第83話 共同戦線

「重ね重ね礼を言わせてもらいたい。ここまで動けるようになるとは思ってもいなかったよ……」


「いえいえっ! お互い精霊を探しているとは言え、もう探求士同士で争っている状況ではないのでっ!」


 ドライは思わず立ち上がり体を伸ばし、時に捻るなどして体の節々の確認をしているが、痛みを感じる素振りは見えず一同は一安心とでも言いたげに肩の力を抜いていた。


 エディットも滞りなく治療を済ませ、やっとその腰を地べたに下ろすと、別途ルリーテが取り出した簡易的なティーセットで、エステルが甘味を強めに入れた紅石茶を差し出す。

 普段のティーカップは利用できないため、耐水性のある木の皮で作られたカップである。


 エステルたち以外の面々は薬類や包帯、果てはカップ等を自在に取り出すルリーテに疑問を持つも、問いかける者はいない。

 理屈ではなく、必要なものが出てくるのならば、もう細かいことを気にしているような状況ではないのだ。


「エディ。お疲れ様!」


「ありがたく頂きます!」


 他の面々にも同様に振舞った紅石茶の甘さは、疲れ切った体に染みわたるようで、口数が少なくとも綻ばせた表情から落ち着きを取り戻していることが伺えた。


「でも、やっぱりキーマさんたちから見ても今回っておかしいんですね……」


 治療中、口を動かすことはエディットに許されていたため、初参加のエステルたちは前回を経験しているキーマたちの所見を求めていた。

 過去に一緒にクエストをこなしていた時期にも、似たような話を質問していたが、エステルたちの想像をはるかに上回る状況に再度、認識合わせを行う。


「そうさね~……全てを回ったわけじゃないからあくまでも私たちの体感だけどねぇ……少なくとも前回は私たちのパーティから死者はでてなかったね……でも、今回はこの様さ……」


「そうだな。さらに言うなら俺もドライも、前回は象徴詩だって持っていなかったんだ。今回はなけなしのコバルをつぎ込んで複象石からとはいえ、覚えてきたけど……いや――それのおかげで生き延びれた……のかもなぁ」


 キーマとジャワも治療により体は自由に動くようになってはいるものの、状況を説明するに連れて、表情に落とした影が色味を増していく。


「その通りですわっ!」


 そこにナディアが場の空気に似合わぬ、力強い同意を露わにした。


ことが重要ですわ! 心半ばで散った仲間の想いを貴方たちは背負っているのでしょう? この七種しちにんで力を合わせ、今から精霊と契約すること……わたくしは不可能ではないと思っていますわっ!」


 ナディアの楽観的な意見かと思いきや、そうではない。

 まだ自分たちが挑戦している最中だという事を思い出させてくれたのだ。


 エステルは似たようなことをこの場で言い、負傷した仲間たちと共に見出したサクセスストーリーの立案者となるタイミングを、ナディアに綺麗に攫われた自覚からか、唇を噛みしめている。

