第267話 セキの祖母 マハ

「いい応急処置のおかげで完治も早そうねぇ……小さな癒術士さんに感謝するのねぇ……」


 コト村の一角。他の家屋とは一線を画す白い家屋の中に彼女たちは居た。


「――あ……ありがとうございます!」


 エステルが星の煌めきを瞳に宿しお礼の言葉を告げると、目の前に膝を付いていた女性が立ち上がった。

 見た目の年齢で言えばエステルの母、ステアと同程度。

 金色の長髪を揺らし、そこから覗くは受精種エルフ特有の長い耳だ。


「凄まじい治癒の力ですね……あれだけ粉々だった骨が……」


「おぉ……上級の治癒の詩は初めてみました!」


 ルリーテが信じられないものを見たように震える隣で、エディットが鼻息を荒げながら拳を握りしめていた。


「そうは言っても詩の治癒は相手の魔力に依存するからねぇ……」


 少女たちの歓声に微笑みつつ、椅子へ腰掛ける女性。


「今日は骨の治癒まで……ちょっとまだ痛々しいけどこれ以上治すとエステルちゃんの魔力が枯渇しちゃうのよ……だから期間を空けて治癒することになるねぇ……」


「本当にありがとうございます! 完全に治るかも不安でしたし、治るにしてももっと時間が掛かるとばかり……」


 女性の言葉にエステルは間を置くことなくお礼を述べた。

 まだ外傷は残ったままであり、さらに言えば骨を治す際に切った部分も接合をしていない状態だ。

 だが、治療前、落としたガラス瓶のように粉々だった骨は、すでに完全な足の形を取り戻している。

 その事実にエステルは心の底から溢れ出た安堵の吐息を吐き出していた。



「婆ちゃん治療できた?」


 そこへ声と共にセキが顔を覗かせた。


「遅かったじゃないの。エステルちゃんの治療は少し時間はかかるねぇ……でも完治するから安心なさいな」


 その言葉を聞くとセキも顔を綻ばせ、少女たちへ笑みを向けた。

 続いて顔を出したグレッグにも聞こえていたようで、頬を緩ませながら挨拶をしている。



「エステルさんには悪いですが、とても貴重な治癒を見せていただけましたっ!」


「エディちゃんの薬草治療も素敵だったわよぉ……私たち明精種ライトエルフと違って、暗精種ダークエルフで癒術士って言うことにも驚いちゃったけど」


 癒術士同士で通じ合うものがあるのか。それともおとなと子供という組み合わせが自然に見えるためか、この二種ふたりは出会ったばかりでありながらも、意気投合の兆しが見え隠れしている。


「それならよかった……グレイ。こっちがおれの婆ちゃんの『マハ』――って言っても見ての通り血が繋がってるわけじゃなくて、面倒見てもらってた感じね」


 グレッグは戸惑いながらも深々と頭を下げつつ挨拶を交わす。

 すでに百歳を超えるマハであるが、セキがロクな説明もなしに『婆ちゃん』と言っていたため、意識のギャップを埋めることに苦労しているようでもあった。


「でも……らしくないわねぇ……セキ。あなたがいてまさか女の子がこんな怪我するなんて……そちらのグレッグさんの片腕が捥げているとかならまだ分かるけど」


「耳が痛いなぁ……」


 マハは面倒を見ていただけあって、セキの性質を当然のように把握している。

 男と女の扱いの差は今に始まったわけではなく、昔から当然のようにということを一同が瞬時に理解していた。

 さらに言えばグレッグはその言葉で背筋に冷たいモノを感じたようでもあるが。


「とは言っても……こっちもひと様のことは言えないかもねぇ……千幻樹以降はかなりこっちも騒がしくなったからねぇ……」


「あ~やっぱりそうなのか……」


 マハの暢気のんきな口調に釣られ、本当に困っているのかが判断できない面々である。

 この東側の環境に慣れている。というよりもこれがマハの気性であることは薄々感じ取っているようではあるが。


「フガクたちも今シャミ村周辺の魔獣討伐に向かっていたのよぉ」


「『たち』ってトモエ婆とか?」


「トモちゃんたちは他の村ねぇ……だからそっちはトキネとポチとプチよぉ」


「だよね~……あいつら普通にフガクだけ置き去りにしてこっち来たのか……結果的に助けられたけどさぁ……」


 いまいち緊張感の走らないゆったりとした会話ではあるが、エステルたちは治療も終えたことも相まって、いつの間にか肩の力が抜けていることに気が付いていなかった。

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