第57話 望まぬ再会

「それじゃーまた様子は見に来るけど自分の家だと思ってくつろいでくれなっ!」


 姿が見えるか見えないかの距離でも隣で喋っているのかと思うほどの声量を残しガサツは港へ戻っていく。

 そしてここは精選開催地の一つ『リコダ』である。

 順を追うと昨晩のガサツにとってはささやかな宴の後、案の定リルにカグツチが捕まっていた。カグツチは何を血迷ったのか道連れにチピを名指しすると、右手にカグツチ、左手にチピという欲張りモードを発動させ自身の部屋へと消えていくこととなった。

 翌朝、二匹の虚無の眼差しを各々が視線を下げながらやり過ごすこととなるが、宴の席でガサツの提案により漁に使っている船でリコダまで送ってもらえる手筈となっていたのである。

 セラの用意した朝食を堪能した後に船へ移動。徒歩で二日ほどの道のりのため、船とはいえど一泊を挟む形を想定した予定と安易に判断を下していたのだ。

 だが、予想を裏切り当日の夜に付き、今に至るということだ。


「ガサツさん……予想通りあの魔力源そのまま使ってたな。しかも爪も羽も両方一緒に突っ込んでたぞ」

「うむ。魔力源の扱いはお主も丁寧とは言えんが、ほんとにそのまま利用しているとは我もびっくりしたかの」


 そう、ここまで早く着いた理由は明白であった。セキが渡した魔力の結晶、いわゆる魔力源は未加工のものである。魔力源を魔具の動力源として利用する際、利用する魔具に適合させるためにある程度の加工を施すことが一般的であり、それを怠った場合、魔具そのものが壊れる可能性が非常に高くなっている。


 だが、ガサツは元の動力源として船の魔具に取り付けられていた魔力源を抜き取り、無理やりねじ込んで使っていたのである。

 その結果は一漁師が所有する船としてはあり得ない速度を生み出し、その振動により何度かカグツチが船の外へと弾け飛んでいくほどに風を切り裂いて――いや、風そのものと化していた。


 道中、笑いながら話していたが、セキの魔力源にしてこの速度を得てから、下手な海の魔獣よりも速度を出すことができるため、悠々と漁を行うことが可能となり収穫量が十倍以上に跳ね上がったとのことが、ガサツ談である。


「うん……正直、わたし、自分が乗ってなかったらあれ絶対魔獣に無理やり引っ張られてるって助けにいってると思う……――ごめんなさい。追いつけないから無理かも」


 曇りのない眼差しをセキに向けてエステルが拳を握りしめながら同意を示している。


「ガサツ様、ついでだからって網投げて魚取られてましたよね。あの方どういう体幹されてるのでしょうか……向かい風と波の振動でわたし、しがみつくのが精一杯だったのですが……」

「体幹といえば足元見ないで船上も飛び跳ねてましたよね……セキさんがお手伝いで同じことしてるのはまだ理解できたのですが、漁師さんってあんなに感覚が優れていないとなれないのですかね……」


 セキを除いた少女たちが精選の開催地にたどり着いた途端に肩を落とす事態に陥っていた。

 あの筋肉に恥じない漁師としての活躍ぶりではあったが、同時に新人探求士の自信を奪っていく稀有な存在と化したガサツであった。



◇◆

 あてがわれた宿泊所へと到着した一行はその大きさと雰囲気に圧倒されていた。

 石造りの宿泊所は重々しい雰囲気を周囲に振り撒いているが、それは圧倒的な存在感を示した結果である。装飾は必要最低限と言わんばかりに数えるほどではあったが、それが逆に備わった威厳を損なうことなく見事に調和していた。


