第254話 セキの誤算

「ガァアアアーーーッ!!」


 セキの小太刀が地中から飛び出た砂蠕虫サンドワームを両断した。

 当初は数を把握していたエステルたちもすでに数えてることを止め、周囲に警戒網を張り巡らせることという一点に集中していた。


「こ……ここまで東側って魔獣が多いの……?」


 周囲に遮蔽物のない広大な地に見合わない、音量ボリュームを抑えた声をあげたのはエステルだ。彼女がどれだけ警戒しているかが読み取れる仕草でもある。


「いや――ここまで魔獣が出るのは初めてかも……」


(なんでだ……もしかして千幻樹以降で世界に自然魔力ナトラが溢れて活発に……?)


 セキにとって周辺の魔獣が束になろうと問題ではない。

 だが、彼女たちにとっては一匹でさえ命の天秤が容易に傾く相手でもある。


「そうなのか……オレたちの配置はここで大丈夫か? 下手にセキお前の妨げになっちまうのだけは避けてえとこだ――ってか、現状それくらいしかできねえのが歯痒いがな……」


「あ――うん。そこまで気を回してくれて助かる! みんなに問題はまったくない! むしろ、この異常発生とおれが問題かな……」


 セキが自覚した自身の問題。

 それは今までのパーティにも関係していた。魔力を放出しないセキは魔獣に狙われることが極点に少ないのだ。

 だからこそ同行者が先に狙われることとなる。


「ちょっとおれが見誤ってた部分が大きいかも……」


「いえ――セキ様。それはわたしたちも覚悟の上です。高望みをする以上、相応の危険はあって当たり前ですので……」


「遮蔽物がないのが吉とでるか凶と出るかですねっ。チピが騒ぎ立ててくれますが、受けるすべが限られていますのでっ」


 これまでは同行者が先に狙われることに問題はなかった。

 共に行動する者に相応の力量があったため、初撃を往なしつつ魔獣の背後をセキが強襲することができたからだ。

 だが、今は違う。同行者が先に狙われたならばそれをセキが受けに行かねばならないのだ。


「うん。ありがとう――みんなは最悪受けに回る場合、複数を相手にしないように。四種よにんで一匹を集中するようなイメージで」


「了解! あと少し崖下側の魔獣の姿をちらほら見かけるようになってきてるかも……」


 セキが不慣れながら飛ばす拙い指示。

 一種ひとりに慣れすぎたゆえの弊害とも言えるだろう。


「当たり前のように火翼獣ヘルコンドルが飛び回ってるのは勘弁だな……ありゃ百獣だろう……」


 グレッグが口元を抑えながら目を丸くしている。


「こちら側ではこれが当たり前なのでしょう……通常はハープやレルヴ周辺で年単位の修練を積んでから他の国に向かうわけですので……」


 グレッグが、まぁオレは積んでこれなんだが……、と目線で示すがルリーテ自身も周囲を見回しているため、視線が交わることはない。


「みなさん待ってください! チピがすごい騒いでいます。また魔獣が周囲に来ていると思いますっ!」


 エディットの声で瞬間的に臨戦態勢をとる一同。にも関わらずセキが探るように眉をひそめていた。


(この……感覚……――やべぇッ!!)


「みんな――ッ!! こっちに飛び込めッ!!」


 セキの掛け声に全員が意識を集中するとほぼ同時。

 彼女たちの地面が陥没し、周辺が丸ごと飲み込まれるほどの巨大な顎が地面から飛び出してきたのだ。


 砂渇蛇サンドスネイク

 砂と同色の鱗を纏い、砂蠕虫サンドワームも容易に食らう捕食者である。

 口から覗く牙の一本が彼女たちとそう大きさが変わらないという、巨躯を誇る魔獣だ。


「セキ! あっちにも砂柱が立ってる!」


 安堵の吐息を漏らす暇はないことを自覚しているエステルはさらに魔獣の存在を指し示した。


「いや――背後だけじゃねえぞ! 北側もだッ!」


 グレッグの向ける視線の先に上がる砂柱は五本。エステルの示した方角と合わせれば計八本の柱を捉えていた。


 それは砂蠕虫サンドワームが蠢く合図でもある。

 だが、その声を受けた刹那の時間は、セキが砂渇蛇サンドスネイクを刻むには十分すぎる時間でもあった。


 細切れにした砂渇蛇サンドスネイクへ一瞥もくれず、背後の砂蠕虫サンドワームの群れへ向き直したセキ。


 だが――


 その瞬間、セキの背後にいたエステルたちの足元に特大の亀裂が生じていた。 

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