第168話 【魔狩り】

「炎の魔剣……『鎧化』の力か。炎の魔人とでもいうべきか」


 真紅の鎧を纏ったアリオスを前にライアは小さく呟く。


「よく知っているな。魔剣使いと戦ったことがあるのか?」

「それなりに」

「その魔剣使い達は?」

「全て私の前にひれ伏した。例外は無い」


 その冷たい瞳にアリオスは思わずゾクリと背筋に悪寒が走るのを感じた。

 『鎧化』したアリオスを前にしても全く動じていない。その態度からもライアが今まで戦った全ての魔剣使いを倒してきたというのも嘘ではないのだと理解した。


「魔剣を持たないお前がどうやって魔剣使いに勝利してきたのか……気になるな」

「すぐに知ることになる。その身をもってな」


 剣を構えたライアに動じた様子は無い。

 どこまでも揺るがぬその態度にアリオスはさらに炎を燃え上がらせる。

 目の前の存在が。自分よりも強大な戦士が。魔剣という常識の埒外にある力に対してどのように抗うのか。


「面白い。やって見せろ! この姿になった俺を、熱く燃え上がらせてみせろ!」


 ゴウッ!! と音を立ててアリオスの周囲に炎が巻き上がる。何かしようとしたわけではない。今のアリオスは炎と一体となった存在。アリオスの感情に呼応して炎が生まれるのだ。そして生み出された炎は全てアリオスの支配下にある。


「地を這え!!」

「風ノ太刀——四の型『疾風はやて』」


 地面を這うようにして襲いかかってきた炎をライアは風を起こして消し飛ばす。そしてそのまま直接アリオスに向けて駆け出す。が、しかし一定の距離までアリオスに近づいた所でライアは急に止まり、後ろに跳んだ。


「ふふ、気付いたか。お前はもう俺に近づくことはできない」

「熱か……」


 アリオスの周囲の気温は一気に跳ね上がっていた。そしてその温度はアリオスに近づけば近づくほどに上昇していく。アリオスに最も近い所の温度は人が自然に発火し容易く消し炭になるほどだ。

 そこまで近づかなくても、呼吸をするだけで水分が奪われ、肺が焼けるほどの温度はある。

 大太刀とい近距離で戦う武器を使うライアにとって近づけないというのは非常に厄介なことだった。

 もちろん遠距離の攻撃方法もあるが今のアリオスを相手にするには火力不足であることは否めなかった。


「だが、お前が近づいてこなかったとしても——っ!?」


 アリオスからライアに近づこうとしたその時だった。

 なんとライアがアリオスに向けて駆けてきたのだ。その距離はすでに常人では耐えれないほどの気温に達している。しかしライアはそんな熱さをものともせずに近づいてくる。


「バカなっ!?」

「風ノ太刀——一の型『おろし』」


 予想外の行動にアリオスの反応が遅れる。そして無防備になったアリオスに向けて風を纏ったライアの剣が振るわれ——そのまま通り抜けた。


「っ」

「はぁっ!!」


 確かにアリオスに当たったはずなのに手応えが無かったことにライアはピクリと一瞬眉を顰める。

 そうして生まれた僅かな隙を見逃さず、アリオスは大剣と化した魔剣を振り降ろす。

 ライアは一跳びでアリオスから距離を取り、その一撃を避ける。しかしその威力は凄まじいものだった。

 大剣が地面に触れた瞬間、巨大な爆発が巻き起こり地を砕く。


「なぜ剣がすり抜けたのかわからないか? 理由は単純だ。今の俺は炎そのものだ。剣で炎は斬れない。そうだろう?」


 『鎧化』したことにより、アリオスはまさしく《炎》と化していた。


『今のアタシらに触れられるものはないよ。剣だろうが魔法だろうが、全部アタシが燃やし尽くしてやるさ。でもその刀……どうやら普通の刀じゃないねぇ』


 ヴォルの炎は普通の炎ではない。魔剣が生み出す、この世ならざる炎。人の常識が通じるようなものではなかった。

 そしてだからこそライアの持つ大太刀が普通のものではないことにも気づいた。


『アタシの炎を潜り抜けたのに溶けてない。魔剣相手ならまだしも、普通の剣じゃあり得ないんだけどねぇ。アタシの炎をものともせずに近づいてきた方法といい……やっぱりあんた……【魔狩り】だね』

「…………」

「【魔狩り】? なんだそれは」


 耳慣れぬ言葉にアリオスは疑問符を浮かべるが、ライアはヴォルの言葉に返事することなく己の大太刀を見つめていた。


「問題はなさそうだな」

『答える気は無しってことかい?』

「…………」


 少しの沈黙の後、ライアは構えを解いてアリオスに……いや、その手中にあるヴォルへと視線を向ける。


「別に答える気がないわけじゃない。魔剣、確かにお前の言う通り私には【魔狩り】の血が流れている。だがそれがどうした。私は私だ。いかにこの血が忌まわしいものであったとしても」

『……ははっ、違いないねぇ。でもまさか【魔狩り】とはねぇ。あの血はと思ってたけど。だとすればなおさら見逃すわけにはいかないねぇ』

「ふむ。なんだかよくわからんが……やることに変わりはないんだな」

『あぁ、いくよアリオス!』

「あぁっ!」


 アリオスが大剣を振りあげ、ライアに向かって直進してくる。


「……【魔狩り】。余計なことを思い出させてくれる。だが……いいだろう。お前達に教えてやる。この身に流れる呪われた血の力を」

 

 そしてライアは己の中に流れる【魔狩り】の力を目覚めさせた。

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