第33話 再会

 

 ここ数日間、百獣の恐怖と隣り合わせで満足に眠りにつくことができない者も少なくはなかった。

 だが、ワッツたちの討伐の知らせを受け村種むらびとたちの心に巣食っていた恐怖は消え失せる。

 三種さんにんが命を賭けて取り戻した、安息という名の静けさと共にティック村に日光石の日差しが降り注ぐ。


「ん……?」


 布団の中で目を開けるセキ。じっと耳を澄ますと扉を叩く音が聞こえてくる。気のせいではなかったと確認したセキは布団から出ると遠慮がちに叩かれていた扉を開く。

 扉の向こうには宿の主である男の姿があった。


 「朝からすいません。昨夜探求士さんが討伐してくれた百獣なんですが、今朝ギータのほうからきた探求士さんたちが一応、その時の話を聞きたいと……」


 男はペコペコとその体を折りながらセキに事情を説明する。まだ早朝の時間帯のため声をかけることじたいにも遠慮の色が伺えた。


「ああ、そういうことですか。もちろん構いませんよ」


 セキは頷きながら快く返事をする。当事者とした三種さんにんがすでにいない以上一番事情を知っていると思われるセキに状況を確認することは納得のいく理由でもある。


「昨夜の疲れもあるでしょうに申し訳ないです。ギータからの探求士さんたちも百獣の話を聞いて急いで来てくれたひとたちで、後でもいいとは言ってくれたのですが、一応お伝えしておこうと思いまして……」

「いえいえ、そんなに急いで来てくれたひとらなら、なおさらお待たせするのも失礼ですし、行きましょうか」


 セキはそのまま扉を開くと布団の上で丸まっているカグツチの姿が見えぬよう扉を閉め、宿の主の後をついて紹介所まで歩いていく。

 紹介所の近くになると、入口に三匹の『走行獣レッグホーン』の姿が見える。それだけでも急いで来てくれたということがセキに伝わってくる。


 『走行獣レッグホーン』とは体長が二マテルを超える二足歩行の動物である。飼育される場合は主に移動のために使用されている。後足の筋力発達に伴い二足歩行を可能としたが、前足は後ろ足ほどは発達しておらず、後ろ足に比べると小さい。ひとが乗る時は背中に椅子に似た鞍を背負わせそこに座り、遠くからみると背負っているようにも見える。


 走行獣レッグホーンは現在三種類確認されており、それぞれ『ヤギ』『ウシ』『ガゼル』に角の形が似ていることもあり、『ゴートホーン』『カウホーン』『ゼルホーン』と呼ばれている。



 そして紹介所では火眼獣ヘルハウンド討伐に向けて急いで来たものの、すでに討伐されたということを聞いて、安堵の吐息を吐き出しているような、戦ってみたかったような、という複雑な思いを寄せる探求士たちが木円卓テーブルを囲みひそひそと相談をしていた。


「う~ん……ワッツさんたちは発芽ジェルミ級なんだよな……強さと級は一致しないとは言っても……」

「そうよねー……それに火眼獣ヘルハウンドの死体見たでしょ? 真っ二つだったじゃない。ワッツさんは鎚術士、残りの三種さんにんは盾術士、魔術士、癒術士だったはずだから、魔術士ならそういう切断系を持ってるかもしれなけど……」

「あんなに綺麗な切断の魔術って……そうとう上位の術か、もしくは下位の術でもあの切れ味なら……ラミナスとかってことですか? そんなに貴重な術を持っているなら発芽ジェルミ級は怪しいですし、まぁラミナスのほうが非現実的ですけど……あれはほぼ古代詩エンシェントみたいなもんですよ? 石精種ジュピアの宝石から覚える詩ですから……」


 三種さんにん火眼獣ヘルハウンドの討伐を発芽ジェルミ級探求士たちが行ったという報告に汗と思考が止まらない状態だ。現に死体があるのだから討伐は真実である。それに命と引き換えに行った討伐に口を挟むことも野暮だと考えているが、戦闘スタイルと討伐結果がどうしても一致せず、死体を運んできた探求士に話を聞きたいとお願いをしたという経緯である。


