第284話 行き違い

 エステル一行が村に来て一か月が過ぎようとしている。

 想定以上のやる気を見せ、日々成長を見せてくれるエステルたちにセキは思わず頬を緩ませている。

 だが、それとは別にかなり想定外の状況の真っ只中でもあった。


「おっちゃんとニコラはいつ帰ってくるんだよ……」


 セキはエステルたちの魔装を作ってもらう目的でこの村まで出向いたのである。

 現在、村にいるヨハネスでも作ることは可能だが、現在の鍛冶屋一家を仕切っているのはセキがおっちゃんと呼ぶカリオスだ。


 特にグレッグの防具に始まる重装備を得意としているため、セキは帰りを待っていたのだが一行に戻る気配を見せない。


「うちのお婆ちゃんも一緒だから心配はしてないけど、たぶんあっちの村方面ひさびさだから寛いでるんじゃないかなぁ……」


 ルリーテに淹れてもらった黒石茶を満足気にすするトキネ。基礎的な動きをエステルたちが学んできた今、次のステップとして魔装が欲しい、というのが正直な気持ちである。


「――っし……! 分かった。ツヅミ村だったよな? 連れて帰ってくるわ」


「おぉ~……セキにぃが動く分には心配もないからいいと思うけど」


「ちょっとその間グレイ頼めるか? いい感じになってきてる感触なんだよね」


「うんっ! いいよぉ~!」


 セキは我慢ができるタイプではない。思い立ったら即行動に移す性格であるため、むしろセキにしては気長に待っていた部類に入るほどである。


「ありがとな。よし……ポチ~! プチ~!」


 頭を撫でるとトキネは甘えるように、いひひ~、と喉を鳴らすがポチとプチの反応がない。


「んと、ポチはエステルさんとルリさん乗せて散歩。プチはエディさんとダイフクくんに構ってもらいながらどっか行っちゃったよ。グレイさんも乗せて欲しそうに近寄ってたけど、唾を吐かれてまた置いてかれちゃってた」


 セキが遠い目で「なんであんなに女の子好きになっちゃったのかなぁ……」と頭を抱えているが、その姿を見たトキネも遠い目となっている。


「うん……じゃあおれだけで行って来るよ……明日には戻ってこれると思う」


「了解!」


 セキが立ち上がると、さりげなく逃げようとしていたカグツチを摘まみ上げフードの中に投げ入れる。


「我はいらんのではないかのぉ……」


東地方こっちだとさすがに何があるか分からないからな」


「カグツチ様もセキにぃをよろしくお願いしますね!」


 準備は不要と言わんばかりにセキはそのままコト村を後にする。魔装を楽しみにしているエステルたちではあるが、魔装を受け取った時に喜ぶ顔を楽しみにしているのがセキだ。

 砂地を蹴る足にも自然と力がこもる。


「グレイはすぐではないにせよ兆しは見えとるの。だが……ルリのほうがよく分からんの」


「ちょっとおれもそれが気になってる。何かしら複合属性っぽいけど……なんか魔力自体が押さえ込まれてるような見え方なんだよなぁ……」


 エステルに祝福精霊との契約が訪れた今、残るはルリーテとグレッグだ。急かすつもりなどセキには一切ないが、きっかけを与えられるならばそれに越したことはない、という思いはある。


「でもまぁ……石精種ジュピアだからね……そこまで心配しなくてもいいだろうね」


「うむ。お主とは天と地ほどの資質の差だの」


「うるさいよ」


 なだらかな砂丘を横断する赤い影は、緩めの会話とは裏腹にその速度をさらにあげていく。あまりに広い砂地であり、セキは魔獣への警戒に僅かに意識を向けているだけである。

 だからこそ、探知に疎いセキは目的の種物じんぶつたちと行き違ったことに気が付くことはなかった。

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