第240話 ニモリートへ その7

「――え?」


 三にん揃って喉を震わせた。

 ブラウは痛みを感じている様子はない。

 まるで妖精幽フェリアの腕がすり抜けているように。


『ニ……ニィ……』


 そこで妖精幽フェリアが力無くブラウの胸元から腕を抜いた。

 握られているのは、仄かに赤く光る粒。

 これが何を意味しているのか、思考に空白を刻みつつある三名には即座に答えを出すことができなかった。


 誰もが微動だにせず、経過を見守っている。


 すると、妖精幽フェリアが光の粒を両手で持ち眼前で見つめ……


 ――ぱくり、と光の粒を飲み込んだ。


「――ん?」


 直後、ブラウが仰向けに倒れ込む。

 次々に起こる出来事に思考の整理もままならない状態だ。

 あまりに唐突であり、ブラウを支えることすらできず、その場で佇む二種ふたり


「え……ちょっとなに……? 何が起こってるの? 魂食べられちゃった?」


 クリルが恐ろしいことを口走る。

 だが、その一言はゴルドにとってヒントになった。


「違う……食べたのは魂じゃない……さっきの光の粒……あれブラウの加護精霊だよ!」


 ゴルドの言葉とほぼ同じタイミングで、妖精幽フェリアに異変が起きた。

 仰向けで気を失ったブラウの胸元で、座り込んでいたが……

 溶けていた羽に火が付いたように燃え上がり、限りなく透明だった髪が透き通った赤色に変色していく。


『――ニッ! ニニィーッ!』


 背中と足。

 共に炎の揺らめきが羽代わりというように羽ばたくとくるくると旋回を始める。

 よくよく見れば先ほどまで刻まれた傷もすでに塞がっているのだ。

 全身で喜びを表現するように飛び回る妖精幽フェリアに見惚れていると、


「うおおっ!! ――えっ!?」


 ブラウが上半身を勢いよく起こしたのだ。


「……ブラウ……大丈夫……よね?」


 隣に膝を付いたクリルが遠慮がちに声をかけるが、


「おぉ! クリールッ!! ここは現実だよな!?」


 気を失っていたとは思えない声量ボリュームの返事に思わず耳を塞ぐ。


「えっと……ブラウ……もしかして……?」


 ゴルドは慎重に、探るように喉を震わせるが、口元の吊り上がりを抑えることができない様子だ。

 ブラウもその事実に気が付いた時、同じように頬の緩みを止めるすべがないことを自覚した。


「その通りだ!! 俺は妖精幽フェリアと契約したんだぁぁぁぁぁッ!!」


 海を越えた中央大陸ミンドールに届いても不思議ではないほどの叫びと共にブラウが両手を天高く突き上げた。


 そして……主の喜びに呼応するように、


『ニィィィィッ!』


 妖精幽フェリアがブラウの頭上へと舞い降りた。



◇◆

「嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ……何かの間違いよ」


 野営の準備を終えた一同は焚き火を囲い魚を焼いている。

 ちなみに焚き火はブラウが準備をしており、魚はゴルド単独で獲ってきている。

 なぜなら、クリルは膝を抱えて動かないからだ。


『ニィィィ……ニッ?』


 妖精幽フェリアは心配そうにクリルの頭上を旋回しているが、反応できる余裕はなさそうである。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……参ったぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……この時のために俺は加護精霊のままだったってことかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……まさか祝福精霊ではなくて、恩恵精霊とはなぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 髪をかき上げながら、誇るブラウをゴルドは苦笑いで見守るしかない。


「でも……ほんっっっっっっっとにすごいことだよ……契約できるとは知識として知ってたけど……妖精幽フェリアじたい初めてみたし……祝福精霊と恩恵精霊は同格って言っても、貴重さが段違いだよね……」


「おいおいおいおいおい。それは言い過ぎだろぉぉぉぉ? まっ! その可能性は否定しないがな!」


 それでも心からの祝福を贈るあたり、ゴルドはひととして立派な生き方をしていると言えるだろう。

 妖精幽フェリアは契約をすると恩恵精霊という括りに分類される。

 もともとの実体を保持したまま主に恩恵をもたらすことから名付けられているが、恩恵が何か、ということを知っている者はそう多くない。

 事実としてブラウたちも呼び名が違うだけという認識である。


「そうよ……言い過ぎよ……きっと今は千幻樹の魔力が溢れて大量発生してるだけよ……!」


『ニィ~!』


「はぁぁぁぁ……もうなんて可愛いの……」


 やっと顔を上げたかと思えば、弱々しい負け惜しみが思わず口に出てしまったクリルである。

 抱えた膝に妖精幽フェリアがとまると、その愛くるしい姿に胸を高鳴らせて抱きこんでしまっている様子だ。

 妖精幽フェリアに性別という概念は存在しない。

 だが、男の子っぽい、女の子っぽい、という特徴は個体ごとに備わるようで、この妖精幽フェリアに関しては女の子のような顔立ちをしていたことも、クリルが嫉む原因の一つであった。


「じゃあ色々考える前に……ブラウ……! せっかくだから、なぁ~……!」


「――ったく、しょうがないやつだなぁ……え~っと名前は後で考えてあげないとだな……おいで~!」


 そういいつつも乗り気なブラウ。

 むしろ早く試したかったという気持ちのほうがとても大きかったことが伺える。

 妖精幽フェリアは呼びかけに笑顔を向け、ブラウの頭に座り込む。

 足先が羽のため、立つということができないためでもあろう。


「それじゃ~いっちょ降霊しますか! よ~く見ておけよ~!」


 ゴルドの子供さながらの希望に溢れた瞳。


 クリルの見たいが見たくないというもどかしい瞳。


 それらを受けてブラウはこれから先、幾度となく詠むこととなる詩に喉を震わせた。


「――〈灼火を以って 恵みと成す〉」




         パレット探求記 5.1章 閑話 ブラウ奮闘記

                  完






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パレット探求記 六章開始予定のご連絡となります。

https://kakuyomu.jp/users/zeon4992/news/16817330667747516846

いつも読んで頂いている方々には大変申し訳ないのですが、2024年1月頭からの再開とさせて頂いております。

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