第231話 思い出の日 その2

「最終日をこんな形で迎えてしまってすいません……ですが、この臨時期間……頼りがいのある盾術士の姿を見せて頂きました。本当に……ありがとうございました!」


「すみません……エステル様はもちろん、わたしもこんなことは望んでいなかったのですが……」


 レルヴの街についたエディットたちは不本意でありながらも、別れの言葉を告げざるを得なかった。


「あ――ああ。気にすんな――って言っても気休めにゃならないわな……でも……」


 グレッグの性格からしても共に待つことに難色を示すことはない、と確信を持っている。

 だからこそ今この場では締めという形を取らなければならないのだ。


「いや――オレにとってもかけがえのない経験をさせてもらった」


 誰もがパーティや星団の加入は慎重になるが、そこに同情や哀れみが差し込まれれば、判断が鈍くなることは当然である。

 そんな流された状況を作らないためという、今できうるせめてものエディットの配慮だ。


「それと……あの二種ふたりのことならあまり心配はしてねーがな」

 

 また、事後の報告はするつもりのエディットだが、状況が読めない以上、すぐに二種ふたりが戻るという楽観的な思考は極力排除しておくべきだという意思も伴った上での決定だった。


「改めてご挨拶に伺わせて頂くと思います。そして……最後がこんな形ですみません……ですが、エディの言う通り素晴らしい経験と刺激をありがとうございました」


「傷の手当はしにいくので、どちらにせよ――ですが!」


「ああ。だが、区切りは区切り――か。ありがとうよ」


 握手を交わし合うとグレッグは雑踏の中へ。

 エディットはやや俯くルリーテに寄り添い、宿へ向かうのだった。



◇◆

「いつまで……待つつもりなの……?」


 時が過ぎることを待てば、途端に経過は遅く感じるものだ。

 先に沈黙を破ることになったエステルは、膝に埋めたまま呟いた。


「いつまでも……?」


 今は静寂に身を任せるだけの時間だ。

 決して戦いの最中ではない。

 だが、今のセキに感じる安心感は、どちらかと言えば談笑する時のセキではなく、戦闘中のセキに通じる落ち着きがあった。


一種ひとりで塞ぎ込みたくなることって……あるからね」


 セキが草原に身を委ね、静かに輝く星々を見上げ腕を伸ばす。


「でも……ほんとに一種ひとりっきりだと寂しかったりね」


「セキも……そういうことあったの……?」


 膝にベタ付けしていた額が僅かに浮く。

 仰向けとなったセキの腹部で忙しなく両者へ首を振るチピは、鳴き声を我慢するべき状況だ。ということだけは理解しているようだ。


「うん。あったけど……」


 落ち着きのある声から、若干声色トーンが下がったことを感じた。


「おれの場合は……姉さんがこうして静かに放っておいてくれなかったからね……」


 セキ自身が経験を踏まえ、今こうして隣にいる。

 やや視線を遠きに置いているが、

 

「でも……それはそれで……嫌じゃなかったんでしょ?」


「まぁ……ね。姉さんなりの慰め方というか……小狡いというか……」


 それが否定を示しているわけではないと彼女も理解わかっていた。

 だからこそ、今こうして側にいることはセキなりに考えた抜いた上での行動だということも。


「ごめん……」


「謝る必要はないけど……落ち着いてきた?」


 淡い明かりが照らす暗闇は、探索中であれば恐怖を搔き立てる存在であることはたしかだ。

 しかし、視点を変えれば、この静寂は乱れた心を落ち着けるに相応しく。

 涼し気な空気を吸い込めば茹った思考を自然と冷やした。


団長あのひとに言われて……改めて振り返ったら……さ。迷惑ばかりかけてるって……」


 弱々しく喉を震わせる少女。

 セキは瞳を空へ向けたまま、耳を傾けた。


「精選の時も。式典セレモニーの時も……それに言えてなかったけど……千幻樹の果実……あれ……わたし見つけてたんだ……」


(そういうことかよ。イース……――)


