第169話 魔鬼術

 ライアの身纏う雰囲気が一変する。

 表面上は変化したわけではない。それまでと同じ氷のように冷たい表情。しかしその内に隠れていた熱情。魔剣に対する抑えきれない感情がここに来て発露していた。


「魔剣はこの世から消し去る。例外なく、全て。この私が」

「っ……」


 その目から伝わる混じり気のない殺意にアリオスは思わずゾクリとしたものを感じる。ヴォルと契約して以降感じたことのなかった命の危機。それを目の前にいるライアから感じたのだ。

 ライアには確実にこちらを殺す手段があると、そう魂で理解してしまった。


「面白い。戦いというのはやはり——」

「遅い」

「っ!?」


 キンッ、とライアが刀を鞘にしまう音がする。

 それもアリオスの背後から。そして同時に気付いた。己の左腕が切り飛ばされていることに。


「雷ノ太刀——三の型『閃電せんでん』」

「がぁああああっっ!!」


 一拍遅れてから左肩から血が噴き出す。

 思わず膝をつくアリオス。今のアリオスは『鎧化』し、体そのものが炎と化している。形無きものである炎を斬れるすべなどないとアリオスは思っていた。

 しかし現実は違った。『鎧化』した状態のアリオスの腕をライアはいかなる手段を持ってか斬り飛ばしたのだ。


「ば、馬鹿な……」

『アリオスッ!』


 痛みに顔を顰めながら立ち上がったアリオスの左腕をヴォルは炎で無理やり再生させようとする。


「炎の再生力……だが、無意味だ」

『っ!?』


 左腕を再生しようとしたヴォルだったが、その途中で炎が消し飛ぶ。


「その傷口には私の魔力が残っている。そして私の魔力は魔剣の力を受け付けない」

「な、なんだと?!」

『魔鬼術……まさかそこまで練り上げてるとはね。アタシの炎を完全に無効化してるってわけか』


 苦々しく呟くヴォル。

 魔鬼術。それはライアの持つ【魔狩り】としての力。その効果は至極単純。魔剣の力を無効化するというものだ。

 ライアの身に流れる特殊な魔力を用いることでのみ魔鬼術は発動することができる。


『あんた、【魔狩り】の中でも相当優秀な類みたいだね』


 しかし、この世界の常識を超えた力を持つ魔剣の力を無効化できるほどの力はそう簡単に使えるようなものではないことをヴォルは知っていた。


『今までに出会った【魔狩り】共の中にはその力を制御しきれずに鬼になっちまう奴もいたし、そうでなくても冷静さをある程度は失ってたけど……あんたは随分冷静じゃないか』

「…………」

『それとも、冷静を装ってるだけだったりするのかい?』


 ヴォルは知っていた。魔鬼術にはその力に見合うだけの副作用があることを。

 確かにライアは今までヴォルが見てきた誰よりも魔鬼術の制御に長けている。しかしそれでもその副作用から完全に逃れることはできていないはずだとヴォルは考えていた。

 そしてヴォルの指摘するとおり、ライアの頭の中では声が響き続けていた。

 男、女、子供、老人……ありとあらゆる声で囁き続けるのだ。

 “コロセ、コロセ……魔剣ヲ根絶ヤシ二シロ”と。

 力を引き出せば引き出すほどその声は大きくなる。これまでの【魔狩り】達はその声に呑まれたのだろうとライアは思っていた。

 そして呑まれればライア自身もその声の一部となる。


「関係ないな」


 だが、そんな声すらもライアは鋼の如き意志でねじ伏せる。

 頭の中で響く声を雑音と切り捨て、ただ己の意志によってのみ力を振るう。


「私は私の意思でお前達を殺す」

『あいにくだけどねぇ、こっちも簡単に殺されてやるわけにはいかないのさ! アリオス!』

「あぁそうだな。ならば俺達はお前の意思ごとねじ伏せさせてもらう!」


 アリオスの周囲に炎が燃え盛る。その周囲にある木々は炎に触れた端から炭となって燃え尽きていく。離れた位置にいるライアにすらその熱量が伝わって来る。

 そしてその炎は真紅から黒へと変化していく。


「黒焔。この世ならざる炎だ。この炎でもって俺達はお前を殺す。そして——」


 アリオスは左肩の傷口をさらに深く抉り、ライアからの干渉を受けた部分を斬り落とす。そしてすかさずにライアがアリオスの左腕を再生させた。


「お前の力はあくまで表面上だけ。内に入り込む前に斬り落としてしまえばいい。そうだろう?」


 再生した左腕の感覚を確かめるようにアリオスは腕を動かす。

 アリオスの言う通り、ライアの力は傷口に付与されたものだった。そこから少しずつ内側へと浸蝕していくのだが、アリオスはそれよりも前に傷口ごと斬り落としたのだ。

 炎による再生の力があるヴォルを持つからこそできる荒業。もし仮にこの場にいるのがクルトとネヴァンだったならば、同じ手段を取ることはできなかっただろう。

 だとしても自分で傷口を斬り落とすなど正気の沙汰ではない。それこそ痛みで意識が飛んでもおかしくないのだが、それでもアリオスはライアに勝つために躊躇なくそれを行ったのだ。


「なら今度はもっと深く穿つだけだ。それこそ、斬り落とせないほど深くな」

「できるものならやってみろ!」


 自在に黒焔を操るヴォルはその黒焔でライアに襲いかかる。それと同時にアリオスはライアに斬りかかる。前後左右、全方位からの攻撃。


「『黒焔撃』!!」

『いくら魔鬼術が使えようが、一度に全方位は無効化できないだろ!』


 漆黒の炎を纏った大剣が上から振り下ろされる。

 避ける隙もないアリオスとヴォルの連撃。息のあったそのコンビネーションはこれまでに数多くの強者を屠ってきた。

 しかし、目の前にいるのはただの強者ではなかった。

 最強の冒険者【剣聖姫】なのだ。


「雷ノ太刀——五ノ型『霹靂神はたたがみ』」


 その刹那、ライアは音を置き去りにした。

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