火サラマンダー』の力を降霊する詩なのだ。


「キヒャッ!! 『三原の火サラマンダー』如きをもったいぶって――キヒヒッ!! お前ら程度だとありがてえのかもしれねーけどなぁ~!」


 ファウストにとって期待を裏切られたという反動も後押ししたのだろう。

 なまじエディットが降霊する正体不明の精霊の力を見ていたことも拍車として十分な理由でもある。

 ルリーテの持つ『天士レグナス』に酷似する詩の力に期待していたのかもしれない。

 それら全てを裏切り出て来たのは……己が三原精霊と認識する力なのだから――


「ま~想定の範囲外なのは認めてやるよ! まさかこの場でそんな雑魚ザコ精霊出してくるとは……この俺様の意表を突くたぁ~たいしたもんだぁ~なぁ!」


 唾棄すべき言動は喉に油を差したように次から次へと生み出されていく。

 顕現したカグツチが一瞥もくれずにその姿をセキの内へと移した時、沈黙を貫いていた男が歩き出していた。


「キヒヒッ!! お~それで本当に向かって来んのかぁ~! まぁ楽しませてもらった礼に……痛みを感じ――なっ!?」


 ファウストが瞬間的に目を見開いた。

 なぜなら。

 すでにセキが己の目前で小太刀を抜き放つ寸前であったからだ。


「――ッ!?」


 音もなくセキが小太刀を振り切った時、ファウストは大きく背後へと飛び退いていた。

 だが。

 セキの頭上に朱色を空に撒きながら、回転する物体をその瞳で捉えた。


 どさり――とセキの佇むすぐ側に落ちたモノ。


 ファウストの右腕だ。


 腕だけでよく済んだ。と火眼獣ヘルハウンドのように真っ二つにならなかったことを称えるべきなのか。


(ちっ……が出たのか!? ――ってより、足の接合がズレて……)


 セキは脳裏に描く微かな動揺を表に出すことはない。

 切られた腕を抑え驚愕に彩られた表情のファウストへ、渇いた視線を送るだけ。

 なぜなら、次手はすでに打っているからだ。


「キヒッ!! どういう仕掛けからくりだぁ……?」


 ファウストが告げた時、己の周囲から迫る薄切苦無クナイの存在を知覚した。

 自身が繰り出した円槍ランス群のように、次々に襲い掛かる無機質な獣たち。

 頬を掠め、腿を抉り、首筋へ一の文字を刻み込む。

 致命傷に届かずも、白き衣を己の血が染め上げていく。


 薄切苦無クナイの嵐を突破したファウストの目に映し出された小太刀を牙の如く振るう獰猛な獣の姿。

 迷いと無縁の一閃がファウストの命に向かって滑り出す。


「ガアァァァァァァーーッ!!」


「早えなぁ――ッ!! 〈反鏡の仙位明魔術ラーミラ・ハルレナス〉!!」


 命を摘み取る一閃上に、白き鏡が姿を現す。

 獣の牙の如き小太刀の衝撃を殺すも、鏡自身も粉々に砕け散った。


(明属性――『白』の特性……拡散と反射なら――)


 セキの思考がさらに踏み込む。


「キヒッ!! それ狙いだよッ!! ――〈乱射の仙位明魔術コルフェウス・ハルレナス〉」


 ファウストの手の平に凝縮された白き魔力の塊が詩を詠み終えたと共に、幾多の線を走らせた。

 さらに幾多の線は、鏡の欠片を穿つことはない。

 欠片に触れれば軌道が変わる。そう――反射しているのだ。


「それをからここまで詰めたんだろうがァァァ――ッ!!」


 握りしめた小太刀が、ファウストの放つ光線以上の速度を以ってふるわれた。

 光線を叩き落とし、反射できる大きさ以下に欠片さえも細切れと化す。

 視線上に互いの姿だけが残った時。

 セキがファウストへ背を向け、疾風と化した。


 そして――


「――えっ? あ――」


 背後とは言えないほどに距離を取っていたエステルたちが、己の状況に目を剥いた。

 迫り来るのは自分たちが耳に入れたこともない。

 恐らくは『最上位ベルド級』をも凌ぐ詩そのものだ。

 

 眼前に迫ったその時、セキが咄嗟に割って入ると、彼女たち放たれていた光線を弾き飛ばした。


「気が付くと思ってたぜ~? ……これでやぁ~っとお前と距離を取れたからなぁ……」


「テメェ……――ッ!!」


 不敵に笑うファウスト。

 獣が如く殺気立つセキ。


 勝利の天秤を神が傾けることはない。

 常に傾けるのはその場に立つ者だ。


 運否天賦などない――と。

 性格から資質まで全てが異なる両者の中で唯一共有できることわりを頭に描き、両者は向き合っていた

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