 本種ほんにんの口から告げられた事実は、セキの鼓動を早めるに十分な衝撃を伴っている。

 僅かながら体を硬直させることとなるが、続く言葉を遮るようなことはなかった。


「でも他のひとに譲っちゃって……そんな余裕がわたしにあるのかって……――」


 この事実を皮切りに、出会った獣種じゅうじんや幻域に向かったという事実を余すことなく伝えることとなる。

 独白にも似たエステルの言葉を、瞼を下ろしセキは噛みしめるように聞き入っていた。




「じゃあ今度は……おれの素直な想いを伝えるから」


 少女の独白が終わりを迎えていた。

 激情に任せるがままに吐き出さず、落ち着いて言葉にした一方で、歩んできたはずの道のりがぼやけてしまったように、たどたどしいものでもあった。


「今回の件。あの団長ってやつの力が、エステルたちより強かったのはまぁ……よく分かる」


 セキは体を起こし少女と向き合う。

 伏目がちではあるものの、時折視線が交差した。


「だからって……団長あいつの言葉に踊らされる必要はないよ……『仲間』って言葉を都合良く使ってるって感じちゃったんでしょ?」


 頼もしさを伴う柔らかな声。

 普段よりもいささか調子リズムを落とし、聴く者――エステルだけのために綴られたセキ自身の声だ。


「でも……実際に……わたしは自分の身の丈に合わないことばかりを……その結果みんなが……」


 ぎこちなくも交わされ始める会話。

 結論を急ぐことはない。時間はいくらでもあるから――

 セキの穏やかな瞳がそう語り掛けている。


「おれの場合はね。身の丈に合わないことを求めてるのに、求めるものになら問題だって言うかな」


 言葉の起伏を明確に示した一言だ。

 普段からセキは言葉じたいは拙くとも抑揚を感じる喋り方をするが、何を――どこを伝えたいか、より意識した上で発せられたものだと彼女は感じ取った。


「求めるものが都合良く落ちてるわけもないのに――」


 吐き捨てるように呟く仕草はまだエステルの知らぬセキの過去を匂わせる。


「それか……そういうやつは全力を出せば届くとでも思ってるのかもしれないね。全力の出し方も知らない癖に――ね」


 やや思考が負に傾いたことを自覚したのか、セキは頭を振った。

 一度大きく深呼吸をすると、


「何ができるのか。何ができないのか。なんて全力を出して初めて見えてくるものだと思ってる」


 元の穏やかな口調で己の考えを――信念に近い、経験から学んだ生き様を告げた。


「そして……全力って、何ができるようになりたいかを明確にしているからこそ、振り絞ることができる――」


 セキはエステルを揺らすこともブレることもない瞳で射貫いた。


「んで……エステルは全力を出すことができるよね?」


 首を傾げたセキの口元は綻んでいるように見えた。


「だって……あんな小さい頃に『章術士』という道をエステルは自分の意思で選んで手を伸ばし続けてるんだから」


 分かったことがある。

 セキがすでに歩いたであろう道のりに、今の自分と同じ葛藤があったと。

 だから上辺だけの言葉にならないと。


「エステルだけじゃなくてルリもエディもみんなが手を伸ばして藻掻いてる。今日の自分よりも、明日の自分が成長できるようにね」


 それはセキ自身も藻掻いているからこそ口に出た言葉だ。


「その途中なんだ。お互い得意なことだって違う。だから……今日はおれが守る形になったけど……明日はおれが守られる立場かもしれない」


 浮き彫りである己の適正を、誰よりも熟知しているセキだからこその言葉だ。


「だから今回の結果を見て……仲間って間柄に疑問を持つほど、エステルは頼り切ってるわけじゃないし……ましてや迷惑をかけられたなんて思ってもいないよ……誰もがね」


 圧倒的な力を見せ、背中すら見えないほどに遠く感じていた青年の姿。

 だが、気が付けば隣で微笑んでいるの姿が見える――そんな優しい幻想をエステルの瞳は映していた。

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