第236話 提示される条件

 やっぱり来たかと内心でため息を吐く。

 こちらが頼む立場である以上、サクマがこちらの足下を見てくるのはわかりきっていた。


「そんな顔しないでよー。別にとって食おうってわけじゃないんだしさ。むしろお願いを一つ聞くだけで買えるんだから安いものじゃない?」

「普通のお店ならお願いを聞くまでもなく売ってくれるんだけどね」

「いひひっ♪ こんな場所にある店が普通なわけないでしょー」

「それを自分で言わないでよ。もうわかってることだけどさ」

「なら諦めることだねー。人生諦めが肝心って言うでしょ?」

「そうかもだけど。それをあなたに言われるのはなんていうか、すごく腹が立つ」

「怒らない怒らない♪」


 サクマの言うことに従うのは癪だけど、サクマの言うことにいちいち腹を立ててたらキリがない。

 だったらサクマの言うとおり、いったん諦める方が賢明なのかもしれない。


「それで? いったい私に何をして欲しいの? 言っとくけど、私のできる範囲じゃないと困るからね」

「大丈夫大丈夫。それどころかめちゃくちゃ簡単なことだから」


 サクマの言う簡単は信用ならないし、信用しちゃいけない。というか簡単なことであればあるほど嫌な予感がするというか。

 サクマは嫌らしい笑みを浮かべながらオレに向かってその願いを口にした。


「君の血が欲しいんだ。クロエ」

「私の血が?」


 予想もしてなかった言葉に思わず面食らう。

 その反応が面白かったのか、サクマはケラケラと笑う。


「そんな間抜けな顔しないでよ。別におかしなことは言ってないでしょ」

「いや、人の血が欲しいって十分おかしなことだと思うんだけど」

「えー、そうかなー。わたしはよく集めてるけど。魔物でも人でも、血ってすごく良い材料になるんだよねー」

「何に使うのかはあえて聞かないでおくけど、私の血が欲しいってことなんだね」

「そーそー。でも君の血は普通の血じゃない。それはわかってるよね」

「まぁそれはそうだけど。あぁでもそういうことか」


 確かにサクマの言うとおり、オレの中に流れるのは魔剣の血だ。それは魔物や人の流れる物とは根本的に違う。

 より正確に言うならオレの中に流れるのは血ですら無い。人の物よりもはるかに濃縮された魔力の塊。そう言うのが正しいだろう。

 ただの『人化』した時に血を模して魔力が全身を流れてるだけだ。もちろんその魔力だって普通の物じゃ無い。オレで言うなら、レイヴェルから貰った魔力がオレ自身の【破壊】の力へと変換されてる。


「もしかしなくても、私の力が欲しいの?」

「うん♪ 正解。君の【破壊】の力が欲しい。濃縮された魔剣少女の血が欲しい。魔剣の血、きっとどれだけの大枚をはたいても手に入ることのない代物だよ。そんなものを手に入れることができたら一体どれほどのことができるだろうねー。あぁもう今から涎が止まらないよ」

「…………」


 サクマの様子を見ていて、というかサクマの話を聞いてオレは悩んでいた。

 血を渡していいのかどうかを。確かに欲しい物はある。それはこいつからしか手に入らないものだ。

 でもその結果何が起こるかがわからない。目的の物が手に入ったとしても、こいつがオレの血をどう利用するかがわからないから。それが怖くてたまらない。

 もし良くないことに使われでもしたら……いや、十中八九そうなる予感がする。

 そしてそうやって作り出したものをこいつは平気で悪人に売る。サクマの中に善悪は無い。考えてるのは己の欲求と利益だけだ。それがどれほどの被害を生むかなんてどうでもいいんだ。


「前回会った時に貰おうかとも思ったんだけどねー。でもあの時の君はまだ契約者がいなかった。それじゃあ血は真価を発揮しない。でも今は違う。君は契約者を手に入れて、その力を覚醒させた。だから今こそその血が欲しい。さぁ、さぁ!」

「ホントに自分の欲求に正直というか。どうしたらそこまで自分勝手でいられるのかな」

「人なんて誰しも自分勝手なものだと思うけどー。それに、自分の欲求に正直であることが幸せに生きる秘訣だよ? 何かを我慢する人生なんて楽しくない。あ、いや待って。少し訂正。我慢した先でより大きな喜びが得られるなら話は別かもー。今回みたいにね」

「なんかむかつく」


 まるでオレが断らないと思っているかのような口ぶり。いや、でも実際にオレの気持ちは血を渡す方に傾いてるのは否めない。なんか悔しいけど。


「もし渡してくれるなら料金はタダでもいいよ?」

「タダより高いものはないって言うけどね。わかった、呑むよその条件。でも、一つだけ約束して」

「んー?」

「私の血を利用して何を作ったって構わない。でも、完成したらまず一番最初に私に見せて。それが条件」

「なるほどねー……」

「この条件が呑めないなら血は渡せない」

「そう来たか。作る方を制限されるならこっちにも考えがあったけど。その条件なら……うん、いいよー。呑んであげる」

「アレ出して」

「りょうかーい」


 ゴソゴソと机の下から取り出したのは一枚の契約書だった。その契約書には色んなことが書かれてる。オレがさっき提示した条件もすでに記されていた。


「はいどうぞ契約書」


 差し出された契約書はただの契約書じゃない。自分と相手の出した条件を魂にまで刻むためのもの。悪魔の契約書みたいなものだ。

 そうすることで絶対に破れない契約を成立させる。どうしてそんなものをサクマが持ってるのかは知らないけど、その力は確かだ。

 これがあるからこそオレはまだギリギリのラインでサクマの店を使うことができる。

 内心でため息を吐きながらもオレは契約書を穴が空くほど見つめて、隅から隅まで確認する。


「さすがに用心深いねー。前の教訓かな?」

「うるさい。でも、内容は大丈夫そうだね」

「そりゃ契約は守るよー。そこを反故にしちゃったら信用がなくなっちゃうしね」

「信用なんてあるとは思わないけど。はいこれ」

「……うん、確かに」


 受け取った契約書にサクマが自分の血を垂らす。その瞬間、紙が一瞬だけ光った。契約が完了した合図だ。これでもう後には引けない。

 契約の完了を確認したサクマは、満足気に頷いて机の中に契約書を片付ける。


「それじゃあこれがご所望の品だよー」


 そう言ってサクマは手のひらほどのサイズの巾着袋を机の上に置いた。

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