第59話 決戦へ

「おめーそれじゃ結局ルリのとこに通ってたってことじゃねえか……」


 宿泊所への帰り道。

 頭をつままれ身動きの取れないカグツチは、眼前に迫るセキの目から逃れる術がなかった。

 ルリーテが想像以上の成果を出したため勢いで誤魔化す計画に一部の狂いもなかったはずだった。

 例え狂っていたとしても、現実を常に己の力で焼き尽くし、灰燼に帰した大地を思うままに闊歩していたはずの最強の竜はすでに諦めの境地に至っていた。


「――セキ様、ですがカグツチ様のおかげであのような素晴らしい成果を出すことができたのも事実ですので……」


 不安気な顔でセキを見つめつつ、なだめかけるルリーテ。瞳孔を全開で開き続けていたセキがルリーテの言葉により、その目尻をやっと下げることとなる。


「あの結果を見たらたしかにね……魔道管を最大出力に馴染ませるために常に魔力を限界まで蓄えておく、かぁ……体というか魔道管がその状態に慣れれば通しやすいからなぁ~」

「貯めているとたしかに予備動作の時点で魔力の動きを掴まれやすい欠点はあるがの。だが、それ以前に自分の最大出力を体が知っておらんと、使えるもんも使えんからの……」


 ルリーテの言葉に活路を見出したカグツチは、普段の雑な思考を捨てており、劫火を吐き出すはずのその口が説得に足る情報を流暢に並べている。

 セキが観念したようにカグツチを頭の上へ戻す。釈然としないわだかまりはあれど、あの魔力の利用方法は後の戦闘において重要な扱いである以上、口を噤むほかなかった。

 何よりも放出系の魔術についてはセキはひとが扱う姿でしか知らず、自身の体験というものが一切ないため、このようなアドバイスがカグツチから出たことじたいには感謝はしているのだ。


「グー様の言う通りだとすると、慣れてないわたしたちが今まで使ってた魔術の威力は二割……良くて三割なんだよね……」

「考えてみると詩を詠んでいきなり魔道管に魔力を通すよりも、あらかじめ魔力を通しておいて、そこから魔術として放出するほうが合理的に思えますねっ」


 エステルとエディットもこくこくと頷きながら会話に参加している風ではあるが、彼女たちの両手はほどよく握り込められており、すでに魔力を蓄え始めていた。


「慣れてきたらその蓄える時間をより短くしていくことを目標にするといいかの。常にお主らは成長している以上、最大魔力量もあがっていく。蓄える時間が同じでは結局さらに時間がかかってしまうからの」

「セキは自由自在なの?」

「放出じたいはできんといってもこやつの魔力運用を真似をしたら、おそらくルリーテの右腕の二の舞になるかの。いや――そこまでの魔力はないにせよ今のお主らに耐えられる負荷ではないのぉ……セキは刹那の刻で最大魔力を体中どこにでも巡らすことができる。もちろん自身の肉体魔力アトラだけでなく、自然魔力ナトラを含んだ魔力をの」


「おぉ~~……」思わず感嘆の声が漏れ、羨望の眼差しが向けられることになるが、セキはそっぽを向き、その耳は茹でられたようにほんのり赤く色づいていた。

 ふいに少女たちの真っすぐな目を向けられ、冷静ぶった対処ができない素のセキであある。


「え~っと、肉体魔力アトラ自然魔力ナトラの扱い方は、契約が済んだらかなぁと……今は肉体魔力アトラ中心の魔力運用にするしかないんだろうけど、契約後はそこらへんも変わってくるから……」


 セキの教えることができる魔力の扱いは、精霊と未契約の者には意味を成さないものである。ひとは精霊と契約する前から自然魔力ナトラを使うことは可能ではある。

 だが、それは肉体魔力アトラに飲み込まれてしまうような、ほんの微量なものであるため、セキも自然魔力ナトラを含めた扱いを説明することはしなかった。

 それは精霊との契約、という探求士にとって必要不可欠なイベントを控える彼女たちに不要な圧力プレッシャーをかけることを避けていたためだった。


「も~でももっと早くわたしたちにも言ってくれたらよかったのに~……」


 歩く速度を緩めセキと並走しつつエステルは膨れた表情をカグツチに向ける。その通りです、と言いたげなエディットも首を縦に大きく振りながら肩越しに見つめている。


「ファファッ。あまりに我の扱いが最近軽いので必死で考えたんだの。我にとっては当たり前すぎるがひとにとってはそうでないようだからのぉ~。というより我はそんな順応など最初から必要なかったからの」


