第35話 極獣素材

「すいません、奥の紹介所経営のラゴスです。お忙しいところ申し訳ないのですが鑑定士さんいらっしゃいますか?」


 ギルド直営店の中へ入り受付でラゴスが手続きをしている。

 その間にセキは内部を見渡しているが外から見ている以上に内部の作りは豪華だ。部屋を照らす明かりは多灯天井灯シャンデリア。受注所や報告所の待合室には立派な長椅子ソファーが並んでおり、あちらこちらに店舗のスタッフが配備されている。セキの位置からでは酒場側の様子は伺えないが、こちらの雰囲気に見合ったものであろうことは容易に想像がつく。

 その時、報告所のほうがざわついており、ラゴスを除いた五種ごにんはふとそちらに目を向ける。そこにいたのは昨日出合ったフリッツとその仲間たちであった。

 様子から察するに昨日受注したクエストを完了させたということがわかる。


「ちっ……巨蜂ジャイアントホーネットの蜜を手に入れてきたんだな……」


 テッドが顔をしかめながら呟く。


「だろうな……あれはそう簡単に手に入るもんじゃねえからな……」


 トッポがテッドの呟きに反応する。その様子を見ていたステアは少し心配そうな表情を浮かべながら側に行き。


「あのっ……私が言うのもなんですが、テッドさんたちだって、いつもしっかりクエストをこなしてくれてるんですから……それで私たちもすごい助かってますし……」


 ステアも三種さんにんとフリッツの間柄を知っているのだろう。三種さんにんをなんとか励まそうと声をかけたことがわかる。テッドたちもその気持ちに気がついたのか、先ほどまでの苦々しい顔が一変、むしろ清々しいほどに満たされた顔となっている。ステアが一声掛ければ満たされる。とても燃費の良い三種さんにん組である。


「それでは連れて参りますのであちらでお待ちください。飲み物は受付卓カウンターで承っておりますのでご自由にお飲みください」


 ラゴスと話していた受付嬢は丁寧にお辞儀をすると奥へとその姿を消す。見送ったラゴスも五種ごにんの元に戻ってくる。


「よかった。見てもらえるそうだよ……酒場のほうで待ってるように言われたので移動しておこうか……」 


 ラゴスの言葉に五種ごにんは頷き隣接する酒場へと足を運ぶこととなった。

 酒場側はセキの想像通り、いや想像以上のものだった。大小様々な木円卓テーブルが用意されているが全て古美術品アンティーク調に統一されており、まさに探求士の集う憩いの場所という雰囲気を醸し出している。魔具の光が彩る天井は古美術品アンティークの重厚な威厳を損ねないよう高く作られており圧迫感が一切感じられない。おまけに酒場側のスタッフは若い適受種ヒューマン受精種エルフが多く、普段殺伐としがちな探求士たちへ視覚的にも潤いを与えていることがわかる。

 本拠地ホームの変更は手間がかかるのかな、そんな悪魔の囁きさえセキの脳裏に響き渡る。


「いやぁ……相変わらずすごいねぇ……」

「何いってんだい。ラゴ爺のところも俺たちが盛り上げてやるからよ! 今から気落ちしてたらいけねえぜ!」


 賑わう酒場の様子を見てラゴスは素直に感心している。が、テッドたちはラゴスの紹介所もこれからこうなるんだ! と、根拠のない自信を振りかざす。日頃お世話になっている紹介所への恩義を忘れていないことは十分に伝わってくる。

 広めの木円卓テーブルを見つけ、そこで待っているとステアが五種ごにんに飲み物を聞き注文しに席を立つ。テッドたちもすかさず、手伝います! とそれについていく。

 セキも行こうかと悩む表情を見せていたがみんなで行っても仕方ないと思い直し静かに席に座っていた。

 そこに報告を終えたフリッツたちも酒場に姿を現す。席を探した際にラゴスが目に止まったのか、つかつかとラゴスに向かって歩いてくる。


「おやぁ……どなたかと思えばラゴスさんではないですか……あまりに探求士がこないのでサボりですかぁ……? いけませんねぇ……」

「いやぁ……ちょっとうちでは鑑定できない素材があったので、こちらで鑑定してもらおうと……」


 フリッツの相変わらずの飛ばし具合にセキは無言で青筋を立てている。


「ククッ……そちらに持ち込まれるような素材で、わざわざ鑑定など必要ないでしょう? 私たちのように巨蜂ジャイアントホーネットの蜜などのきちょ~~な素材ならわかりますがね?」


