第228話 化物 その10

 川のせせらぎ。

 小鳥のさえずり。

 木々の息吹。

 全てを飲み込みその地を円形窪地クレーターと化し、剥き出しの土が至るところで狼煙のろしのように白煙を上げていた。


 そんな沈黙を迎えた地で土が、もこもことせり上がる。


「ガアァァァ――ッ!!」


 積もり積もった土砂を吹き飛ばし、その姿を現したのはセキだ。


「みんな怪我は――ッ!?」


 自身の怪我など意に介さず、掘った穴へ向かって叫ぶその声は明らかに狼狽の色が染み込んでいる。

 すると……セキの掘り出した穴からエステルが顔を覗かせた。


「だ……大丈夫……ありがとう。あと……グレッグさん最終日に……こんなことになってごめんなさい……」


 虚ろ気な瞳を携えたエステルが答える。


「衝撃はありましたが、自覚する限りで致命傷はなさそうです。巻き込む形になってしまい……本当に申し訳ございません……」


 体の節々を確認しつつ、グレッグに視線を移したルリーテ。


「あたしも問題ないですね。それと……」

『チプゥ……』


 セキの千切られた腕を抱え、這いずり出てきたのはエディットだ。

 降霊を解いたチピも疲労の色は濃いものの、最後の力でセキの頭巾フードの中へ飛び込んでいく。


「オレも怪我は動けないってほどじゃねえ……。それと謝るのはこっちだ。あの場で盾となるべきはオレの役目のはずだが……反応さえできなかった……」


 穴から転がるように出て来たグレッグも視線を落としたままだ。



 あの時――


 爆発に巻き込まれる刹那、セキはとどめを刺すことを止め、ファウストへ背を向けるや否や、全員を押し出していた。


 この場の全員が今なお喋ることの出来る現状は、運に助けられた比重が大きかった。

 第一にエステルがセキの外衣コートを持っていたこと。

 第二に全員がセキの背後ないし隣に位置する固まった配置だったこと。

 第三に退避できる距離に川が流れていたこと。


 その結果、外衣コートで彼女たちを包み、川の中へ飛び込むことで最悪の事態を免れていた。


「いや――おれがさっさと止めを刺せばこんなことにはならなかった……でも……みんな無事ならよかったぁ~……」


「つまらん相手だったの。我はしばし眠るので、ゆっくり治療をしてもらうんだの」


 セキは脱力と共に臀部を地に落とす。

 先ほどまでの張り詰めた殺気はとうに消え、穏やかでありながら仄かに温もりと頼もしさを覚える普段の気配に戻っている。


 降霊も同時に解いており、半精霊に戻ったカグツチが頭の上で、ぺたりと伏せていた。


「そんな飄々と言わないでください。セキさんご自分の怪我……分かってますか……?」


 背後へ回ったエディットが唾を飲みながら視線を向ける。


 セキは背中に閃光を受けていたのだ。

 溶けた衣類が背中へ張り付き、皮膚が残された部分を探すほうが困難である。

 ――にも関わらず、当の本種ほんにんは悠長に安堵の吐息に喉を震わせていた。


規模でこの怪我なら十分かな~……とは思う」


 戦闘していたはずの森林はすでになく、一面の荒野に目を向けながらセキは答えた。


「それ……は……そうです……が……――戻る前に一次治療をします」


「うん……」


 纏わり付くような重々しい空気。

 とてもではないが、勝者たちが醸し出すものではない。


 初めて目の当たりにしたセキの降霊は、少女たちにとって追いかけることに疑問を持つほどの力量の差を明確に示した。

 さらに楔を打ち込むように告げられたファウストの言葉も重なり、誰もが口を開くことに躊躇を覚え、視線を落とすばかりだ。


 虫の声さえも響くことはない荒野は、少女たちの心境を表すように暗闇に包まれていた。



◇◆

「――くそッ!! くそがぁぁあぁぁッ!!!」


 荒野から逃げ出すようにその身を揺らす一つの影があった。


「あの化物がッ!! 団長がられた以上、計画が……――くそッ!!」


 ワーグはファウストの魔術を理解しているがゆえに、距離をおいていたことが幸いしていた。

 さらにファウストの劣勢を認めた時点で、無意識に後退していたことも含めて、だ。


 ファウストが敗北するなど頭の片隅に据えることすら無意味。としていたワーグであり、未だ悪夢を見ているだけだと心が逃避を試みている。

 ファウストの力は、ワーグにとって、ことわりと言い切れたはず――と。


 だが、そもそも……抗いようのない、そして容赦のない現実こそことわりと胸に刻んだことをこの男はすでに忘れているのだ。


 そして……失った片腕から響く痛み悲鳴は、今こそが現実だと叫び続けている。


「そもそも団長アイツが……」


 憎悪の矛先を化物セキに向ける気概などこの男にはない。


石精種ジュピアなんぞに興味を示すから――ッ!!」


 今までがそうであったように。

 自分が悪いのではない。

 己が告げたことすら記憶から消し去り、誰かに擦り付ければ自己を保つことができる。


「だから……あんな化物を起こしちまったんだッ!! くそ――ッ!! くそがぁぁぁぁッ!!」


 夜光石の明かりだけが見守る荒野に意味も、意思さえも持たない叫声だけが響き渡っていた。

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