「すいません、お待たせしました」


 そこにセキが紹介所の扉を開けると、


「――あっ!!」


 三種さんにんは一斉に驚きの声を上げると同時に討伐結果の辻褄がぴったり一致する。

 先ほどまで流れていた焦りの結晶である雫も一瞬でひいたようである。


「あれ……ブラウにクリルに……ゴルド? どうしてここに?」


 セキも三種さんにんの姿を確認すると首を傾げながら目を見張っている。


「俺たちはギータで百獣の話を聞いて急いでここに駆けつけたんだ。もちろん俺たちだけじゃ苦しいから同じ本葉トゥーラ級の探求士が別で二パーティ。計三パーティだな。他の連中は討伐の話を聞いてもう帰ったんだがって……むしろセキ、スピカに向かったんじゃなかったのか?」


 ブラウは率直な疑問をセキにぶつける。ブラウたちはセキと別れた翌日ギータに向かい百獣の話を聞くや否や走行獣レッグホーンを借り、既に準備をしていた討伐パーティと合流してここに向かってきたのだ。夜光石の輝く時間帯の移動は警戒しつつの徐行だったため、遅くなったとはいえほぼ夜通し走って今朝たどり着いた。にも拘わらずセキは昨晩すでにここにたどり着いている。スピカではなくティックに直接向かっていると思うのも当然である。


「あ、スピカには行ってギルド登録もしたよ! 紹介状もありがとう。なんかクエストが免除になったみたい」


 セキの言葉に疑問の色をさらに色濃く醸し出す三種さんにん


「えっと、紹介状はいいんだけど、スピカからどうしてこっちに……?」


 クリルが浅く腰かけていた椅子に座り直しながら真っすぐな眼差しをセキに向ける。残りの二種ふたりも組んでいたいた足を解き地に足をつけ視線はセキを捉えて離さない。


「えっと、スピカでちょっと登録料が足りないから、昨日クエストを受けて……ついでに百獣の様子も見に来たって感じかな」


 扉に手をかけて固まっていたセキも三種さんにんが座る木円卓テーブルに加わる。


「走ってきたんですか……?」

「そうだね。結構遠くて結局着いたのは昨日の夜光石の時間になっちゃったけどね」


 三種さんにんは別れ際に見せたセキの走力を思い出し、納得せざるを得ない状況だった。そしてそこにブラウが同じ木円卓テーブルに座る者だけに聞こえるほどの囁き声でひっそりと結論を話す。


