第155話 獅蠍混獣

「下がれェーッ!! 尾に魔力が集まってるぞ――ッ!!」


 セキの怒号が砂漠の地を揺らし、同時に背後へ反射的に飛び退く。

 真新しい袈裟懸けの傷跡が赤い雫を勢いよく噴き出し、真紅の外衣コートを濡らす。


「アドニス――ッ! いくら貴方でももう受けきれないわよッ!!」


 戦闘用の礼装ドレスを朱色に染め上げたフィルレイアの叫び。


 南大陸バルバトス東側の砂漠地帯では竜の契約者たちが、その力の全てを解放していた。


『ドルルルゥ……――ドゥオオオオオーーッ!!』


 相対する魔獣は獅子の体を持ち、その背には蝙蝠に酷似した羽を生やす。

 さらに体の動物的な形状フォルムからかけ離れた、蠍の尾が凶悪な濃度の魔力と、禍を振り撒く。


 頭部がひとと酷似する個体も存在するが、この個体は獅子の特色を色濃く出し、セキたちを前にして、本能に従属した殺意剥き出しの咆哮を響かせていた。


 ――『獅蠍混獣マンティコア

 先の精選で出会った、『怪触蛸獣クラーケン』同様、禍獣に分類される魔獣である。


獅蠍混獣マンティコア程度の一撃がここまで重いとは……ね……同じ大地の統治者ベヒーモスの力を用いてなお……衝撃を殺せないなんて……」


 セキとフィルレイアの前に立つアドニスは、自慢の左腕の角を抑えながらぼやいた。

 よくよく見れば角には亀裂が生じており、足元には粉砕された戦斧アックスの破片が散らばっている。


「アロルド!! 貴方もぼっとしてないでその子たちと下がれるタイミングを計りなさい! あの尾を周囲に振り回されたら面倒見きれないわよ!!」


 ナディアを覗く全ての者が降霊しているにも関わらず、一切遅れをとることがない――どころか先手を譲ることなく終始己のペースで戦い続ける獅蠍混獣マンティコア

 ベヒーモスの力を宿した尾が不規則に揺れ、動く者に躊躇なく襲い掛かるがゆえに、アロルドたちは自由に逃げることさえも叶わない状況であった。


「――わっ……分かってるっス! リディアさんナディア……やつが次の攻撃に移った時、全力でここから離れるっス……おれたちの見立ては甘すぎたっス……」


 体の芯から響く震えに、口を満足に開くことも叶わないリディアとナディアが、振動に合わせるかのように何度も頷きを見せた。


 しかし、尻尾に注意を払うセキたちを嘲笑うかのように獅蠍混獣マンティコアがアロルドたちへ視線を向けた直後、その唸り声を響かせていた口を大きく開いた。


「――なっ!? こいつ――っ!! アロルド避けろ!!」


 即座に意味を理解したセキが叫ぶ。


『ゴァアアアッ!!!』


 そして、ほぼ同時に獅蠍混獣マンティコアの口から放たれる極大の魔力の塊。


二種ふたりを連れては避け切れないっス――)


 左右に避けても着弾の爆発に巻き込まれる。

 瞬時に察したアロルドは、自身の剣を構え渾身の一振りを以って魔弾の迎撃に賭けた。


「オォオオオッ!! ――ぐっ!! ぐぅぅぅぅぅぅ!!」


 魔弾の圧に押し切られる寸前。

 魔力を解放し剣に込め――


「ぐっ……オォォォ――ッ! 斬れろォ――!!」


 わずかに魔弾に剣が食い込んだ直後、圧縮された魔力が轟音と共に爆ぜた。


「――ぐああああああっ!!」


「うぐぅううぅうっ――ッ!!」


 アロルドとリディアが爆煙内部から弾け飛んでいくが、アロルドの剣圧によってかろうじて致命傷を避けており、傷は追っているものの欠損部位は見当たらない。


「――きゃあっ!!」


 さらに一種ひとり遠くまで飛ばされたナディア。

 だが、それは幸運だったのだ。


「リディアさん!! 立てるっスか!! このまま距離を――」


「バカッ!! アロルド視線を逸らしたら――ッ!!」


 リディアに振り向いた直後。

 背後からフィルレイアの声が鮮明に聞こえたのだ。


 そして……肩越しに背後へ視線を向けた時。

 アロルドの瞳に写し出された光景。

 それは――翼を広げた獅蠍混獣マンティコアが、強靭な尾を弧を描くように放った瞬間だった。


(――あ……これ……間に合わないっスね)


 一秒に満たない時間がやけに長く感じる。

 自身を真っ二つにするであろう軌道を描く尾を、眺めることはできても体がついていくことができない。


 すでにアロルドにできることは、その身を挺してリディアの盾になることだけだ。

 例えそれが……刹那の刻を稼ぐだけの行為だとしても。


「アロ――ッ!」


 アドニスが喉を震わせ終えることさえできず。


 獅蠍混獣マンティコアの尾は、その疾風を置きざりにする速度を以って――


 砂地に鮮血の華を咲かせていた。

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