第149話 里への道のり

「――ガアァァァァァァーッ!!」


 獣と言っても過言ではない咆哮をあげる男が、対峙した魔獣を両断する。

 ここは南大陸バルバトスの東側に位置する砂漠地帯である。


「バカみたいに魔獣が出てくるな……」


 と、小太刀を納めながら愚痴を零すセキ。


「千幻樹の噂もあながち間違いじゃなさそうだ。ちょっと急がないとまずいだろうね。千幻樹の発生前も自然魔力ナトラは豊富だけど……発生後こそが世界中に自然魔力ナトラが溢れ出すわけだしね」


 返り血で紫色に染まった体を拭うのはアドニスである。


「それにいちいちこうやって戦ってたら……ほら~また追いつかれてるじゃない」


 水の魔布キャンパスを広げ、辺りを確認するフィルレイア。

 水滴が砂漠地帯の岩場の影に隠れていることを見逃す彼女ではない。


「ん~しょうがないから、アロルドの足でもぶった切って進行させないようにしよっか?」


「半分賛成だけど、その場合、ナディアとリディアさんの護衛的な役割が果たせないのが……ちょっと厳しいね」


 アロルドの扱いが雑極まりない状況である。


 ――この二種ふたりならやりかねない。


 そんな状況にフィルレイアも大きな溜息と共に額を抑えている。


「なまじアロルドあの子がいるからわたしたちの進行速度に追いつけちゃうのよね……水の檻にでも閉じ込めておきたいけど、魔獣からも逃げられなくなっちゃうわね……」


「そろそろ魔獣の強さも上がってきてる。はぁ……僕が言って聞いてくれるかなぁ……」


 セキとフィルレイアの視線に耐えかねたアドニス。

 頭を漫然とかきながら、水滴がじっと隠れている岩場へと足を向けた。



◇◆

「ナディア~……説明したじゃないか」


 岩場の裏へ気配を殺したまま顔を出したアドニス。

 そして目ががっちりと合ったにも関わらずうつ伏せで伏せる三名の姿がそこにあった。


「そんな行き倒れみたいな恰好してやり過ごせるなんて思ってないでしょ~? こっちを向きなさいな」


 腰に手をあてつつ、やや憔悴した表情のフィルレイア。

 今まで、気が付かれていないと思われていたのであれば、それはそれでショックである。


 その言葉にしぶしぶと顔を上げる三名は口を尖らせつつ、視線を合わせないよう明後日の方角を見据えている。


(――なっ!? どういうことだよ……ナディアの姉っていうから……いや……似ているのはたしかだ……でも――……おてんば属性がない正統派の美種びじんさんだとここまで印象が違うのか……まさにこれは……初恋――ってことか!?)


 約一名、言葉を発することなくその出会いの衝撃に身を委ねている者がいる。

 言わずとも、己の生き様に一切のブレを許さないセキである。

 カグツチが胸元で遠い目をしているが、ここまで突き通すならばそれもよかろう、とすでに諦めの境地に達した結果である。


「わ……わたくしたちだって戦えますわっ! 貴方の里が困っているというならそれはパーティであるわたくしたちの問題とも言えるのですからっ!」


 ここぞとばかりにアドニスを視線を合わせ喉を震わせたナディア。


「えと……私も実戦から遠ざかっていたけど、一緒に頑張る以上は見過ごすなんてできないから……」


 ナディアに続きリディアも顔をあげた。

 胸元で握りしめる手は決意の硬さを示すように力強く握りしめられている。

 ――が、セキはすでに骨抜きにされたのか鼻の下が程よく伸びている様子だ。


「そ……そうっスよ!! もうおれたちは仲間なんスから! こういう困難な時こそ――」


「アロルド。ちょっとうるさい」


「はい! すんませんっス!」


 さらにアロルドが続くが……。

 セキが伸びた鼻の下を瞬時にもどし、冷ややかな視線と共に言葉をはいた瞬間、平謝りの状態であった。

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