 カグツチはカグツチで思う所があったようで、その言葉にエステルはその瞳を泳がせつつ、遠い景色に視線を移していた。

 セキは頭の上で心情を吐露するカグツチに辟易するように目を細めているが、


「軽い扱いをしておいたほうがカグツチが色々考えて得するっぽいな」

「お主のその扱いがエステルたちに伝染してるという自覚がほしいかの……」


 顎に手を当てながら呟いた言葉に、セキの額をぺちぺちと叩きながら応戦するカグツチ。さらなる手応えを感じた彼女たちの足取りは抜け落ちた羽毛のように軽く、今しがた戦闘を行ってきたとは思えぬほど、表情に朗らかな笑みを宿している。

 翠の瞳を携える少女も久方ぶりの魔力行使も腕に違和感を残すことなく、成長したという確かな実感のみを残す。

 迫りくる本番を正面から見据えられるだけの自信が垣間見えつつある姿を見た青年は、その瞼を下ろしその顔に微笑を纏っていた。



◇◆

「忘れ物ない? というよりも纏めて詰め込んでるから忘れようがなさそうだけど……」

「うん! 綺麗に掃除もしたからね!」

「ほんとに便利ですよね……ルリさんの宝石それ……」 


 精選本番当日の朝、荷造りを終えた一同は大広間を見渡していた。来た時同様に整理された部屋を見渡しつつもその視線は最終的にルリーテの腰に備えられている小さな荷袋に終着する。


「ええ。この宝石じたいはわたしの過去の過ちのようなものなのがお恥ずかしいですが……」


 ルリーテは腰の荷袋から翠光に煌めく宝石を取り出す。今のルリーテ自身の爪よりも一回り小さいサイズの翠玉である。その宝石は透き通るような透明感はなく、いささか血が滲んだようにその内に濁りを宿していた。


「あんなに怒ったお母さん初めて見たよ~。でもあれはルリが悪いからしょうがないけど……」


 エステルも呆れ顔を向けておりその視線に対して、気弱な表情で背中を丸めるルリーテ。


「はい……ですが、石精種ジュピアの剥がした爪がこのように魔力源以外にも利用できるとは使ってみるまで知りませんでしたので……」

「ルリ自身が成種せいじんする前に無理やり剥がしちゃったんだよね? 姉さんは成種せいじんした時に自然と剥がれ落ちた成結晶を使ってたけど……」


 石精種ジュピアはその瞳と爪に魔力が籠る。瞳は死んだ際『死結晶』として魔力の結晶とならねば魔力源として利用する方法はないが、爪に関してはもう一つ方法がある。

 無理やり剥がした際に『濁結晶』となることは瞳と同様だが、石精種ジュピアの爪は不必要に伸びない代わりに成種せいじんした際、その爪が結晶化するのである。

 その成長の証として剥がれ落ちた爪は『成結晶』と呼ばれ希少な魔力源として扱うことができるのだ。

 ルリーテが今見せた宝石は過去にルリーテが自ら剥がした爪の宝石であり、それゆえに『濁結晶』として結晶化していた。


「はい、そうです。石精種ジュピアの爪は他の種族のようにいくらでも伸びるということはありません。体の成長に合わせて大きくはなるものの基本的には同じ形のままです」

「その……あの、剥がした後って指の爪はなくなっちゃうのですか……?」


 ルリーテの話に気後れしつつも疑問を投げるエディット。皮手袋グローブの下の指先を見るように視線を向ける。


「いえ、このように今もあるでしょう? 無理やり剥がしてもまた同じ形までは成長してくれるようです。同じように削れてしまったりしても治りはしますが、削れカスのほうは灰になってしまいますね」


 皮手袋グローブを外しその細くしなやかな指先を披露する。さらにその先に煌々と輝く翠色の爪は、見る者の瞳を引き寄せて離さない妖艶ささえも併せ持っていた。


「なるほど……でも、そのルリさん自身の剥がした翠玉が倉庫代わりに荷物を詰め込めるのってぜんぜん理屈がわからないです……」

「姉さんも不思議がってたけど、他の宝石じゃダメみたいだね。『自分』から取った宝石じゃないと扱えないみたい。天然の採掘された結晶じゃ少なくともダメだったのは知ってるなぁ。まぁ正直『成結晶』でも『濁結晶』でも、荷物入れに使ってるなんて他の連中からしたら卒倒ものだと思うけど……」

