第211話 ストーカーの自白 その3


『チププ? チ~……ピプ!!』

「『千幻樹の発生からちょっと見かけなくなった』って……イースも探しに行ってたの? おれとフィアも帰路の周囲を探したけどさっぱりだったけどさ……」


「それは……戻ってからお話をされるのが良いかもしれませんね。それと……エステル様はご自身よりも回りを優先――そして信用しすぎる傾向がありますね。その結果、危険を伴うことも――。ですが……」


 を振り返るようにイースレスは瞼を下げる。

 深く語ることをせずともつい思いが喉を震わせた。

 そんな物言いにエステルとの接点を嗅ぎ取ったセキ。


「おれたちには……眩しいでしょ?」


「……はい。羨ましくありましたね」


 イースレスは、あの時エステルへ告げることができなかった思いで唇を震わせる。

 いつの間にか三者は自然と木陰に足を向け、日の匂い香しい芝の上へ腰を下ろしていた。


「どういう事情でイースがそう思ったかは分からないけど……きっと結果によってはあの子も――もしかしたら周りも含めて傷つくこともきっと……あると思う」


「仰る通りです。だからこそ……私たちは安易にひとを信用せず、自身を優先することを良しとしています。事実そうでなければ生き抜けないほどに……国や騎士団の中枢は欲望が渦巻いていますので……」


「矛盾に近いけど、だからこそ――なのよね」


 風にたなびく髪を耳元へ添え、フィルレイアが呟いた。


「正直な話。セキに助けられて実感したわね……自分だけじゃどうにもならないことがある。だからどうする? ――ってね。そもそもがわたしの考えについてきてくれたイースやアロルドを軽んじていたってつくづく実感させられたわ」


「フィア様への同行は私自身の目的のためでもありますので。そして仰る通り私自身も……痛感することになりました。だからこそ……信頼でひとと繋がることはかけがえのない財産になる――と。ならば、信頼はどのように育むか――」


 セキはフィルレイアたちの旅の目的は知っている。

 フィルレイアの胸元で惰眠を貪る最古の竜であったと。


 だが……そもそもなぜその『目的』が必要となったのか。

 その理由を問うことはなかった。

 立場上、聞けば回答が返ってくることは理解していた。

 だが、安易に聞くことが憚れるほどにその理由が重いことも薄々感じ取っていた。


 フィルレイアやイースレスが、自身を必要とするならばその時に告げられるであろう。そんな思いの元、わざわざ踏み込むようなことを良しとしなかった故の現状である。


「うん。あの子はまず自分から相手を信用することに……与えることに躊躇しないんだよね。計算するなんて思慮はなくって……体が動いちゃうんだろうなって見てて思う……」


 千幻樹の事情を打ち明けられてもいないセキの言葉。であるにも関わらず、イースレスはあの三者が対面した場面が鮮明に脳裏に描かれた。


「ある程度あの子の中に信頼できる基準があるのかもしれないけど……疑いの目から入ることが極端に少ない。だから……危険でもあるし、与えた信用を持ち逃げされることだってあるだろうけどね……――で、自分のことは後回し……なんだよなぁ……なんていうか……与えられるものよりも、自分で掴みに行くことに価値を見出す子だから……」


 イースレスが放った『危険が伴う』という言葉で、セキの中では自身を省みずに何かしらの行動を取ったことが容易に想像できていたのだ。

 弱々しく煙根タバコの煙を吐き出しながら顔を覆った。


「『トラウマとなるような出来事そういう経験』がないからそんな甘いことが言える……――なんて、切り捨てたくない考えではあるわよね。むしろためには強さが必要よ。とても……とても鍛えにくい――心の強さが……」


 思う所がある――

 そんな心境を映し出すかのようにフィルレイアは胸元を握っていた。


「様々な方と手を取り合う。それは章術士の資質にも繋がるでしょう。誰しもが自身の振るう強さを求める中で、他者を強くすることを生業とする職なので」


「そんな職だからこそ種気にんきに陰りが見えるのよね……まず自分が強くなりたいと思うもの。戦術を振るうことに喜びを見出す職もいるけど、毛並みが違うわよね」


 そうありたいと願う姿は誰しもが持つものだ。

 だが、現実で進める道は限りがある。

 フィルレイアとイースレス。

 二種ふたりが今このように談義に熱を入れているのは、過去に描いた自身の道を歩めていないがためなのか。

 それとも……過去に理想を描く折、覚悟を以って踏み外したからこそ、理想を追い求める者に期待をしてしまうのか。

 それは二種ふたりにしか知りえないことである。


「あははっ! でも……ありがとね。事情は聞いてみるとして……フィアやイースが褒めてくれるのはすごい嬉しいよ」


「いえいえ、つい素直な想いを口にしてしまっただけです」


式典セレモニーのことは覚えているけど……今はまだ『セキが気に掛けているからこそ』――よ。だから……その心の強さを以って突き進んで……その子たち自身の評判がわたしの耳に届くことを願ってるわ」


 自身から振ったにも関わらず、すっかり熱中の話題から取り残されているチピ。

 存在を示すためにイースレスの頭の上を転がるも、イースレス自身にお腹を撫でられただけでご満悦の表情を見せるだけであり、何一つ状況が変わることはなかった。


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