第226話 化物 その8
「キヒヒッ!! ――〈
切られた腕を白き魔力が包み込むと、淡くも眩い白光の粒が収束を始めた。
(再生……じゃねえな。欠損部位の補足……か。次から次に詩を披露しやがって……あの精霊の特性か? 目ん玉の化け物なんつー可愛げのねえ見た目して……)
セキの思考を表すような冷ややかな視線を意に介さず、みるみるうちに魔力の粒たちが輪郭を成し――
切られた腕を形作ったのだ。
「共に片腕で互角――なんて思っちまったかぁ~?」
「――んだよ。トカゲの尻尾や
意識してか、無意識下かは関係はない。
――すでに見下すことのできる存在ではない。
ファウストがセキをそう捉えた以上、セキの言葉はファウストに届くのだ。
だが、己にとって不可解すぎるセキの実力を目の当たりしてなお、口元の歪を正すことはない。
そしてセキも、見たこともない詩を行使するファウストへ己の驚嘆の気持ちを表情に乗せることはなかった。
「キヒヒッ! 言うじゃねぇかぁ~!」
魔力で作り上げた手に視線を落とし、確かめるように握る込むと、
「さぁ~て……――次は俺様が先手だな。〈
蔑んだ視線が隠れるほどに濃霧が立ち込める。
練り込まれたファウストの魔力が振り撒かれたことで、感知を得意とする者であろうと位置を特定することは困難である。
だが、ファウストに取っては振り撒いた魔力が己の一部である以上、霧に触れた相手の居場所を感じることなど造作もないことだ。
だからこそ、セキもファウストの位置を見失うことはない。
「――〈
周囲の霧が次々と針の形へ変化する。
千を。下手をすれば万を超える白き針の大群が、中心に立つセキへ鈍く光る先端がゆっくりと向けられた。
背後にエステルたちがいる以上、
「――
背後で息を潜める少女たちへの言葉が引き金かのように、一斉に白針が襲い掛かった。
「グレイ! 盾を左右に――ッ!!」
全ての
さらに突き抜けてきた針を小太刀で弾き飛ばす。
自身に襲い掛かる針を致命傷を避けるに留め、
己の身に朱を浮かび上がらせながらも、その動きは些かも衰えを見せることはない。
「おいおい……正気かぁ~? 全て弾けると……――ちィッ!!」
ファウストの歪んだ口元が、初めて歯を剥き出しに軋みを上げた。
「クソがぁ~……ッ!! 〈
さらに紡いだ詩が、セキとファウストの直線状に六面体の鏡を作り上げる。
「いい加減に……しろやァ――ッ!! 〈
荒げた詩声が響き、放出された光線が鏡に突き刺さる。
と、同時に鏡を突き破った。
だが、突き破った光の線は一本ではなかった。
鏡を貫くと共に六本に枝分かれしていたのだ。
それぞれの光線が別々の獣のように襲い掛かろうとした時。
「そりゃーこっちの
セキはすでに光線の目の前まで距離を詰めていたのだ。
見知った詩というわけではない。
爆発を伴う詩であれば、もっと近距離に設置するはず――
ならば、詩を強化ないし、変化させるための鏡。と踏んでの行動だった。
分かれきる前に六本の光の帯を薙ぎ払い、ファウストへ向かって真紅の影が疾走した。
「
神速の思考が弾きだしたのか答えなのか、ファウストは読み始めた詩を止め、セキへ向かって腕を向けた。
「近接がお望みかぁ~……なら相手をしてやるよ……」
突き出した腕にこれまで以上の魔力が収束する。
「無手でおれとやろうって? 見誤りすぎだろ――」
(ち――ッ!! こいつ……もう気が付いてやがる……)
だが、その予想はファウストの紡ぐ詩によって否を突き付けられた。
「バカがッ!! 細切れとなって――消滅しろや……〈
淡く浮かんだ光の帯が腕を包み込んだ。
渦を成した魔力が手の平に集約すると一転――目を覆うほどの眩い輝きを放った。
白光が醸し出す威厳はファウストが醸し出す威圧とは対極の、感じる者に安堵をもたらすほどの優しさを伴う。
魔力が解き放たれると共に明確な輪郭を示しはじめた。
その光景に目を奪われたエステルたちとは裏腹に、セキは発光体に向かって一切の減速を見せずその足で駆ける。
(形を作る前に――ッ!!)