「う~ん……ルリの荷入れがなかったら荷物背負い切れなかったよぉ……それにルリも自分の恥だからって、あんまり魔力源として使いたくないみたいだし……」


 そして今改めて向き合っている事実。

 石精種ジュピアの宝石は、その内に物体を収納し自由に取り出すことが可能なのだ。

 物体と言ってもひとや動物等は入れることができず、また大きすぎる荷も入れることは不可能ではあった。


「正直それは『魔法』の領域だの。詩を必要とせんからの。我が火を己が肉体の一部のように操っていたように、石精種ジュピアは自身の宝石の中に独自の空間を生成できるんだろうの」

「お前や魔獣と同レベルに『魔法』を使えてるってことだよなぁ……」

「そもそもわたしたちのようなひとが『魔法』を扱えるなんて……」

「食べ物いっぱい入れておけますね……」

『チッ? ピィ……』


 恥ずかしそうに頬に紅を差しながら俯くルリーテを、各々が額から流れる冷や汗を拭いつつ見つめる。若干一名、己の欲望を制御できていない者とその言葉に心底呆れている相棒の姿が見受けられるが、驚愕具合はさほど変わらないだろう。

 ルリーテはその手に特徴的な太い幹を生やしつつあるガジュマルの苗木だけを抱えていた。


「便利に越したことはないと思うので、戦闘で使うもの以外は入れるようにしてください。リコダに来るときのエディのように……」

「な……何が起こるか分からないので持っておきたかったのですが、動きが制限されすぎて反省しました……」


 その小さな体をさらに縮こまらせながら、エディットが答えていると部屋の入口から威勢のいい声が聞こえてくる。


「お~い! 準備は大丈夫か! 荷物じたいは後で取りに来てくれてもよかったんだがなっ! 持ってて負担にならねーなら持ってったほうがいいだろう! ルリちゃんの植物だけは責任持って預かっておくからよ!」


 部屋の壁を挟んでも悠々と届く声の持ち主、ガサツである。


「はい! ほんとにお世話になりました! また精選が終わったらご挨拶に伺わせてください!」


 エステルがその声に応対しながら玄関へと駆けていく。一同が部屋を後にし宿泊所のエントランスホールへ降りるとセラやリル、そして漁師たちが集合していた。


「詳しいことは分からないけど、エステルちゃんたちならきっと大丈夫! 頑張ってね」

「また、遊びにきてねっ! カグツチちゃんとチピちゃんも頑張ってーっ!」

「旦那から事情は聞いてます! また、気軽に使ってくだせーや!」


 固い握手を交わす者。優しい抱擁を行う者。集まった者たちがエステルたちを囲みその熱意をお裾分けと言わんばかりの見送りを交わしていく。


「セキが認めた子たちなんだ! 心配はいらねえってもんだぜ! 精選後の宴に下手な魚は出せねえからな! 心配するならそれに見合った魚を取れるかどうかの心配くれえだ!」


 ガサツも意気揚々とその真っ白な歯を見せながら笑いかけている。


「はい! ガサツさんたちに良い報告ができるように絶対精霊と契約してみせます!」

「不慣れな土地にも関わらずここまで万全な準備ができたのはガサツ様たちのご尽力のおかげです。必ず……ご恩に見合った結果を」

「もっとおいしいお魚出てくるんですよね! 絶対契約してみせますよっ!」

『チピピーー!!』


 少女たちはその期待の眼差しを真っすぐに見つめ返し溢れんばかりの意気込みを言葉に乗せた。


「はい、心配いりません。あ~いや、『大海の覇者リヴァイアサン』でも出るなら話は……ん~陸も近いから『大地の統治者ベヒーモス』もかな~? そこらへんが出るなら話は別ですけどね? 『劫火の化身カグツチ』が出たならまぁ海にでも飛び込んでおきますよ」

「うむ。リルも良い子にして吉報を待っているといいかの」


 セキは己の自信を示すためか、神話や伝承のみで伝えられる竜の名をつらつらと並べては軽口を叩いている。カグツチも単調な物言いではあるが、意気込みは彼女たちに劣るものではない。


 エントランスホールからその決戦の場へと歩を進めるエステル一行の背中を見送るガサツたちは、その姿が消えるまで声援と天へ突きあげた拳を下がることはなかった。

 また、エステルたちも気負うことなく、その託された思いを両肩に乗せ堂々とその歩みを進める。



 長く積み重ねてきた成果は精霊にどのような形で映るのか、それはこれから生れ落ちる精霊たちのみぞ知る事である。



         パレット探求記 第3章 再会の中央大陸

                  完

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