 フリッツたちもクエストで入手した素材の鑑定待ちということがわかる。ラゴスはラゴスで対応に困っている様子なので、セキが口を挟もうとするとちょうどテッドたちが飲み物を持ち戻ってくる。


「あ? おめー何しにきたんだ?」


 テッドが昨日のように不機嫌な顔でフリッツに突っかかる。


「いえいえ、ちょっときちょ~~~~~な蜜を入手したので鑑定士を待っているだけですが?」


 さきほどよりも、強調した物言いはちょっとではないだろう、とセキは思うが口には出さないように気を付ける。そのやりとりを見ているステアがおろおろと目を泳がせているがそこにギルドの鑑定士が到着する。良いタイミングだ。


「お待たせして申し訳ございません。わたくしギルドの公認鑑定士のホトと申します」


 丁寧な物腰でありながら、場が引き締まるような清潔さを漂わせる受精種エルフの男だ。


「おやぁ……、早いですね~! さすがにきちょ~~~~~~~~な蜜の鑑定ですからねぇ……ギルド側も早く知りたいと言うことですね?」


 フリッツがその醜悪な心を躍らせながら鑑定士に問いかけていると、仲間の三種さんにんもフリッツの元へと集まってくるが……


「いえ、申し訳ございません。わたくしは、ラゴス様のお持ちになった魔力源となる素材の鑑定士なので蜜の鑑定はもう少々お待ちください。あれはわたくしが鑑定するまでもございませんので」


 ホトと名乗る男が表情を崩さずに冷静に回答するとフリッツは顔を赤くして黙ってしまう。椅子に腰かけたテッドたちは、いい気味だ、と言わんばかりに笑っていた。


「ふん……まぁちょうどいいから、どんな素材が私たちも見ておくとしようか……あまりに低レベルな素材すぎて私たちでは見分けがつかないかもしれませんがねぇ……」


 フリッツの言葉に背後にいる仲間もくすくすと嘲笑している。ちょっとくらいの恥などおかまいなしの態度は、ある意味尊敬に値するものかもしれない、とセキは考える。だが、鑑定士はそういったことは気にせずと言った様子で鑑定素材の提出を促してくる。プロ意識が高い。


「よろしくお願いします。これになるのですが……」


 そう言ってラゴスはセキから預かっていた素材の牙を木円卓テーブルの上に赤ん坊を置くかのようにそっと下ろす。それを見たフリッツたちはがひそひそ喋っている。


「フリッツ、なにあのブサイクな素材……ちょっとやめてよ……笑っちゃう……」

「ククッ……おいおい……必死で集めてきたんだから笑うのは……ククッ……失礼だろ……」


 正直言って目障りな上に耳障りだ。だが――ラゴスが見た時よりも目を見開いているかもしれないというくらいにホトはその素材を凝視していた。

 登場時の冷静さもいささか崩れ始めている様子だ。


「あ、あの……これを手に入れた状況を伺ってもよろしいですか……?」


 ホトの言葉にラゴスは頷くとセキに視線を移す。セキも同じく頷き自分の思い出せる状況を語りだした。


「えっと……二年くらい前に南大陸バルバトスの東の岩山地帯で遭遇した牙嘴悪獣ガーゴイルの親戚みたいなやつなんですけど……あ、でもでかさは非じゃないくらいでかくて……蝗に似た魔獣をアホみたいに呼び出してくるんですよね。翼もありましたけどさすがにあんなの持ち歩けないので……口の中には歪な牙が並んでたかな? これがそのうちの一個ということなんですけど……頭には金の冠じゃないですけどそれに似たような角? が生えてたかな~……そんなやつで蝗みたいなのが草木はおろか岩でも平気で食い荒らすような感じでしたね。名前知らないのであれですが……」


 セキは一生懸命に当時の状況を思い出しながら伝わるかも怪しい拙い説明をホトに行う。

 ホトの目は話が進むにつれ鋭さを増していく。フリッツたちは南大陸バルバトスという単語が出た時点でやれやれと言った表情を見せており信じていないことがわかる。


「その魔獣は今までに何度も遭遇したことがあるのでしょうか……?」


 ホトは真剣な眼差しでセキに問いかける。喉の渇きを顕著に感じているのか何度も喉を鳴らす音が耳に入る。


「いえ、そいつはその時の一回だけしか出合ったことはないですね……」


 ホトは再度、素材を見ると酒場のカウンターに振り向き何か合図を送る。


「すみません、こちら魔力を計らせて頂いても?」

「ええ、お願いします」


 先ほどの合図がそれだったのだろうか店の奥から何名かのスタッフが出てくる。そのスタッフに先ほどのセキの説明した状況を伝えると必要以上に丁寧に木円卓テーブルの上の素材を包み店の奥へと持っていく。