詩の本質を知る必要はない。
知る前に切り裂くべく小太刀を走らせた。
だが――
甲高い金属音が鳴り響く。
それはセキの小太刀を魔力体が作り出した
白色の魔力で形作られた魔力体は、鎧に身を包んだ騎士のように見えた。
輪郭さえも明確に表されている以上、見る者が見ればわかるのであろう。セキがカグヤと理解したように。
(ルリの詩よりこっちのほうが騎士そのものじゃねえか――ッ!!)
鍔迫り合いの姿勢からセキが瞬間的に上段へ蹴りを放つ。
そのつま先に
だが、魔力体は即座に下がり己の腕に持つ剣を構えた。
(持続時間が
「それで安心するなや……ここからが本質だろうがッ!! 解き放て……〈
魔力体の持つ剣に白銀の魔力が収束する。
穢れを浄化する煌めきさえ伴いながら。
(これが固有の詩……? しかも……破銀かよ――ッ!?)
「そんなもんで……おれの火を散らせるわけねーだろーが――ッ!!」
白銀の剣尖がセキの首筋へ走る。
だが、セキは円を描くように横回転で一閃を交わすと回転の勢いのままに側頭部へつま先に吸着させた
魔力体に痛みや怯みなどを求めているわけではない。
だが、生前の術者と同じ形を作るからこそ、態勢を崩すことは可能なのだ。
「本質はここからだって言ってんだろ――〈
瞬間的な数的有利。
この時、セキは魔力体とファウストの
ファウストが乱れ撃つ光線を跳躍を以って躱しきる。
その中の一つが魔力体へ突き刺さるも、崩れることはない。
なぜならどちらもファウストの魔力で形作られたものであるが故に、干渉することがないのだ。
距離を取ったファウストへ牽制の意味も含め視線を飛ばした直後――
セキは襲い来る魔力体と向き合った。
時間にして数秒にも満たない間。
互いの剣戟が乱れ飛ぶ。
白銀の軌跡がセキの体に刻まれるも、摩擦が無いかのように剣速もそして切れ味も鈍ることがない。
しかし徐々に。
だが確実に。
小太刀と
セキは向かい合った直後から引き千切られた左腕に、
欠損部位でさえ獣の爪のように振るうことで、手数の減少を最小限に抑えたことは大きい。
魔力体の繰り出す剣尖は雷の如き鋭角の切り口、瞬きの間に幾重もの剣閃を走らせる速度。
どの角度から覗いても剣の道を歩む者にとって理想に限りなく近い剣技だ。
故に、セキの命へ届かない。
適所で繰り出されるファウストの詩にその身を削られながらも、セキの小太刀が魔力体を削る時間が増していく。
「――こ……の
ファウストが魔力体の背後。言わば死角から、憤怒の咆哮と共に詩を詠む。
だが、直線上に魔力体とファウストが並ぶこの瞬間をセキは待っていたのだ。
「いや……生まれ持った才能も、頭脳もお前が上だよ――」
ファウストの放った閃光が魔力体の胴を通過するその時。
魔力体の腕を切り落とし、返す刃が脇腹へ刺さり、閃光を弾き飛ばすと共に肩まで切り裂いた。
「お前から見ればおれは足りないモノのほうが多いだろうな――」
「キヒッ……ならなぜ……俺様が負けるんだぁ――?」
切り上げた小太刀をそのままに、崩れ行く魔力体に脇目もくれず、奥に佇むファウストの元へその身を滑り込ませた。
「俺様に……何が足りねえ……?」
「経験……――かな」
この状況でさえファウストは口角を上げ。
そして――
言葉の意味をその身に刻むべく、小太刀が振り下ろされた。
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