第114話 昂り

「結構なお時間かかりましたけど、何かあったのですか? 騒がしい雰囲気は感じていましたが」


 エステルとルリーテは、ナディアたち家族の時間を邪魔することのないよう、食事パーティー会場へ戻った。

 そこで目にしたものは、自身の身長よりも積み上げられた皿の隣で至福の笑みでお腹をさするエディットの姿だった。


「うん……ちょっと……ね。詳しいことは後のほうがいいかも」


「ええ。騒ぎは騒ぎでしたが……結果的には収まったはずなので」


「ほぇ~どうりで会場のひとが少なくなったと思ってたのですが、その分食事を取りやすかったので良しとしていましたね」


 エステルは先ほどの騒動から顔色が優れない。

 俯き気味に考え事をしているようにも見えるその姿は、普段の前向きな彼女を知る者にとっては違和感を感じるには十分だ。


(わたしは……安易に踏み込んで……結局引っ搔き回しただけだった……)


 自身の行いを振り返れば振り返るほどに、思考に埋もれていく感覚を覚える。


「エステルさん? 大丈夫ですか? なんだか顔色も良いとは言えませんが……お祝いに来てくれた方と何かあったりとか?」


「――え? ううん! 違う違う。ちょっと考え事しちゃってた! それにお祝いに来てくれたひとにはすごい元気をもらったから!」


 エディットの声に過剰に反応するも、エステルは自身の発した言葉でララグナとの会話を思い出す。


(そうだよ……ララさんに教えてもらってる時だって……星も呼べなくても諦めずに頑張ったから今があるんだから……)


 無力な自分に歯がゆくとも視線だけは下げてはいけない。

 俯いて足元ばかり見ていては、道を見つけることもできやしない。

 エステルの中で、ちくり、と心に刺さった棘は、小さくともすぐに引き抜くことはできないと自覚している。

 だからこそ、その痛みに慣れる、ではなく、引き抜ける強さや自信を得るために前に進もうと決心を固めた。


「考えすぎってことはないと思うけど……でも――もう大丈夫! 心配かけちゃってごめんね!」


「それならよかったです~。でも何かあるなら言ってくださいね? 解決できずとも一緒に悩むくらいはできるので!」


「エディの言う通りですね。それと騒動で忘れていましたが、どなたがいらっしゃっていたのですか?」


 顔を上げたエステルの表情を見た二種ふたり

 エステルの言葉に偽りがないことがほのかに伝わる程度には、瞳の力も戻っていることが見て取れる。

 そこでルリーテも気になっていた疑問を投げかけると、


「……うん! ララさんが来てくれてたの! それで思わず話し込んじゃってね……でも色んな話もできたし、昔の話もできてなんだかほっとしたよ」


「なるほど……それならたしかに心強くうれしくもある方ですね。しかもわざわざこちらまでいらっしゃってくれるとは……」


 エステルの顔に年相応の輝きが宿る。

 エディットは直接知っているわけではないが、エステルとルリーテが口にする際の朗らかな表情から十分に二種ふたりに信頼される種柄ひとがらを持つ種物じんぶつであることが伺えた。


「なんとなしですが、どんな方なのかは伝わった気がします! それと……そろそろこの食事パーティーもお開きのようですね……」


 エディットが首を振り、見渡しながら名残惜しむように、意気消沈さながらに喉を鳴らす。

 これだけの皿を積み上げてなお、満たされていないというのだろうか。


「うん。たしかに引き上げてるひとたちも多いね。わたしたちもそろそろ出てセキと合流がよさそうかな?」


「ええ。それが良いでしょう。どうやら今日出発ではなく、宿で一泊できるようですので。帰り際に給仕の方や騎士の方に手配した宿の詳細を頂けるようですので」


 エステルが式典セレモニーの終わりを意識すると、この僅かな時間で、起きた出来事が少々信じられない出来事ばかりだったことを思い出す。

 プリフィック国の騎士団。

 第二軍統括のフィルレイア。イースレスとアロルドまで同行しており、さらには団長であるゼオリム。

 エステルは自分に向けられたあの言葉を忘れることはないだろう。


 そして、ララグナとの再会とナディア家の騒動。

 冒険が始まる前のはずが、下手をすれば今までの冒険よりも鼓動が跳ね上がっていたかもしれない状況の連続だ。


南大陸バルバトスに行く前でこの状況。

否が応でもエステルはこれから始まる冒険に、胸が激しく波立つように昂っていることを実感していた。

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