 抱えるスタッフを戦闘向けのスタッフが取り囲む形で移動しておりこのわずかな距離でもこの念の入れようである。


「お時間を取らせてしまい申し訳ございません。ですが……わたくし南大陸バルバトスでプリフィック騎士団が討伐した極獣『魂喰三獣ケルベロス』の素材を鑑定したことがございます……ですが、あの素材は……見た限りではそれ以上の素材かと思うのですが……」


  『魂喰三獣ケルベロス』の名前に木円卓テーブルにいた全員、いや聞き耳を立てていた回りの探求士まで驚愕する。説明をしているホト自身も冷静沈着そのものだったはずが、いつの間にか汗を流しており、手持ちのハンカチで何度も額を拭っていた。


「あ、『魂喰三獣ケルベロス』ならわかります。首の数が目印になりますし結構な頻度で遭遇してるので。魔獣の強さと価値がどこまで同じように上がっていくのかわからないですけど……ですがこいつと比べたら魂喰三獣ケルベロスは比べものにならないくらい弱いですね。空戦と陸戦の相性もあるとは思いますが、こいつの場合、ちょっと死にかけましたし」

「し……失礼ですが、セキ様はどこの星団に? いや、もしくは国家騎士団等に所属をされているのですよね……?」

「いえ……特にそういうのは入っていないですね。こいつは一種ひとりで倒したので……」


 言っている意味がわからない。ホトの今の心境を一番わかりやすく表現している言葉だ。

 『魂喰三獣ケルベロス』は最上位である『極獣』に位置付けされている。『極獣』に位置付けされているということは自分たちから見れば伝承や伝説に位置する生物と同等であり、国の総力を結集して戦う類の化け物である。『極獣』の中でも強さの序列は存在する。

 それは自然の摂理であり理解の範疇ではある。だが、魂喰三獣ケルベロスは弱いですね。こいつはちょっと死にかけました、とかそういう問題じゃねーから、とホトは心の中で叫ぶ。


「あ、あの……こちら討伐してその報告の時に鑑定等はしていなかったのでしょうか……?」

「えっと、うちの故郷の鍛冶屋の爺さんたちに上げたら『腕がなるぜ!』って言って、持ってっちゃったので……あとギルド登録とかもしてなかったですし。その時の余りが今の素材ですね」


 価値がわかっていないにも程がある、とホトは木円卓テーブルをひっくり返す激情を必死で抑えている。すでに回りで聞いているラゴスや探求士たちは話に付いていけておらず、ステアは今の状況におろおろと回りを見回すことしかできなかった。

 そこに先ほどのスタッフが小走りで駆け寄ってくる。


「ダメです……測定できません……伝達で本部に連絡し魔力波長を見ても該当はなく、聞いた特徴と過去の伝承から一致する魔獣を本部のほうで探したところ……」


 スタッフ自身も気が動転しているようで説明は丁寧だが声がとても震えている。


「ええ、わたくしも目星を付けている魔獣がいます。見解が一致するか興味深い……ぜひ聞かせてください」

「『飛蝗破獣アバドン』……ではないかと……」


 聞き耳を立てていた探求士たちもすでにこそこそすることなく木円卓テーブルを囲むように立っており、その輪を見た他の探求士も集まっていた。その状況でギルド直営が誇る煌びやかな酒場が一気に凍り付く。


「わたくしの鑑定眼もなかなかのものですね……わたくしも……同意見です」


 ホトの一挙一動に酒場の視線が集中している。ホトはコホンと喉を鳴らし仕切り直すと改めて木円卓テーブルに肘をつき、セキを見つめる。


「セキさん……ギルドの総意として『飛蝗破獣アバドン』の素材という結論になります。本物なのか偽物なのかそれは議論の価値がありません。なぜなら相応以上の魔力を発している以上、すでに価値は認められておりますので」

「『飛蝗破獣アバドン』っていうやつの可能性が高いってことですね。鑑定ありがとうございます。名前を知ることができてよかったです」


(ほんとに知らない魔獣の名前だな……うちみたいな地方の伝承だとやっぱり口伝ばっかだからなぁ……)


