第255話 地獄への手招き

 セキが砂蠕虫サンドワームへ疾走したと同時。

 少女たちの踏みしめる大地が軋みという悲鳴から一転、崖崩れという叫びを響かせた。


「――え?」


 咄嗟に逃れる範囲でない大規模の崖崩れは、彼女たちを底の見えない奈落への手招きと同義だ。


 呆気にとられた声をあげる中、いち早く反応したのはエステルだった。

 即座にサテラを崖上に飛ばし、


「〈引月ルナベル〉――ッ! みんな手を!!」


 崖上に一番近いグレッグを引き寄せながら叫び声をあげる。


「エディ! 手ぇ伸ばせぇーーッ!!」


 さらにグレッグがエディットの手を握り、


「ルリさんッ!!」


 ルリーテの腕をエディットが掴む。


「エステル様ッ!!」


 ルリーテがさらにエステルへ手を伸ばす。

 だが――


「エステルッ!! 横だーーッ!!」


 グレッグの怒号にも似た叫びに釣られ、エステルが向けた視線の先。

 獲物が落ちて来たと言わんばかりに火翼獣ヘルコンドルが突っ込んできていたのだ。


 そのまま手を取れば恰好の的。さらに言えばエステルごと引きずられればルリーテたちも奈落の底へと同伴することとなる。


 だからこそ――


 エステルは決断した。


「レイッ! そのままみんなを引っ張りあげてッ!」


 エステルは伸ばした手を引き、代わりに徽杖バトンを力強く握りしめた。


「エス――ッ!!」


 ルリーテが喉を震わせる前に、火翼獣ヘルコンドルがエステルへと襲い掛かる。

 握りしめた徽杖バトンでかろうじて嘴を逸らし肩口を抉られるに留めるが、衝突の勢いのままにエステルは奈落へ導かれていく。



「みんな一気に引っ張り上げるぞッ!!」


 そこへ全ての砂蠕虫サンドワームを塵に返したセキがグレッグの手を取ると、三種さんにん分の重さなど物ともせず、崖上へと放り上げた。


「エステル! 自分を引き寄せろ!!」


 十枚の薄切苦無クナイ火翼獣ヘルコンドルを貫くと同時に声を張り上げた。

 だが、飛翔系の魔獣たちは崖に落ち行く少女目掛けて次々と群がっていく。


「セキ……! 絶対わたし諦めないから――ッ!!」


 少女の瞳に諦めの色は宿っていなかった。

 それはすでに崖上からサテラで引き寄せられる範囲外であることを、自覚してなお紡いだ強き意思を体現しているようだった。


「なら、そこ――くそがッ!!」


 その場でサテラで引き寄せるという提案をセキは口にすることができなかった。

 空中で静止することは、群がる飛翔系の魔獣に食事を提供することと同義だということを理解したからこその選択だった。


 エステルに襲い掛かる魔獣をセキの薄切苦無クナイが穿ち続けるにも限度がある。

 だからこそエステルは詩を詠んだ。


「〈引月ルナベル〉ッ!」


 自由落下状態から、さらに自分を『下』へ引き寄せる。

 落下速度がさらに上がり、迫り来る魔獣たちも容易に追いつくことは不可能な速度となるが、地獄の底への道のりが早くなっただけでもある。


「エステル!? くッそがぁぁぁっ!! 今……――」


 セキが崖下へ走ろうとした時、その足が止まった。


 エステルをこのまま見失うわけにはいかない。

 だが。

 同時にここへルリーテたちを置いていくこともそれと同義なのだ。


「セキ……! 迷うこたぁねえ……エステルの元へ行ってやってくれ……!」


「一刻を争います。わたしたちは動かずに身を潜めていますので早く!」


「周囲の魔獣を討伐してくれた今なら砂漠地帯でも少し安全なはずです! だから早くエステルさんを!」


 一瞬でセキの迷いを見抜いた上での言葉。

 そして先のエステル同様、諦めの色を宿す者は誰一種ひとりとしていない。


「わ……かった……出来れば砂漠側の岩場に――って言いたいけど、それももう怪しい。だからこの場を動かないでいて!」


 頷きあうと同時にセキが崖下へ走り出す。

 すでにエステルは豆粒どころか、その姿が見えないほどに落下していた。

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