「ワッツさんたちが討伐したって聞いてたけどちょっと誤報だったんだな? 火眼獣ヘルハウンド。あれセキが討伐したんだろ?」


 その言葉にセキの瞼が反応するようにピクリと動く。ブラウたちがセキの口元へ視線を集めると一度セキはそのまま瞼を閉じ緩やかに首を垂れる。

 返事を待つクリルの喉元が鳴り、


「あははっ……ううん。おれじゃないよ。火眼獣ヘルハウンドを倒したのはワッツたちだよ。自分たちの命を懸けて、ね」


 セキは視線を落としたままかぶりを振る。

 そして顔を上げたセキの瞳は真っすぐにブラウを捉える。威圧の類は一切行っていないが、その返事にブラウたちは少し気圧される……が――


「んー……そっか! セキがそういうのなら、その通りなんでしょ?」


 クリルはそのくりくりした瞳の目尻をやや下げながら、セキの言葉にしない思いを受け止める。

 その声に同調を示すように頷くブラウとゴルドも頬を緩ませ唇の端をつり上げている。


「ああ、なんか野暮なことを言ってしまったな……すまない……」

「僕たちも考えすぎってことですかね」


 ブラウは頭を下げセキに謝罪の旨を示す。その目元も和らいでいる。ゴルドもその調子に合わせて相槌を打ちながらその目元は優し気に細められていた。

 セキはその姿に思わず下唇を噛む。


「うん……その通りだよ……ブラウ、クリル、ゴルド、ありがとう……」


 何に対してのお礼なのか――もう告げる必要はない。セキは知らず知らずのうちに控え目な微笑を浮かべていた。


 そこへ紹介所の男が駆け足で近寄ってくる姿が見えた。


「もう討伐報告は伝達してあるから安心してくれ。報酬もカルネルさんに渡るように手配もしておいたから!」

「ありがとうございます!」


 息を軽く上げながら仕事の成果をセキに伝える。セキも体を折りながらお礼の言葉を告げると気になっていた質問を投げかける。


「あの……ちなみに伝達って特定の村――例えばここからスピカ村に伝達とかってできるんですか?」


 目的はもちろんステアたちへの連絡だ。あのような形で出発したにも関わらず一晩音沙汰なしではさすがに不安が過ぎっているだろう、そう思うとセキの胸は荒縄で縛られたかのように痛みを覚える。


「あいにくうちのような小さな紹介所で使うような魔具はギルド本部直通とうちを本拠地ホームに設定している探求士くらいしか伝達できないんだ……ギルド本部に報告して必要あらば本部から各紹介所に伝達してもらうって形だね。ちなみに探求士さんがスピカ村を本拠地ホームにしているなら、『共振石』もってるかい? それを使えばうちの魔具で伝達は可能だよ?」


「登録の最後でコバル不足だったのでたぶんまだそれもらってないです……」


 そうそう都合よくは行かないよな、セキはしぶしぶ納得しながら力無く頷いていた。


「なるほど……わかりました……あと改めて手続き助かりました!」


 セキのお礼の言葉に男はいやいや、と揺れるような微笑みを向けながら手を振ると紹介所の受付のほうへと戻っていった。


「セキはこれからスピカに戻るのー?」


 セキの話終わりを見計らいクリルが首を傾げながら今後の予定を確認してくる。


「そうだね。すぐに済むようなクエストをやってたんだけど、そのままこっちに来ちゃったからね……その後は……今度は中央に渡ることになるかなぁ……」


 エステル、そしてワッツたちの心残りの子も中央大陸ミンドールにいる以上、スピカ村での事を終えれば大陸を渡り約束を果たすだけとなる。


「そうか、俺たちは南に行くための船を護衛として契約しているんだ。それでセキがよければそのスピカの用事が終わったら一緒に乗っていかないか?」


 ブラウが反応すると船の護衛として乗船するという案を提案する。

 クリルの質問の意図がここで繋がる。


「――え、それはすごい助かる……中央東側にある港町の『アルト』に行きたいと思ってたから。でも、いきなり種数にんずう増えて大丈夫なの?」


 提案を快く受けたい所だが行きのようにガサツの大雑把な勘定ではないのだからそんなに気軽に乗船数を増やしていいのだろうかと考える。


「それは気にする必要ないというか、『キャプテン・グッド』からすれば大歓迎ですよ!」


 ゴルドが指を立てて返事をするもセキは『キャプテン・グッド』なるひとを知らない。ゴルドに視線を一度向けたはいいもののその瞳を落ち着きなく上げ下げしながら脳の回転を促すセキ。


「セキー名前覚えてなかったでしょー? グッド船長は行きの船で一緒だった船長さんよー!」


 セキの沈黙と懸命に泳ぐ目から察したクリルがセキをぴしっと指差し鋭い指摘を入れる。その際に起こった乳房の揺らめきはもちろんセキの視点を釘付けにするには十分な魅力を秘めていた。


「ぐっ! うぅぅ……だって……船長を任された者だって握手しただけだったから……」


 セキは肩をすぼめ落ち着きなく指先をこすり合わせながらクリルに反論を試みる。


「もーセキは戦闘以外は気が回らないのねー? そういう繋がりを大切にしていくのも探求士の財産になるのよー!」


 ずけずけとダメ出しを入れるクリル。だがセキに不快感等は一切ない。いや――むしろ喜ばしいとさえセキは感じている。これもひとえにクリルの愛嬌の為せる技と言えよう。

 ちなみに普段クリルにダメ出しされているブラウはセキの気持ちを読み違えており、その気持ちはわかるぞ、と言わんばかりに目を閉じて大きく頷いているが、セキをフォローする気配は微塵もないようだった。