 結論を受けてセキは名前を知ることができて喜んでいる。

 セキ以外は『飛蝗破獣アバドン』という極獣の位置付けも含めて表情は固まったままである。ホトは、喜ぶべきはそこじゃねーから、と声をあげたかったがそこは紳士の心得を発揮し、セキに交渉を持ちかける。


「そこで……ですね。お話からするとこちら討伐の報告等を一切していないとのこと。ならばこちらで報告と換金をして頂けるならば、即金で百万コバルの用意があります。如何でしょうか」


(うそ……!! こんな欠片でそんな大金になるの!? おれ今までハネ爺たちにどれだけ搾取されていたんだ……)


 目が飛び出る額がホトの口から告げられる。先ほどのスタッフも頷いている。回りは付いていけない状態からさらに情報が上乗せされ、ただただ二種ふたりのやりとりを見守るだけだ。ステアは両手で口を抑え目をぱちぱちさせており、セキは告げられた金額に表情を変えることなくホトと向き合っているが、それは冷静を装うことすらできず表情が固まっているだけの結果である。


(いかんいかん、今は思考を停止させてる場合じゃない……当初の目的を忘れるところだった……)


 想定外と言わんばかりの値段を提示してきたホトであったが、


「すごい高く見積もってもらってありがとうございます。でも、捌くならラゴスさんのとこで捌いてもらうんで大丈夫です」


 笑顔で手を横に振りながら提案を拒否するとスタッフが持ってきていた素材を素手で掴みラゴスの前に置く。


「たしか良い評判が集まれば良い探求士も集まる、でしたよね?」


 セキの言葉に思考が停止していたラゴスの脳が動き出す。だが、とてもではないがラゴスはこんな神話級の素材を扱える自信などない。


「あ、セキくん……ありがたい申し出だが、うちではとてもではないが百万コバルの値段では買い取りなど……」

「あ、すぐの買取である必要ないです。この素材じたいはおれがステアさんにお土産のつもりで持ってきたんですから」


 セキにとっては本来、百獣の報酬をお土産として渡す予定だったが、結果としてそれを超える極獣の報酬になっただけの話だ。心配していた加工等もしない状態で、こんな値段になるとは思ってもいなかったが。

 だが、そのセキの発言にステアは声をあげて驚きを見せる。それは至って通常の反応であり、この場の誰もがそんなことを言われたら声をあげるだろう。


「えっ……! ちょっと……セキくん、こんなのもらえないよ……?」


 ステアは手を顔の前で横に振りながら、一緒に首もブンブンと横に振りすごい勢いだ。すでに背後で聞いていたフリッツたちは呆然と場を眺めることしかできない。


「おれもここまで高くなるとは思ってませんでしたが、元々売る気もなくて余りを持ち歩いてたものですから……まぁそこの話は後にしましょうか」


 そういいながらホトに向き直すセキ。


「何はともあれ鑑定助かりました」


 深々と頭を下げながらお礼の言葉を口にする。あっさりと交渉を断られたホトは交渉の材料を思考中のようだが、なかなか良い案が思い浮かばないようで眉をひそめている。


「あ、いえ……こちらこそとても貴重な素材を拝見させて頂きました……あ、あのラゴスさん後でお伺いさせて頂いても……?」

「え、ええ……こちらとしては構いませんが……」


 ホトの行動は極獣の素材を見たものなら当然の行動と言える。なぜなら極獣は、そもそも討伐できる者、いや、討伐じたい南大陸バルバトスに存在する国が素材を確保するために自身の国の総力を挙げて討伐するような存在という認識である。

 その結果素材じたいが滅多に流通することがなく、ギルド内で実際に極獣素材を見たことがある者もそう多くない。


「それじゃ一度、ラゴスさんの所に戻りましょうか。なんだか回りも賑やかになってしまいましたし……」

「そ、そうだね……戻って気持ちを落ち着けよう……」


 六種ろくにんは椅子を引き木円卓テーブルから立ち上がる。セキはテッドたちが唖然とするフリッツに何か言うかと思っていたが、当の三種さんにんもそれどころではなく、ただただ席を立つセキについていくだけだった。ステアも頭がぐるぐると目まぐるしく回っているようで、ホトたちにお礼の言葉を言うものの、かなり上の空な様子だ。


「それじゃ、また何かあったら頼らせてください。では失礼しますね」


 セキは酒場の入口で見送るホトたちに再度、お礼の言葉を告げると呆然と歩く五種ごにんの後ろ姿を追っていった――

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