 木造の宿では醸し出すことができない雰囲気に、入口である石のアーチを通るにも初めての際は二の足を踏んでしまうことは否めない。

 エステルたちも多分に漏れず入口の前で見上げるばかりでなかなか足を前に進めることができないでいた。


「南側の漁師さんってそんなにお金持ちなのかな……?」

「いや~どう考えてもガサツさんは宵越しのコバルは持たないと思うんだけどなぁ……」


 本音という失礼な感想を呟くと意を決して、その足を進め始めたエステル。

 他の面々もそれに続き入口のアーチの先にある身の丈の倍以上はある扉に向かい、木の扉に取り付けられた金属製のノッカーを鳴らした。

 その音に反応したのか、重々しい音と共に扉が開き、中から宿泊所関係者と思われる適受種ヒューマンの男が顔を覗かせる。


「すいません~! もうこの宿泊所もいっぱいなんですよ~! ほら、この時期でしょ? もう精選まではしばらく空く予定もないんですよね~」


 適受種ヒューマンの男は申し訳なさそうに頭を下げながら、宿泊所の現状を伝える。

 それを受けてセキが一歩前に出る。


「あの~ガサツさんからここを紹介されたセキという者です。ここの宿泊所に部屋を取っておいてもらっているようなんですけど……」


 セキの言葉を聞いた男の目が見る見るうちに見開かれ、驚愕という言葉をその表情で体現するとしばらく固まっていた。

 だが、束の間の静寂の後、我を取り戻した男は重厚であったはずの扉をその力の限りを使い開け放った。


「大変失礼しました! ガサツの旦那の紹介でしたらもちろん聞いてます! 部屋は最上階をとってありますのでどうぞ心行くまでご利用ください!」


 開け放った扉に寄り添いながら、軽く腰を折りつつ、エントランスホールへその手を流すように向けている。

 ガサツの威厳を噛みしめつつ、一同は宿泊所内へと歩を進めた。


 そこに広がっていたのは、重厚感のある室内装飾インテリア大種おとなの雰囲気を演出する開放的な空間だった。

 あまりにも漁師のイメージとかけ離れた空間に困惑の色を隠しきれないセキ。

 エステルはロビーに据えられた外観同様の石で作られた長椅子ソファー石円卓テーブルに目を奪われている。

 受付卓カウンターは木材と思われるが、モノトーン系のシックな色で統一されており、手続きをしているひとを思わず紳士、淑女と呼びたくなる衝動に駆られているルリーテ。

 エディットはエントランスホール全体、そして自身を照らす眩いばかりの多灯天井灯シャンデリアを口をあけながら見上げている状態だ。


「あれ~おれのイメージだともっと魚まみれな感じだったんだけど、魚のさの字も見えないなぁ……ガサツさんなんかあくどい商売でもしてるのかなぁ~」

「うん……クヌガさんの所は木造で温かい雰囲気だったんだけど、こっちはなんだろう……貴族のひととか宿泊しててもおかしくなさそう……」

「自分で選ぶとしたら、まず候補に入りませんね。会計時によく分からない料金が発生してそうです……」

「こ……こんな所に泊まるの初めてです……ペットって大丈夫なんですよね? ダメならチピは外に置いてあたしは泊まりますが……」


 ガサツの心からの感謝とも言っていい宿の提供に対して散々な物言いである。慣れていない雰囲気に怯える気持ちは誰しも持ちえるものだが、動揺からか本音がだだ洩れである。

 チピに関してはエディットの発言に身の危険を感じたのか、セキの頭から外衣コートのフードへとその姿を隠していた。


「とりあえずここで突っ立ってるのも邪魔だろうし、部屋に向かおうか……」


 セキの言葉に一同は頷き、慎重に歩を進めるその姿はクエストよりも気を張っていることが誰の目から見ても明らかであった。


◇◆

 用意された部屋に関しても想像を裏切らず、新米探求士がまず利用することはないであろう立派な造りとなっていた。

 部屋数だけでも大広間に対して小部屋が六つ、もちろん、トイレ、風呂、キッチンも完備である。


 食事については用意されたものが運ばれる旨を受付で確認したが、自分たちでも料理を作れるように設置されているとのことだった。

 備え付けられた大型の食器棚に収納されている数多くの皿をルリーテがうっとりとした表情で眺めている様子が見受けられた。


「うん。なんだろうね。至れり尽くせりって感じだね」

「今度会ったらちゃんとお礼言わなきゃだよ……セキのおまけで一緒に入れたけど、わたしがどれだけ頑張ればここに泊まれるようになるのか想像ができないよ……」


 セキの飄々とした呟きにエステルが深刻な表情で決意を被せている。エディットは小部屋の大型寝台ベッドにその身を投げ出し満足気な声色が大広間にも届いていた。


「それに……最上階ってのがありがたいね。あれだよね? 目的地は」


 海側の壁はガラス張りとなっており、南側の海を眺めることが可能となっている。そしてセキの指差した海を見ると『精霊の誕生地』がその姿を徐々に現し始めていた。

 その地は長年海に沈んでいたにも関わらず木々が生い茂っている。その根元を彩るものも藻や海藻ではなく、草原のような背の低い草木、そして花さえも咲き誇っていた。

 自然魔力ナトラが濃ければたしかに海底であろうが花が咲くことは認識しているが、これほどの規模で咲き乱れる姿はセキも初めて目の当たりにする光景であった。


 ところどころで土が剝げている箇所から奥を覗くと複雑に絡み合った珊瑚礁が確認できる。珊瑚礁の上に積もった地表は入口に過ぎず、海の中にその姿を隠し自然魔力ナトラをふんだんに含んだ珊瑚の奥にこそ目的である精霊の卵が存在するのだ。

 エステルは駆け寄ると張り付くようにその身をガラスに預け、自身の念願を叶えるための希望の地をその目に焼き付けてるように見入っていた。


 ルリーテとエディットもその姿に吸い寄せられるように横に立つ。共に同じ場所を目指す少女たちの眼差しから、先ほどまでの戸惑いはすっかりと影を潜め自身の目標であり希望を見据える一途な瞳を取り戻していた。