 矜持に耽った妄想に気を取られていなければ……と、悔やんでいるが、それに気が付いたのはエディットだけだったのが救いと言えよう。


「そ、そうだよ! わたしたちはまだ生きてる……! それにきっと精霊だってまだ奥に行けばいるはずだよ!」


 唇を噛んでばかりもいられないエステルは、ナディアに賛同の声をあげると共に胸の前で拳を作りながら立ち上がった。

 二種ふたりを囲んで眺めていただけの面々も、自身をここで奮い立たせねばどこで立たせるのか、と重みを感じていた臀部を上げ始める。


「すまない……たしかにナディアさんの言う通りだ! キーマ。ジャワ。精霊と契約してあいつらに自慢してやろうぜ!!」


「ああ! その案……乗った!!」


「そうさね~……かっこつけて自分で限界を決めるより……泥臭くても最後まで足掻いてやろうさね――ッ!!」


 精霊の誕生地。深層と言われる海深くの地にて生まれるは精霊だけではない。

 志を共にした七種しちにんの共同戦線という、新たなパーティが誕生した瞬間であった。



◇◆

「あ、利用したカップは置いていって問題ありません。木の皮なので自然に還りますので」


 さらに奥、という表現がすでに正しいかもわからない未知の通路へ挑む準備を終えた面々。

 そこへ飲み終えたカップを差し出したドライたちへルリーテが告げた。


「――あ、なるほど……でもこれだけの薄さで。一切のブレもなく均一に切られた皮だけど……結構値段が張るものじゃ……?」


「正直言って使い捨てには見えないさね……」


「これ湯槻ゆつきって樹木だろ? そこらへんに生えてるし防水性はすごい高いけど加工が手間というか、切ろうとするとボロボロになるって聞くけど……」


 ドライたちが揃って疑問を口にするが、


「あっ……え~っとまぁ気にしないで大丈夫ですよ!」


「はい。エステル様の言う通りです。まだストックもありますので」


「う……ん……まぁそういうなら……」


 ドライたちはおもむろにカップ内の水滴を拭うと腰にぶら下げ始めているが、ナディアだけは目をぱっちり輝かせ、気が付いている様子だ。

 しかしナディアも同様に腰の小物入れポーチに入れているあたり、出来がいいというのは、気を使ったお世辞からではなく、誰の目から見ても明らかなのだろう。

 また、腰の小物入れポーチを開けた際に何か動く物が見えた風ではあったが、他種たにんの物をまじまじと見るような悪趣味の持ち主はこの場にいなかった。


 そしてナディアが察した通り、この出来の良いカップに利用する皮を切ったのはセキである。

 エステルやルリーテは基本的に物持ちが良いとはいえ、クエスト中も普段使いのカップを取り出すのは……と判断した結果である。

 セキの村での知識を生かし、惜しみなく、かつ使いやすいカップとしていくつも作っていたのだ。

 当初ルリーテもセキが作ったカップを、置いていく、捨ておくことを頑なに拒んでいたのだが、エステルやエディット、そしてセキ本種ほんにんに諭されてやっと今の扱いとなったのだ。

 セキ曰く「使い捨てして問題ないように木の皮にしたんだし……」とのことである。



「話をまとめるとここは深層のさらに下にできた空洞だと思う。深層域に出れれば御の字だが、都合よくは行かないだろう。話し合った通り戻ることは今は考えず奥へ進んでみよう!」


 ドライが立ち上がり振り返る。繋ぎ合わせたか細い情報しか手元にない以上、自分たちの足を使い、情報を拾っていくしかないことを皆理解していた。


「そうですね。この周りで迷子になってる精霊がいないとも限らないですし!」


「出来れば十体ほど迷子がありがたいですわっ。みなさんで契約してゆっくり帰路を探索できますもの」


 エステルやナディアが希望的観測を口にしつつ、先頭を歩むドライパーティの後を追う。

 通路、とは言ってもこの空洞はかなり広く、未だに光輝く珊瑚が天井を埋めるも、自身の数十倍の高さのため、その光は淡く届くだけだ。

 地や壁は岩ばかりであり、光源となる深海蛍はまばらに生息しているのみである。

 舗装されているわけではないため、岩を上り時に飛び降りながら、不気味な暗闇を突き進んだいく。


「魔獣がぜんぜんいないですね……」


 しばらく進むと、今までにない静けさに違和感を覚えたエディットが思わず感想を口にする。


「言われてみればそうさね。でもエディットちゃんたちに助けられた時も、囲んでいた魔獣たちが焦ってるように見えたし……」


「何もないからこそ、俺たちを早く処理して深層の餌場に戻りたかったのかもしれないな……魔獣からしてみれば今は入れ食いみたいなもんだし……」


 キーマとジャワが岩を上りながら、冷や汗を額に光らせている。先の出来事を思い出している様子だ。



「かなり進んでるよな……魔獣がいないのはいいが、この空洞どれだけ広いんだ……」


「いざとなれば岩を積み上げてでも、深層域に戻らないといけないかもしれませんわ」


「うん……魔獣がいないのはありがたいけど、精霊の光も同じように一つも見えないし……」


 ドライの辟易した声に、ナディアとエステルも漠然と進むだけの思考を切り替える必要性を見出していた。

 だが、この自然魔力ナトラ溢れる地で、何もいない、ということがどういうことなのか。

 その一点に思考を費やすべきだった。

 死神は足音を響かせることはない。

 響かせるのは巨躯が奏でる振動。

 最初に異変に気が付いたのはルリーテだった。


「な……何か地が震えていませんか……?」


「海流が押し寄せてこの誕生地が揺れているのでしょうか?」


 足を止め、辺りを見回すが揺れが強くなるばかりでその原因が掴めない。

 一同が集まれるほどの岩の上で、各々が武器を片手に索敵を続けていた。


「――え……ちょっと……どういうことですの。地震?」


 意識して足に力を入れねば立っていられないほどに、振動が激しさを増していく。

 だが、徐々に近づくに連れ、その音の発生源が明確となる。


「――下だ!! この振動は足元から発生してるんだ!!」


 ドライが足元に咆えたと同時だった。

 一同が乗っていた大岩が突如跳ね上がる。


「――なッ! 何が!? みんな岩から退避を!!」


「みなさん! 進行方向へ跳んで!」


 大空洞ということが幸いし、天井に挟まれて潰されるようなことはなかったが、大岩の上から飛び出した面々は、粉塵と共にせり出してきた巨躯をその瞳に映し出した。


「あの噂は本当だったのかよ……」


 ジャワは戦慄が縦横無尽に走るその身を支え、愕然としたまま動くことができない。ただただその目が粉塵の影となっていた巨躯を捉えていた。


 数えることができないほど吸盤が埋め尽くされた腕は、タコやイカのように決まった本数というわけではない。

 その体躯は、腕――触手の一本ですらひとのサイズを優に超えており、むしろそこに埋め尽くされた吸盤一個がひとと同等のサイズである。

 艶めかしく輝く体はそのほとんどが柔軟な筋肉であり、強靭さを保ちながらも、想像以上の狭い隙間さえ通り抜けることが可能だ。


 血走ったかのように向いた瞳を備える頭部は、皮膚から盛り上がっている大小様々なが密集し、醜悪さに拍車をかけていた。


「くっ……『怪触蛸獣クラーケン』だ!! 全員逃げろォォーーーーッ!!」


 ジャワの腹の底から込み上げた絶叫が、大空洞に響き渡った。

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