「こ、これからは気を付けます……」


 クリルに口で勝つのは不可能と判断しまともに目を見れず、木円卓テーブルに乗っている豊満な乳房に目を向けることしかできない。ゴルドは笑顔なまま二種ふたりのやりとりを見守っており、やはりセキのフォローに入る気は一切ないようだった。


「むふーっ……素直でよろしい!」


 セキの視線には気がつかず勝者の余裕を見せるクリル。セキが顔を俯けている以上、鼻の下の伸び具合は見えないものである。


「でもあの船長ならたしかに受け入れてもらえそうだから助かったよ~」


 セキは表情をしっかり戻し視線を三種の顔を見回すと改めてお礼の言葉を口にする。


「いや、そんな気にしないでくれ……なんといってもこれから南に帰って……ぐふふっ」


 手の平をセキに向けながらお礼を遠慮するかのように振舞うブラウ。

 だが、南に戻った後のお楽しみを想像している様子が見受けられる。

 はっきり言えば気持ちが悪いの一言に尽きるだろう。


「ふふふっ……そうよねぇ……うふふっ……むふーっ」


 普段ならその笑みに指摘を入れるクリルだが、同様にニヤケ顔を隠しきれない様子だ。期待の表れかその体を心なしか上下に揺すっており思わずセキの瞳も合わせて動いている。


「ほんと……セキには感謝してもしきれないですよ……えへへっ……」


 とても楽しそうな笑顔で何よりである。特筆すべき点もなさそうだ。


「あ、あぁ……魔装のことね……楽しみにしてもらえてるようでよかったよ……」


 ここまで素直に喜んでもらえるとセキとしても気分が良い。ある程度の苦労は想像できてはいるが、自身で武器の材料を調達し村の鍛冶師を利用していたセキではそこまでの気持ちは想像できていなかった。

 そこに気を取り直した様子で確認するブラウ。表情も取り戻しつつあるようで幸いだ。


「おっと、すまないすまない……一応予定として、これから港町のベスに向かおうと考えている。たぶん到着は今日の夜か明日になるだろう。出港は船の積み込みが終わるのが明後日らしいんがセキは大丈夫そうか?」


 ブラウの確認にセキは指を折りながら日数を確認し、


「うん、それなら大丈夫だと思う。おれもここでの予定は終わったからスピカに今日中に戻る予定だからね」


 セキの言葉に、決まりだ、とばかりにブラウは指を鳴らす。


「よし! 俺たちはゴートホーンで向かうがたぶんセキの走力には追いつけないから、いったんここで別れることにはなるが……」


「あははっもう百獣もいないんだしゆっくりベスに向かいなよ。おれはちょっと心配させちゃってるかもしれないから急がないとだけど……」


 セキは白い歯を覗かせてはいるが、いざ帰路につくことを意識した途端、不安が背中を縦横無尽に駆け巡っていることに気が付いた。


◇◆

 セキはカグツチを宿に取りに戻り村のひとたちに火眼獣ヘルハウンドの処理と宿のお礼を伝えている。

 ブラウたちはすでに準備を終えていたようでゴートホーンに跨り村の入口で待っていた。


「ワッツたちの最後の言葉……伝えてもらいほんとにありがとうございました……」


 見送りに来ていたカルネルが深々とその体を折りながらセキに感謝の言葉を口にする。

 昨晩の様子から気にかけてはいたが一晩の時間をおいて表面上の冷静さは取り戻しているように見える。


「いえ……大したこともできなかったので……でも……また、ワッツたちに会いにきますね」


 その言葉を受けた拍子にカルネルは湖のようにその瞳を滲ませる。咄嗟に目頭を指で抑え、


「ええ――ぜひ顔を見せてあげてください……」


 顔を上げることもままならないカルネルにセキはほのかに笑い返すことで答える。

 おもむろに空を見上げながら村の入口へと歩を進め見送るひとたちを振り返り、


「それじゃー! ティック村のみなさんお世話になりました! また……きます!」


 手を上げながら村の周りにもはっきりと通るような大きな声で別れの言葉を告げる。

 それは丘の上で眠る立派な探求士たちにもきっと聞こえていたことだろう。

 涼風に揺られた木々が織りなす音色たちはまるでセキを見送る声援のように優しいざわめきを奏でていた。

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