◇◆

 翌朝を迎え早速精選の申し込みのため、リコダの紹介所へと足を運んだエステルたちを迎えたのは、活気というよりも興奮に近い参加探求士たちの熱気だった。

 特に前回の精選で契約をできなかった探求士の熱は高く激情を抑えることもままならない様子だ。

 だが、ここで尻込みしていては参加する意味がないことを知るエステルたちは種混ひとごみをかき分けて受付卓カウンターへと突き進んでいった。


「はい。それでは、エステル様、ルリーテ様、エディット様、セキ様、この四名のパーティで申請を受け付けいたしました。あなたたちに精霊の加護があらんことを」


 滞りなく受付を済ませたことでセキが安堵の吐息をはいている。共に参加できれば内部の魔獣も取るに足らず、エステルたちを契約に集中させることができると踏んでいるからだ。


「エステル。受付終わったけど今日はクエストは予定してないよね? ちょっと誕生地周りを確認してきたいんだけどいいかな? 夜光石が光る頃には戻るつもりだけど」

「――あ、うん。ルリも食材を見回りたいって言ってたし、エディも近辺の薬草を把握しておきたいみたいだから、このまま各自行動して宿の夕食で合流しよっか!」


 ルリーテとエディットも新しい町ということで確認しておくべきことがあったようだ。特にルリーテに関してはエディットから完治はまだ先ではあるものの、右腕を使う許可が下りたため、リハビリも兼ねて料理を作るつもりであることが雰囲気から察することができた。

 エステルを残し、密集地帯であった紹介所から出ると各々目的地へと散らばっていった。

 一種ひとり残ったエステルはリコダのクエスト内容に目を通し、オカリナとの魔獣の違いを確認しようとしていた。

 その時。


「うふふっ。誰かと思ったらエステルじゃない。あなた本当に参加する気だったのぉ?」


 この一声聞いて判別できる絡みつくような不快な声の持ち主は、エステルが知る限り一種ひとりだけだ。

 壁に貼られた発注書から視線を移す。

 そこに居た少女は整った容姿ではあるが、咎めるような鋭い目つきは以前から何も変わっていない。ウェーブがかった金髪を低めの位置で一つにまとめたシニヨンヘアの少女は、口元に何かを企んでいるかのように不敵な笑みを浮かべていた。

 背後に鎧を着た男と法衣ローブを纏った男の二名を連れている。


「うん。もちろん参加するよ。探求士であれば挑戦できるんだから、驚くことじゃないでしょ。『ハーヴィ』」


 ハーヴィと呼ばれた少女はエステルの答えに唇を歪ませながら喉を鳴らす。


「も~~……星も呼べないあなたが何をするというのぉ~……遊びに行くわけではないのよぉ。私たちのような有償魔術学校で十分な訓練をした選ばれし者たちが集うのよぉ~?」


 髪を耳にかけながら顎を突き出し、見下すような視線を向ける少女だが、エステルも、言われっぱなしではいられない、とその目を睨み返す。


「もう星は呼べるようになってるよ。それにさ……選ばれし者って? 選ばれたひとはもう教会入りしてるんじゃなかったっけ? うん、ララさんみたいにさ」


 ガギリ――と奥歯を激昂のままに嚙合わせる不快な音が響く。


「あの豚さんは親のコネに決まってるでしょぉ~……でなければあんな見た目も醜い動きもトロいあの方が選ばれるはずないでしょぉ~?」


 憤りのままにその瞳孔を開くハーヴィだが、エステルは一切の揺るぎなくハーヴィの瞳を見据えていた。

 そこに後ろで控えていた法衣ローブの男がハーヴィの隣へ歩み寄る。


「くっくっ……まぁまぁハーヴィ。探求士なんだ口喧嘩なんてスマートじゃない。精選というきみが活躍するとっておきの舞台があるんだ。そこで証明すればいいのさ」


 さらに鎧の男も髪をかき上げながらハーヴィの肩へ手を回す。


「そうそう。南なんて行ってみりゃなんてことないんだけどね。憧れちゃうのはしょうがないのさ。でもきみも可愛いね? 一緒に面倒見てあげようか?」


 ハーヴィが鎧の男を睨みつけると同時にエステルも鎧の男に視線を移していた。大きく息を吸い込みその切れ長の瞳を見開き、


「いいえ、結構です。わたしには一緒に戦ってくれる仲間がいますから」


 やれやれ、といったように手の平で天を仰ぐ鎧の男。法衣ローブの男は小馬鹿にするように鼻で笑い憐れむような目でエステルを見ていた。


「うふふっ……意地だけではどうにもならない世界を知らないのねぇ……このひとたち南出身の探求士よぉ? 今は子葉カタリィ級だけど、もう本葉トゥーラ級目前の……ね。まぁあなたの面倒を見るなんてことはどちらにせよないんだけどねぇ~」

「どうにもならないかどうかは精選が終わってみなきゃ分からないよ。それともういいかな? あなたと違ってそんなに暇じゃないんだ。わたしは」


 エステルはそう告げるとハーヴィの返事を待たずに踵を返し紹介所の出入り口へと歩き出す。

 ハーヴィ自身もこれ以上の話をする必要性を感じておらず、エステルの背中へただただ不愉快な笑い声を届けるだけだった。

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