第150話 兆し

 アドニスとナディア。

 口論とも説得とも言える静かな戦いは、依然終わりを告げる気配を感じさせることはない。


 その間にこちらはこちらで張り詰めた空気が大気を震わせていた。


「アロルド~……あなたねぇ……プリフィックうちを抜けてお世話になってるとは言え、止めなさいな」 


「えっ……えぇ……おれもあの頃より成長をしているっスよ~……」


 そうフィルレイアとアロルドのやり取りである。

 騎士団で死線を潜り抜け、かつ各国に名を知られるほどの腕を持つアロルドではあるが、


「成長してないって言ってるわけじゃないわよ。極獣よりも情報が少ない以上、経験者の判断に従うのが得策でしょうが! そしてこの場でかさねとの戦闘経験を持つのはセキだけ。言ってる意味……わかるでしょう?」


「うぐっ――……で、でもっスよ。どういう相手か分からないからこそ、種手ひとでがあるに越したことは……」


 フィルレイアに負け時と反論を試みるアロルド。

 そんな中であるにも関わらず――


「あの……アドニスくんから話は少し聞いてますが、セキさんはアロルド様やフィルレイア様ともお知り合いなんですか……?」


「ふぅ……そんな他種行儀たにんぎょうぎな……遠慮せずセキと呼んでくださいっ!」


 セキが生涯で指折りの笑顔スマイルを向けながら、一際はきはきと受け答えをしている。


「あ――……じゃあお互いということで……ね?」


 『ね?』という言葉の響きを心の中で繰り返しリフレインしつつ、天を仰ぐセキ。

 横からフィルレイアも、わたしにも気を使う必要ないわよ、との補足が入っている。


「了解! ――で、フィアとアロルド。まぁ前はイース――……えっと『イースレス』ね。その三種さんにん南大陸バルバトスの東側を探索している時に知り合ったって感じかな……」


 アドニスやフィルレイアの作り出した空気などお構いなしのセキ。

 まだリディアが距離感を掴みかねているが、セキはうきうきで縮める気である。


「そうよね~。それでセキにも短いながらも手伝いをしてもらったんだけど、その時にもう散々アロルドがセキに剣技の指導をせがんでばかりいたのよね」


「フィアと妾の契約の最中にもずっと纏わりついていたのはよく覚えているのじゃ。まぁ……フィアはフィアでひとの事は言えんのじゃがの~」


「お゛~~……ぎだ~……」


 対面で正座をするアロルドを余所に、フィルレイアも参戦すると、胸元から飛び出してきたレヴィアも混ざり出す。

 すでにセキとリディアも寛ぐように岩に腰を下ろしており、すでに緊張とは無縁の状況である。

 ちなみにベヒーモスはカグツチと一緒にセキの頭巾フード内におり、先程まではぐっすりだった状態である。


「――あっ……リヴァイアサン様。初めまして――」


「レヴィアでいいのじゃ」


「我もカグツチで良いかの」


「お゛~~……ぎだ~……」


 旅すがら幾度かの降霊を行っていたこともあり、比較的おとなしく潜んでいた竜たちも、いい加減、暇を持て余したのか次々と顔を出し始める。


「そ……そんな恐れ多い……まだまだ未熟者ですが――」


 束の間の安らぎとも言えるほのぼのとした状況に、挨拶が飛び交うが――


「――!?」


 セキが跳ねるように立ち上がる。

 それを見たフィルレイアがまさに蒼白に染まりつつある顔を、セキと同じ方角に向けるも砂埃が舞う砂地帯が広がっているばかりである。


「アドニス――ッ! ここから里まで何日だ?」


 すぐさま視線を戻したセキが珍しく焦燥感を剥き出しに声をあげた。


「実際の里までは十日ほど。今、里の連中が避難している場所までは六……七日ほどと言ったところかな……――で、いるんだい?」


「分からん。でも……確実に視られてるぞ。この感覚はひとじゃない。この一帯を俯瞰してるような……」


「ぎだ~……」


「――〈方角の最上位海魔術レギオ・ウルベルド〉ッ!!」


 間髪入れずにフィルレイアがより広範囲の索敵に取り掛かる。

 だが……


「この範囲でも引っかからないって……どういうこと? 何が?」


 ナディアやリディア、アロルドも含め警戒に入るが、セキ以外誰も感じ取ることのない違和感に成すすべがない状態だ。


「勘違いじゃない……! 明確な意思を――」


 拭い去ることのできない強烈な感覚に語気を強めるセキ。

 そこに。


「何を言っとるんだの。さっきから言っとるんだの」


 全員の視線がすぐさまカグツチへと向くと――

 カグツチはセキの頭巾フード内を指差していた。


「ベヒーモスが騒いでいるんだの。『来た』と――我やレヴィアが感じたわけではないの。ベヒーモスが感じ取ったんだの」


「まぁこんな地形である以上、順当といったところじゃの。妾はこんな砂埃はご免こうむるのじゃ」


 竜たちが己が主種しゅじんの元へ赴く。


「――そういうことか……『起きた起きた』と五月蠅いと思ってたら……ナディア、リディアさん下がって。アロルドは二種ふたりを守っておいて。恐らく僕らが守る余裕は……ない」


 アドニスが歯を軋ませながら、戦斧アックスを握りしめ。

 セキが太刀を抜き放ち、砂地の彼方へ視線を送った。


「とんでもない速度で向かってくるぞ……――大地の統治者ベヒーモスかさねだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る